酒飲まされた 2008年12月31日 落書き トラックバック:0コメント:0

実家帰ったら酒飲まされた。
飲まされまくった。
何も出来ません。
でも何もできないならできないなりの絵を描くもん。

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長文過ぎるにも程がある。 2008年12月30日 文芸(長文) トラックバック:0コメント:0

EEEPCを持ち歩く様になってから、脳内アイデアスケッチの情報量、精度が飛躍的に向上しました。
今までは、思い浮かんだアイデアの要約をメモに描いたり書いたりしていたのですが、デジタルに移項してからはデータ量を気にせず、アイデアそのものをスケッチできるようになってきました。
もちろん、ゴミデータの数も数倍、数十倍増えたわけですが、所詮はjpgファイルやテキストファイルですので、大した問題にはなりません。
それに、インスピレーションという観点からは、ゴミのほうが後々、役に立ってくる可能性があります。

例えば、下記のテキストは今朝パンを食べながら書いたもので、結論も発見もなく、しかも途中で投げ出したゴミテキストですが、ゴミだからといって捨ててしまう必要は無く、こうやって全文をブログに貼り付けても特に問題はないわけです。
これに対して、トラフィックダストだ、とか、無駄な長文だ、とかという意見もあるかもしれませんが、動画ストリーミングファイル垂れ流しに比べれば、『太陽とゴルフボール』くらいのデータ比率であることは間違いありません。

【以下、アイデアスケッチサンプル】

タイトル:次世代的漫画表現の模索

━━3Dゲームの絵作りに学ぶ。━━

テレビゲームにおける画面表現の進化は今もなお留まるところがなさそうです。
今日に至るまでの、ファミコンからXBOX360までの進化の過程は皆様もよくご存知だと思いますので、ここでは改めて紹介は致しません。
もし、『最近のゲーム画面』というものがよくわからないという方は、googleにて『西川善司 ゲームグラフィックス』と検索していただければ、ここ数年の流れについて簡単に理解できるページが出てきますので、ぜひ参照ください。

さて、最近のゲームは、より物量豊かな三次元的な表現と、その表現の写実的な質感向上を軸にし、それらの表現をまたゲーム性に取り込む形での発展を進めているようです。
そして、その結果、まるで映画のような画面作りに成功しています。
人間は人間らしい柔らかさと肌の質感を獲得し、爆発はよりリアルな火炎と破片と爆煙で描写され、草木は自動的にモデリング生成されて林を作り出し、影は物体に沿って伸び、光は拡散・反射し……、などと、とにかく様々な項目において、現実の模倣が実現されているのです。

もちろん、それらは人間の知覚において、リアルと錯覚させるための、擬似的な表現の追求です。限られたリソースの中で、どれだけリアルを感じさせることができるかという描写テクニックです。
ゆえに、いずれも難しく考えずにある種の『手抜き演出技術』として考えて、――例えば、現実風景そのもののように立体的に見える背景も、実は巧妙に作られた一枚の画像データ『city.jpg』であるといったような――、それをどうにか漫画の絵作りにも取り入れられないかというのが、今回の文章の目的となります。

今回は、下記の点について、考察したいと思います。

(1)キャラクタと背景の3D化、及び、それらの漫画的活用
(2)質感・光源・パーティクル等の漫画的活用
(3)超遠景描写、モブ描写の自動化
(4)2.5Dブラーの漫画的な実装
(5)物理シミュレーションの漫画的活用

━━(1)キャラクタと背景の3D化、及び、それらの漫画的活用

漫画の利点は簡単に誰でも短時間で描ける事です。
そのため、『キャラクタと背景の3D化』はその利点に相反する可能性があることを初めに知っておく必要があります。

例えば、ちびまる子ちゃんをモデリングして、それを並べるのと、ちびまる子ちゃんを手書きで描くのでは、圧倒的に後者が優れています。

それは、ちびまる子ちゃんの漫画の形式上、キャラクタと背景の3D化が必要ないからです。
(劇場版ちびまる子ちゃんのオープニングで、カメラが三次元的に移動したときは別ですが)

また、不思議と漫画にはCGが似合わないという問題もあります。

例えば、ワンピースのキャラクタを単純に3D化して、そのポリゴンポリゴンしたキャラクタを並べて、これが漫画です、と言ってしまうのはなかなか難しいと思います。

またしかし、ポリゴンポリゴンしてなきゃいいのかということでもありません。

例えば、FF13(2010年発売予定のRPGゲーム)のプリレンダリングモデルキャラは非常に精巧で美しいのですが、それらにポーズをつけさせて、漫画のコマに収めてレンダリングして、これが漫画です、と言い張るのも、なぜか、後ろめたい気分が抜け切れないからです。

手描きのペン線の感じの有り無し、という問題でも無さそうです。
そこらへんの違和感の原因を考えるのも面白そうですが、とりあえずここでは置いておいて、とにかく、端正なCG的な絵は漫画に似合わないのが事実です。

なので、素直に3Dモデルの絵は下書きとして使用することを考えます。
その場合には非常に単純な3Dモデルで十分ですから、初代プレイステーションレベルのモデルがあれば事足ります。そのレベルのモデルはFPSのMODキャラクタのデータとしていっぱいネットに転がっていますので、簡単に入手できます。
また、単純なモデルであれば、ポーズ付けも比較的簡単にできますので、一石二鳥です。(記号的に人体バランスが破綻しにくい)
背景も同様に下書きとして使用する程度に留めれば、立方体の集合でかまわないことになります。

そんなレベルの話なら3Dにする必要ねーよ、と思われた方もおられるかと思いますが、3D化はこの次の『パース処理』から重要になってきます。

3D化する利点の8割はパース処理だと思います。
キャラクタを背景の中に設置し、同時にカメラを設置します。
カメラの画角を設定します。この数値を変えていくと、ぐんにゃりと背景とキャラクタが歪み、広角レンズで撮った感じになります。

廃墟工場の階段を駆け上がっている主人公の足元から見上げるような位置にカメラを設置して、広角パースでぐにゃっとさせると、迫力が違うような気がします。(反面、ベタ過ぎるかもしれません)
計算で出された端正な広角パースがいやなら、その下書きをもとにして、もっとぐんにゃりさせれば、もっとワンピースっぽくなるかもしれません。(結局ワンピースには勝てないのかもしれませんが)

とにかく、想像でぐんにゃりとさせようと思うと難しいので、数回挑戦した後に諦めてしまって、まあ、横から平面的に描くか、とか、階段を駆け上がるのはやめようか、とか、まあ、漫画を描くのをやめようか、とか思ってしまっては勿体無いので、素直にCGに頼ってしまいましょう。

CGに頼るのは邪道、という考えは立派ですが、まあ、邪道でもいいじゃないのではないのでしょうか。

(今これ、漫画講座的な文体で書いてはおりますが、実際はただの私の脳内思考トレースでしかなく、基本的には戯言10割の内容となっております)

ぐだぐだですが、下記のようなプロセスにおいてCGを活用するといいのではないのしょうか。

1・漫画案を描く。絶対こんなの描けないもん、っていう難しい構図や動きを左手で描いたような線でいいので紙に描いてみる。とにかく、自分の能力を考えずに、自分の理想だけの漫画のイメージを描いてみる。
2・それを元に、CGにする。CGをコマに収める。
3・それを模写する。味付けする。

……想像以上にぐだぐだな文章になってきたので泣きそうです。


━━(2)質感・光源・パーティクル等の漫画的活用━━

もうどうでもよくなってきました。
フォトショップとか使って、ライトブルーム処理したり、覆い焼きとかしたらいいんではないでしょうか。
でもフォトショップでのテクスチャブラシって、なんかいかにもCGって感じでいまひとつですよね。
パーティクルはアニメ的な『汚し』をレイヤーで作っておいて貼り付けるとかどうですか。

もう話のレベルが2DCGじゃねーか、と思った。

後でまた考えます。

━━(3)超遠景描写、モブ描写の自動化━━

関が原の合戦とかはを真面目に描かないで、CGにして貼り付けるとか。
もう既にやってるんだろうなあ。
でもCGっぽくなっちゃうから、手描きしちゃうのかなあ。

後でまた考えます。


━━(4)2.5Dブラーの漫画的な実装━━

既にみんなやってるなコレ。
でも、もっと簡単にできないかな。

後でまた考えます。


━━(5)物理シミュレーションの漫画的活用━━

どっちみち後でトレースするのが面倒そう。

後でまた考えます。


全然だめでした。

【アイデアスケッチサンプル、終わり】



私のEEEPCの使い道の殆どはテキスト入力です。
これによって、何がしたいかといえば、『補助脳』作りです。
人間の脳みその容量は、言うまでもなく有限のものです。
そして、その有限の情報を組み合わせて、突然変異的に発生するひらめきもまた、有限のものです。
いいアイデア、とか、急に思いついた懐かしい風景、とか、一時的に脳内に残していても、少し時間が経てば、思いついたことすら忘れています。
忘れたことを悔やむほどの素晴らしい革新的なアイデア、というものが、実際には大したことがないという経験則はともかく、そのような錯覚すら全て軌跡として残しておければ、後々役立つことがあるに違いありません。

また、『考える』ということと、『書く』ということとは、強い関連性があります。
私は、『考えること』に対して、『穴掘り』のようなイメージを持っています。
穴を掘っていくと、穴の周りに土が積み上がっていきます。掘り進めれば進むほど、土が邪魔になっていきます。そのうち、また穴の中に土が入っていって、もう考えるのが面倒になってしまいます。
『書く』というのは、その土をどこか遠くに山にするイメージです。穴を掘って、土をある程度積んだら、それを遠くに持っていって山にする。
それが『考えて、書く』ということなのだと、私はイメージしています。
だから、考えるだけではだめで、書くだけでもだめなのだと思います。
考えて、書くということが大事なのではないでしょうか。



2008年も終わるということで、自分なりに2009年の目標を立てたいと思うわけですが、アメリカ的な成長神話の胡散臭さには心底うんざりしておりまして、例えば年間3%の成長などいう数値目標は立てたくないと思うわけです。

社会人なら実感されていると思いますが、管理職ほど人間を苛立たせる存在は他にいません。彼ら管理職もまた、実際には組織や法規、会社方針、部門目標、月次推進会議に管理されているのであって、中間管理職に位置しているわけですが(例え経営サイドであっても)、それにしても、末端の実務を行うものにとって、苛立たしいことには代わりがありません。
サラリーマン雑誌を見れば、『管理職を上手く操縦するのができる奴』、という書き方が主流なわけですが、その手法・そう考えたい気持ちは重々わかりますが、どこかすっきりとしないのも事実です。
そういう考え方の人間は会社にはいらないから退職しなさい、という考え方もまた、よくわかるだけに、なおさら苛立たしいわけです。

話がずれましたが、会社から離れた自由な立場から考えれば、そんな会社的な数値目標を個々の生活の中では設定するべきではないと思います。

では、どのような目標を立てるべきかと思って考え、2009年の個人目標は下記のようなものにしようと決めました。

(1)気持ちに余裕を持って、常に落ち着いて考え、行動する。
(2)平日も休日も22時に寝る。8時間睡眠を確保する。
(3)囲碁の研究を本格的に進める。

お前は小学生か。
と、自分でも思いましたが、しかしながら、こういうことが大事なのではないかと思うわけです。本業についてどうするか、漫画についてどうするか、というのは上の3つの項目の下層に存在しています。
仕事するために生きているのでも、漫画を描くために生きているのでもなく、生きて仕事をする、生きて漫画を描くというのが真実であるわけですから、日々の生活、自分の肉体のあり方、自分の思考のあり方というのが一番上層に位置するのは当然のことです。

『お客様のため』
という精神は大事ですが、それが時間経過と共に暴走し、捻じ曲がり、量販店の朝礼のごとく、建前だけの『お客様のため』になっているのが今日の社会の実情ではないでしょうか。
経営者のトップは本当の意味での『お客様のため』を発言しているのでしょうが、情報伝達の劣化といいますか、人間組織の怪奇といいますか、それが腐敗した形で末端には届けられ、無理なノルマを『修行』『鍛錬』というラベルと共に押し付けられた実務者が、生活を削り、人間性を破綻させ、焦燥感にいっぱいの心を押さえつけ、作り笑顔で業務に携わっているというのが実情ではないでしょうか。
上を見れば、何の仕事をしているのか、いつも仏頂面でパソコンに向かっている課長次長部長がいて、部下を権力振りかざして管理し、「仕事量を増やしてやる」とにやにやし、残業するなと言い、早く帰れば「どうした? まだ早いじゃないか」と言い、有給休暇が消化できない状況を作り上げ、そのくせして「有給休暇が消化できないのはお前の調整力不足のせいだ」と言い、別に有給消化なんてどうでもいいやと思い、実際には休まないけど休暇届を総務に出させてくれと言えば、コンプライアンスに関わるから休めと言い、俺は休むなとは一言も言ってないんだ仕事を調整して仕事に差し支えの無いようにして休めと言っているんだと言い、いい加減にしろと言って私はボールペンを壁に投げつける、という妄想。

仕事の個々の問題というのは、さておいて、仕事上のストレスがどこで臨界に達するかというのは、意外と些細な、傍から見ればつまらないことがトリガーとなりうるのではないのだろうか。(急に文体が変わる)
有給休暇くらい取ればいいじゃないか、という意見は大人である。
――言われたとおり、仕事を調整して、有給休暇を取ればいいじゃないか。
然り。もちろん。それが正しい。正し過ぎる。
――調整できないのは、お前の調整力不足。すなわち、能力不足。
そのとおり。反論の余地は微塵も無い。
――わかってるなら、やれ。頑張れ。

そういう収束の仕方というのは、今のこのケースに限ったことではない。
大人の目から見れば、学生などは気楽な身分だよなと思ってしまいがちだが、当の本人からすれば、全くそんな気楽さなどはない。
中間テスト。期末テスト。それどころか、日常的に存在するテスト、テスト、テスト。そして、最後に存在する受験。想像しただけで気持ちの余裕など消え飛んでしまう。
なーに、中学校の勉強なんて大したものでもないだろう、ちょっと頑張って勉強すればいいじゃないか、と大人は言う。
それに、テストなんて気にするな、毎日の積み重ねがあれば問題ない、と大人は言う。
こいつ、わかってない、と本人は思う。
大変さが全然わかってない。



「あんた、またゲームばっかりして! 勉強しなさい勉強!」
「近所のマサオ君、毎日1時間しっかりと勉強しているってマサオ君のお母さん言ってたわよ! あんたも1時間やりな! あんた頭悪いんだから2時間でも3時間でも足りないくらいなんだから!」

たりー。
余計、勉強する気無くなった。
マサオがちゃんと勉強しているのは知っている。
テストの点数がいいのも知っている。先生にも好かれているのも知っている。いい子。確かに。
それと比較されると、もうやる気なくなる。
逆にやる気なくなる。
ゲームも面白くなくなった。
あー、どうしようかなー。テレビもくだらない。
漫画もくだらない。面白いことなんて全然無い。
ネットはパソコンにパスワード掛かってて見られない。
かと言って、小学生じゃあるまいし、友達みんなで遊ぶなんてこともしたくない。面倒だ。
彼女もいないし。
実際、彼女なんて、考えるだけで面倒くさい。
クラスの女を思い浮かべる。ぞっとする。あの泥沼な人間関係に巻き込まれたくない。

と、そんなとき、突然、押入れが開き、姉が出てくる。

「フフフ。退屈してるみたいね。勉強したくない、遊ぶもの飽きた、寝るのも飽きた、生きるのも飽きた、えっちなことも面倒くさい、フフフ、さすが私の弟だわ。ダメ人間そのものだわ」

ゴスロリのスカートについた埃をぱんぱんっと払いながら言う姉。
……いつから押入れにいたんだ?

「そう。世界は腐っているのよ。この世界は腐敗しちゃってるの。私たちの両親、学校の先生、その上位にレイヤーに存在する社会もまた、完膚なきまで腐っているの。もちろん、私たちも腐りつつあるのよ?」
「そ、そうなの?」

と、言いながら、俺はちらちら見えてしまう姉の太腿の絶対領域に釘付けである。

「フフフ。……いいのよ、弟。この私の魅惑的な絶対領域に汚い体液、なすりつけちゃっても」

何言ってんだこの人……。

「とにかく、いい? 弟。すごい事、教えてあげる。そして、意識を覚醒させるのよ?」

姉は人差し指を俺に突き付け、ポーズを決める。
ワンテンポ遅れて姉の長すぎる髪の毛が動きに追従し、姉の細い身体にまとまりつく。



「弟。この世界はあなたにとって、壁に覆われた閉塞感だらけの世界に見えているんじゃないかな? 例えば、どこを見回してみてルールばかりよね。勉強しなきゃいけない、いい点数取らなくちゃいけない、携帯を持ってはいけない、いい子供を演じなければいけない、等等。そして、少しばかりルールから外れてみても、すぐに見つかり、ひどく怒られる。例えば、お姉ちゃんの下着に体液をなすりつけようとしても、親に見つかると怖いから、出来ない。……もちろん、私は怒りはしないわ。逆に、いくらでも使っちゃっていいと思っているのよ?」

何言ってんだこの人……。

「勉強は面白くない。漫画は好きだけど、描いてみると全然描けないし、面白くない。ゲームもスポーツも飽きてしまう。なーんもしたくない。誠実、元気、勇気、正義、寛大、コンプライアンス、そんな言葉を連呼していた校長先生が教え子のパンチラ写真撮って逮捕。懲戒免職。おいおいどーすんだ、ってみんなが苦笑いしている中、次の日には緊急全校朝礼が始まるわけよ。小学生ながら、校長先生のやらかした犯罪のだめだめ加減には気付いていて、まさか、誠実元気勇気正義寛大コンプライアンスの語り手が小学生のパンチラを撮るとは、という憤り。憤りと言うよりは苦笑。早速PTAが教育委員会に殴りこみ、偉い人に頭下げさせてストレス解消している中、教頭先生は言うのよ。

『あの昔のみなさんの校長と名乗る男は異常者でした』

……まあ、そうだよね……、と小学生ながらに思ったわ。そう言わざるを得ないよね。校長先生の気持ちもよくわかる、などと言ったら即死だからね。でも、本音は違うだろう、と小学生ながら、みんな思っているわけ。本当はあんたも撮りたいんだろう、と。実際問題、撮りたくない男子なんていません。

「俺は撮りたくない。そんな趣味は無い」

と教頭先生は言った。教頭先生は臨時で校長先生代理を任せられていた。ただ、上手く立て直せれば、そのまま校長に就任してもいい、と教育委員会の人事会の中で話が出ていた。それは、ほぼ内定に近い話だった。真面目に大人を演じていればいい。それだけで、競争率何十倍という校長の地位に滑り込むことができる。教頭は照明を消した真っ暗な教務室の中で一人武者震いした。静かな夜だった。簡単だ。ただ、俺は良い大人を演じればいい。あのバカな校長が勝手に自爆しただけだ。俺は出来る。間違いない。

朝礼で、教頭は校長を完全否定した。
校長を人間扱いしなかった。校長先生は口だけが人間の、アニマルでした。そう語った。あれは悪い大人だ。みなさんもショックは大きいでしょうが、これを教訓に、良い大人になってください。

この言い方には賛否両論あった。しかし、『否』の意見は教頭の耳には届かなかった。『否』を口にすることは難しかった。なぜなら、それを口にした瞬間に、校長と同類と看做される可能性があるからだった。

しかしながら、それは大人の考え方であり、小学生たちにとっては校長以上に信用のならないのが教頭だと思うようになった。確かに校長先生は変態だった。だが、それを無表情で切り捨ててケロっとしている教頭の方が気味が悪かった。そして、その無表情の奥に燃え滾る、権力・政治力への渇望が、子供たちには全部みえみえだった。この大人は汚い。汚すぎる。

校長も汚いが、教頭はなおさら汚い。

教頭を失脚させる計画はその朝礼のすぐ後に立ち上がった。その計画を練ったのは私で、実行したのも私だった。
教頭失脚計画。校長先生にパンチラ撮られた少女――私は心の傷を訴えに教頭のところへと向かった。校長室の椅子に深々と座り、権力の麻薬に耽っていた教頭の前で私は泣きじゃくって見せた。
「君は被害者だったね。かわいそうに。ひどい経験だったね」
教頭は心から言ったような口調で言った。
私は小さくうなずいた。うなずきつつ、周囲を見渡し、セッティングされた5台のカメラの目線を確認した。
「男の人は、みんな、校長先生みたいな欲求があるのでしょうか?」
「そんなことはない」
教頭は心痛に顔を歪ませたような顔をして言う。
「あの人だけが異常なんだよ」
「教頭先生は、異常じゃないんですか?」
「もちろんだ」
「じゃあ、証拠を見せてください」

【自主規制で20行ほど削除】

後日、5台のカメラは教頭によって発見され破壊されたが、データは既に動画共有サイトに転送されていた。すぐさま、各種マスコミ、人権問題NGO、教育委員会、2ちゃんねる、にURLが送信され、話題に火がついた。
教頭は逮捕され、学校は転覆した。

転覆した、という言葉の後にも残酷ながらも学校は続いており、まことに沈痛な顔つきの先生たちによる陰鬱なる自治が開始されるのであり、そこは自信喪失と人間不信、子供不信に精神を病んだ先生たちがぞくぞくと退職していくという先生の墓場でもあった。
次から次へと刺客のように送り込まれてくる新しい先生たちも、校長教頭2トップ逮捕という『大人のダメっぷり』を埋めることはできず、生徒には舐められ、同僚には呪われ、胃に穴を開けるのであった」

「長えーーーー! お姉ちゃんの話、長えーーーーーーーー!!!!」

「とにかく、そんな学校崩壊の荒波を潜ってきた私に言わせりゃ、私たち人間が人間を管理しようなんて、無理なのよ。無理無理。絶対に無理。だから、弟!」

と、姉は俺の両肩をがっちりと掴んで言う。

「把握しろ。あんたを管理する全てについて把握しろ。管理者とその構造の全てを掌握しろ。あんたを管理するのはあんた自身だけでいい。全てを知ることが出来れば、もはや他人はあんたを管理できない」

姉の瞳が世界の全てを飲み込んで輝ききらめく。

「情報電位差の上流にしか、本当の人生は無いわ」



雨。
屋根の溝に沿って流れ集められ、雨どいのパイプを伝って地面へとお届けされる彼らにもまた、一抹の夢と冒険はあるのだろう。
コンクリートに叩きつけられるときの、てんぷらを揚げるときに鳴るような粉砕音の一つ一つが、彼らの最期の笑い声に聞こえなくも無い。
私に出来ることといえば、お茶を飲みながら、その声に耳を傾けるくらいのもので、彼らにとって、それが自然界の無情なのか救いなのかは想像することもできない。

現実は、想像の中の世界と違って、常にコントラスト比が小さい。朝方や夕暮れが印象深いのは、コントラスト比が通常と比べて大きいからだという見解には一定量の理解が得られそうではある。また、異国に旅行したときに、目が覚めるような思いがする、というのもコントラスト比の定量的な測定によって数値化できるであろう。であれば、映画、建築、ファッションもまた同じことが言えるのであり、人の感受性に訴えたければ、とにかくコントラスト比を上げておけば間違い無さそうである。
コントラスト比のほかに、色彩という項目もあるが、なにぶん私は素人であり、そういった美術的な事に関しては教養としての知識も持ち合わせていないため、ここで細かく述べても失笑のネタにもなりそうにない。

雨。
静かに静かに、その音を聴く。
遥か上空からもたらされ、全てを飲み込んだ水の、その最期の声。

――静かに、静かに聴く。

老人は探検者であるべきだ。
現世の場所は問題ではない。
私たちは静かに静かに動き始めなければならない。

●今日の落書き●

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腐女子の妄想 2008年12月29日 漫画 トラックバック:0コメント:2

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(1)からし色さんともーpさんが二人揃って音沙汰無し。
(2)からし色さんはマトリックスが好き。
(3)もーpさんの名前の由来は「モーフィアス」の前半部の抽出に違いない。
(4)からし色さんが赤い薬が欲しいって言ってた。
(5)と、いうことは……
(6)もーpさん(モーフィアスさん)とからし色さんがザイオンに行ったとしか考えられない。
(7)……勝手にネタにしてごめんなさい。

●昨日と今日の落書き●

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業務連絡 2008年12月27日 漫画 トラックバック:0コメント:0

昨日の凍った携帯、壊れました。
AUショップのおねいさんに会いに行きます。

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凍結携帯 2008年12月26日 落書き トラックバック:0コメント:0

第40話。
玄関に携帯置いてたら凍ったのでコタツの中で温めてみる、の巻。

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メリークリスマス! 2008年12月25日 漫画 トラックバック:0コメント:0

「国が滅びたのに、王だけ生きているなんて滑稽だわ。
あなたに城は渡さない。
あなたはここから出ることも出来ずに、私と朽ち果てるのよ。

――今はラピュタがなぜ滅んだのか、私にはよく判るの。
ゴンドアの谷の歌にあるもの。

土に根を下ろし風と共に生きよう、
種と共に冬を越え鳥と共に春を謳おう

――どんなに恐ろしい武器を持っても、
かわいそうなロボットたちを操っても、
土から離れて生きられないのよ」


最近、何かある度に、このセリフを思い出してしまう。



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今日のテーマ『こんなブログは死亡フラグ立ち過ぎ!』 2008年12月24日 落書き トラックバック:0コメント:0

今日のテーマ『こんなブログは死亡フラグ立ち過ぎ!』

第5位:文章とか絵とか、供給過多にも程があるブログ。
第4位:最初は普通だったのに、どんどん自虐的になるブログ。
第3位:今日のテーマ『こんなブログは死亡フラグ立ち過ぎ!』とか書いちゃうブログ。
第2位:しかも、そんなネタをクリスマスイヴなんかにやっちゃうブログ。
第1位:っていうのがネタ帳に書いてあったから書いてみた。


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目は雲の中に 2008年12月23日 文芸(長文) トラックバック:0コメント:0

高速道路で小千谷の山村部を通過しているとき、自衛隊の輸送車と遭遇した。しかし実際のところ、それが本当に自衛隊かどうか、私には判断ができない。暗土色に着色された大型輸送車の後方部は吹き抜けになっており、後ろから追いかける形の私には中身が丸見えだった。
車の中は迷彩服を着た男たちが両サイドに座って俯いていた。人数は30人くらいだろうか。銃のようなものを持っているように見えたが、そうじゃないかもしれない。迷彩色のヘルメットを被った男たちの表情は見えない。ただ、精悍な感じがした。輸送車が揺れる度、男たちも揺れた。会話は無さそうだった。輸送車の最後尾にいる男――私に最も近く見える男――は壁に取り付けられた取っ手に腕を絡め、車外の風景に見入っているようだった。

12月も終わりに近付き、しかし雪は降らず、空も青々としていた。
その青はコントラストが浅く、写真写りの悪そうな地味な青だ。
80年代、90年代の漫画、アニメ、ゲームはいずれもコントラストと彩度がきつい絵が多かった。ファミコン、スーパーファミコン、PCエンジン、
メガドライブの時代、それは人の目を引くため、原色に近い色を多用する時代でもあった。使用できる色の制限もあったかもしれない。でも、同時期のアニメを見れば、宮崎駿以外の、『アニメ』なアニメは平均的には原色に近い色彩設計が採用されてきた。それが良いとか悪いとかの話ではない。ただ、そういう時代のとき、今のような、この青空はどう見えたのかと、ふと思ったのである。
――私には80年代のことも90年代のことも想像しか出来ない。
私はといえば、一番初めて『意識的に』見たアニメが押井守の攻殻機動隊だった。ケーブルテレビの深夜にやっているのを見て、驚愕した。それが大昔に作られたアニメであることにも驚かされた。再放送してください、と子供ながらにケーブルテレビ局に手紙を書いた。その次に見たのは押井守のイノセンスだった。これは映画館で見た。ある意味、私は非常に恵まれており、攻殻機動隊を発見して興奮冷めやらぬ内にその続編が封切られるという世代だった。イノセンスのオープニングだけで感動して全身が痺れた。前作とは絵の質感が全然違っていた。なによりも立体的だった。カメラが立体的に動いていた。私は全くもって映像的な知識が無く、映画経験も浅い。ゆえに、スタッフの名前のフォントの動き方――アルファベットが非常に有機的な動き方をする――、それ一つとって見ても未知の体験であり、その驚きは全編通して続いたのだった。
その後で、イノセンスが不評であったという話を聞くに至るわけだが、これもまた不思議な体験だったと、今は思う。私の映画体験が浅いから、傑作と感じただけで、多くの人は『退屈』『CGと絵の質感が乖離している』『盛り上がらない』『またいつもの押井守か』という事を書いていた。
それについて、私はどうとも思わない。そういう意見に賛成しようとも、自分の感覚を擁護しようとも思わない。ビジネス的に失敗したことについても、まあ、そうなんだなとしか思えない。

話が大きくずれてしまった。

ふと気付いた。目の前の輸送車にはナンバープレートがなかった。
知識の無い私は、まあ、そういうものなのかな、と思った。
そもそも、何で私たちの車にはナンバープレートがついているのか、そこからして私はわからない。あのナンバープレートは国から支給されるものだったのかな。国の機関の、交通関係の省庁が絡んでいるのだったかな。全然、知識が無いからわからない。とにかく、国は車を管理したいらしい。車検の際には税金を払う。管理しないと、税金が取れなくなってしまう。とすれば、自衛隊から税金を取る必要がないがゆえに、自衛隊の車にはナンバープレートが無いのか。なんとなく筋は通る気がする。自衛隊は税金を納めなくても良い。国を守っているから。自衛隊は税金で維持されている。国民が税金を払い、それを国防費として自衛隊が使用する。

前段の押井守の話と自衛隊の話が並ぶと、なんだか私は『ネット右翼』みたいだなと気付いて、苦笑いしてしまう。
でも、何の知識も主義主張もない私が何を書いたところで政治的な主張にはなりそうにない。ただの浅い思考と個人的な思い込みの羅列になるだけだ。後々読み返したときに恥ずかしくなって転げ回るのも面白いと思い、私はもう一つ、別の側面からそれらを考え始める。

――自衛隊の輸送車を見て、一番初めに、押井守の『劇場版パトレイバー2』みたいだなと、ベタながら、思ったのである。
普通の風景に突如として、非日常的な『軍隊』が前景化する。『それが、見たかった』と物語の中である男が言うが、なるほど、そういう風景を今私は現に見ている。
それはドキリとさせられる、世界の実像だ。私たちの平和は建前に過ぎず、一枚レイヤーを消せば、こういう生々しい世界が見えてくる。もちろん、こういう話は言い尽くされていて死語に近い。ナンバープレートの無い車が新潟の高速道路を走っている。緊急事態時には、戦車だってこの道路を走るだろう。死語に近い、そういう私の認識は、次には違うことを感じ始める。

なぜ、そこで私の心の中で、『○○みたいな』という認識が立ち上がるのか。

押井守の映画みたいな風景。
テレビみたいな風景。
漫画みたいな会話。

リファレンスという形式を伴って、類似参照されるという以上に、優先順位が高く、現実よりも鮮明に立ち上がる、『○○みたいな』という認識。
それはいったい、何ゆえか。

私の目は、人間が詰められた輸送車を見る。
それは初めはただの色彩偏移の情報として、電気信号として脳みそに伝達される。脳みそがその電気信号を解釈する。高速道路を走っている。車。車間距離は大丈夫。車の中には人がいる。迷彩服着てる。うーん。パト2みたい。パト2という連想から、ある程度整理された思考がリファレンスされる。私は私なりに納得する。そこから色々と考え始める。

物事を考えるとき、『○○みたいな』という比喩は、思考の分岐点あるいは結束点として必ず発生する。新海誠みたいな青空。宮崎駿キャラみたいな走り方をする少女。『○○みたいな』という比喩が繋ぐインデックスの大本はどこにるのか。アンドレ・テシネみたいな青空。スピルバーグみたいな編集の仕方。インデックスはそれほど大きなファイルではない。インデックスは小規模なデータ構造であるがゆえに、反応が早い。そして、人によって偏りが大きい。この様な状況下に、パト2じゃなく、もっと違う連想も人それぞれあるわけだ。それがインデックスファイルの差異だ。日本史を紐解く人もいる。ハリウッド映画、小説を思い出す人もいる。そうじゃなく、不安に思うだけの人もいる。なにがなんだかわからないと思う人もいる。

物語は人それぞれの形で、立ち上がる。

――輸送車は米山で高速道路を降りていった。
私は一気に視界からフェードアウトしていく車を横目で眺め、意識を切り替える。
私は車を運転しているという空想を止め、高速道路の上空へと視点を飛翔させる。新潟の山にはどこも雪が無い。カメラが雲の中へと突入し、ホワイトアウトする。
そして、今、私は台所でご飯を作っているメイドさんの後姿を見ている。
ここまでをブログに載せ、EEEPCを閉じる。
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寝過ぎた 2008年12月23日 漫画 トラックバック:0コメント:0


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嘘だらけ 2008年12月21日 文芸(長文) トラックバック:0コメント:0

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まだ、人を喰べたことのない子供はいるのかしら?
もし、いるならば、その子供たちだけは……


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「七瀬。とりあえず全裸で正座。んで、この猫耳と首輪付けなさい」

ノックも無しに突然の部屋に入ってきた凪姉はいきなり凄い事を言い、後ろ手に戸を閉めた。私の脳みそは瞬時に凍りつき、呆然と目の前の凪姉を見るだけだ。凪姉の表情は穏やかである。だが、相変わらず目が冷たい。冷たすぎる。何人か人を殺している人間の顔だ。何十人かもしれない。

「早く脱ぎなさい。バカなの? 死にたいの? この白痴。白痴女。マジで白痴過ぎる。本当、この手でその命を終わらせてやりたいわ。まじで」

ひいた。心がひいた。思わずひき笑い。
私は素直に全部脱ぐ。後ろ髪をみんな前側に持ってきて、一応隠す。放り投げられた猫耳と首輪を付ける。ちらりと凪姉の表情を伺う。すんごく怒っている。もしくは苛立っている。私は泣きそうになる。理屈ではなくて、無意識的に。怖い。なんでこんな怖いの、この人……。

凪姉は私の部屋を見回す。そして机の上にあった私の携帯を手に取り、いきなり私に向かって投げつける。とっさに両手でガードするも、ちょうど右手の甲に当たってしまい、めちゃくちゃ痛い。痛い~と呻く。

「うるさい。つーか、髪で隠すな。」

すいません。ごめんなさい。
髪を後ろに戻す。ひんやりと寒い。ていうか、寒い。なにせ12月だし、暖房もついてない。
凪姉は私の身体をまじまじ見る。まるで値踏みするみたいに見る。凪姉の手が私の胸元に『にょーっ』と伸びてくる。でも、触らずに戻っていく。とまどいがあるらしい。今更ながら躊躇している。それなら、もっと前段階でのとまどいがあってしかるべきだと私は思う。

凪姉が私と向かい合わせで正座する。

「あんた、自分の作った物語、面白いと思ってんの?」
「……え?」
「あんたのやってるブログ、面白いと思ってんの?」
「……」
「あんたがユグに描かせてる漫画、面白いと思ってんの?」
「……」
「やめちまえ。全然面白くないから」
「……」

凪姉、精神虐待モードだ。
私は身構える。論理武装を心の中で展開する。
凪姉は私の首輪に手を伸ばし、一段階締め付けを強くする。
一気に息苦しくなる。ひどい。鬼。凪姉にとって、私はなんなんだろう?
――おもちゃ。
おもちゃか。もはやひどく使用した後のボロボロのおもちゃ。
私は凪姉の使用後に過ぎない。もう、壊れちゃってもいいおもちゃ。

「ユグはまだいいと思ってんのよ私。まだ若いしさ。今は小学生みたいな絵だけど、まだ絵に見えるしさ。これからしっかりと勉強すれば、中学生にはなれそうじゃない? でも、あんたのはゴミだ。マイナスなんだよ。ユグが0.04なら、あんたはマイナス40000なんだよ。もう、何をしてもマイナスなの。ゴミなの。生きてる価値はあんたには無いの。ユグが可哀想だ。あんたのゴミ物語を描かされて。ユグはもう一人でやらせろ。あんたは消えろ」

私は俯いて聞き流す。
聞き流しても心は掻き乱されてしまう。もう半泣き状態。最後の『消えろ』を聞いて、私は本当に消えてしまいたくなる。
私がユグの足を引っ張っている。私のはゴミ物語。自覚は、まぁ、ある。私の物語は『物語』になってないのは間違いない。物語になっていない物語を無理やり垂れ流して、それでどこか満足してしまっている感は否めない。ユグは私の物語以外に描きたいものがあるんだろうか?あるんだったら、確かに私はそれでもいい。ユグはユグの物語を描いて、私の物語は私の頭の中だけで完結してもいい。

「……七瀬」
「……はい」
「あんた、バカだろ」
「……はい」
「あんたの生存価値なんて無いと、自分で思わない?」
「……」
「返事は?」
「……」

自分の心の中の論理武装が沈黙している。そもそも凪姉の言葉には論理性などない。あるのは暴力だけだ。でも、凪姉の言葉の極端な振幅を指摘して、その『いい加減さ』を指摘する気が私の中には無い。どうやっても私が負けるようにできている。例えば、『じゃあ、凪姉も物語作ってみてよ……』と言えばどうか。おそらく、凪姉だって物語は作れない。思いの他上手に作れたとしても、私はそれを否定的に評価できる自信がある。あらゆる物事において、全面的に肯定できる一方、全面的に否定することもできる。でも、こういうやりとりも結局、私が負けることに変わりは無い。

――結局、私の物語がゴミなことに変わりは無い。

「七瀬、何を今、考えているの?」
「……え?」
「こういう局面において、七瀬ができることはそう多くは無い。3つくらいかな。一つは、私の言葉の揚げ足をとって反論すること。二つ目は、今はゴミだけど長い目で見てほしい論を展開すること。三つ目は、泣いて自我崩壊させて私に許しを乞うこと」
「……」
「どれも面白くないわ」
「……」

凪姉は私に何を求めているんだろうか。
だいたいわかる。凪姉はドSだ。私が傷つくことのみを求めている。
私はゴミ物語を作っている。作り続けている。ゴミはゴミだが、わずかながら、ほんのちょっとずつ、いい方向にゴミが変わりつつある自覚がある。勿論、マイナス5000がマイナス4999.99になったくらいだが、それでもちょっと私は嬉しかったりする。だから、恥ずかしながらもブログなんかに上げてみてたりしている。

凪姉はそれが苛立たしい。凪姉は私にペンを折れと言っている。要求はただその一点に絞られるのである。だから、死ぬか物語を捨てるかの選択を迫っている。誰もが死ぬよりかは物語を捨てることを選択するだろう。
この場合の物語は『物を語ること』という動詞を意味するだろう。

凪姉は、私がやっと見つけた私の動詞を捨てろと要求する。
なぜか。
凪姉は私が衰弱するのが好きだからだ。
私が沈み込み、寒さに震えて、自分の中の虚に怯えて、自分の中の無に飲み込まれていく様を見るのが好きだからだ。

――七瀬には何もない。過去も今も未来も無い。何の価値も無い。何もかも私に勝てない。永久に私に負け続ける。私に搾取され続ける。

凪姉の洗脳。いまだに解けない。それが洗脳だとわかっていても、私は凪姉に反抗できない。そして、凪姉は私をおもちゃにする。生きているおもちゃ。面白いんだろうか? そんなに他人を傷つけて、心を流血させて、人生を捻じ曲げさせて、楽しいんだろうか?
私が凪姉に何をしたっていうんだろうか? 何をしても、尽くしても、奉仕しても、愛しても、それでも凪姉は私の破滅を求める。

私が破滅する様を笑顔で求める。
凪姉は私のことが憎いんだろうか? 憎いから、敵だから、いぢめるんだろうか? 私が死ねば、凪姉は救われるんだろうか? 私が破滅して、この世から消えれば、凪姉の心が晴れて、凪姉に安寧の日々が訪れるんだろうか? それとも最期の瞬間には、凪姉は私を認めてくれるんだろうか?

「七瀬。消えろ」

私は目を見開いて凪姉を見る。気付かないうちに私は泣いている。凪姉は妙に頬を赤くして私を見下している。興奮している。私は目をそらす。凪姉の指が伸びてきて、私の唇をなぞる。そして、口の中へと入ってくる。

「自殺しろ」

もう片方の手が私の身体を触る。
触られたところが敏感に反応し、発熱する。
本当に、私は凪姉のおもちゃだ。昔から、ずっと、ずっと。

――私は目を閉じる。

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玄関をユグが掃いている。
私はそれをぼんやりと眺めている。
身体の節々に痛感が残っている。
玄関の両脇にはアロエの鉢植えがある。12月だけど、青々として元気がいい。ついさっきのことを思い出そうとして、抑止が働く。その精神防衛反応に素直に従う。溜息をつく。また一段と思考が浅くなったと自覚する。そしてまた一歩、破滅へと近付いていると自覚する。どのような破滅を迎えるのか。それを想像しようとして、また抑止が働く。わずらわしい。しかし、この抑止を突き破ったときの仕打ちの痛さにはもう懲りている。素直に従う。首輪の痕が残っている。擦れてぶちている。その微かな膨らみに指を這わせる。虐待。逃げられない日常。目の前が崖で、後ろには凪姉がいる。だから凪姉に食われるしかない。崖っぷちに追い込んだのは凪姉。でも、それを恨んでもしょうがない。その崖っぷちから逃げられないのは私の弱さだ。私は私の弱さを凪姉のせいにしている。
――ユグが玄関に水を撒く。踏み石が太陽に煌いて白色を周囲に反射させる。

私の日常がある。
私は生きている。そして、物語を作ろうとする。その物語を文章にしたり、ユグに漫画にしてもらったりする。それを自ら読んで、がっかりしたり、納得したり、ちょっと嬉しかったりする。それをブログに掲載してみたりする。ブログとは言いつつも、ただのネットワークストレージ扱いに近い。今使っているEEEPCが壊れても、ネットワークに上げておけば、消えることがないから。私は今、原点に立ち返ろうとしている。私の物語はいったいどこから立ち上がるのかという、思考。

――なぜ、物語を作ろうとするのか?

これは簡単に答えることができる。私は世界のことを考えたいからだ。この『世界』とは『幻想世界』のことではない。生々しく書けば、麻生首相のことやアメリカのこと、経済のこと、現代的な犯罪のこと、現代に生きる人間のこと、そういったものを考えたい。考えるだけでなく、考えを進めていきたい。でも、囲碁でもそうだけど、頭の中では限界がある。だから、実際に石を置いてみる。それを繰り返す。碁盤が石で埋められていく。それが私にとっての物語の姿だ。ずっと昔に置いた石が、ふと今の思考に影響してくる。それが私にとって面白い。自家中毒的に作り上げていった物語が、ある一線を越えた途端に自律する。その自分にとっての煌きを文章にしたり、漫画にしたりする。一晩経って見直してみれば、まるっきり何かのパクリだったり、全然面白くなかったりすることは多々ある。でも、それでもいいと思う。何かを私は考えている。少なからず進んでいる。凪姉にとことん否定され、マイナス評価されたとしても、それを飲み込んで私はその先へと進んでみせる。根拠の無い強がり。愚かな前進。自分を客観視しているようで、全然できていない現実。そういう自覚をペン先にこめて、考えを進めればいい。
私は日々、碁石を握り締めて、碁盤の状況を見て、考えて、石を置いていく。それを文章化する。漫画化する。なぜ、碁を続けるのか。考えたいから。なぜ、考えたいのか。よりよく生きたいから。碁を置き続けることで、よりよく生きられなくなってきているということは無いか? 碁を考えることで、真に考えるべきことから目を背けてはいないか?

――碁に逃げてはいないか?

なるほど。それはあり得る。
政治、アメリカ、経済、そういった大きな概念を考えることで、目の前の苦境を考えない。例えば、私の10年後はどうなってる? 今みたいにブログを書き続けていることはなかなか想像が難しいのではないか。私はいつか凪姉に殺されるかもしれない。それを回避するために、警察に逃げ込む。それは賢明か。思考に抑止が働き始める。いつか、ユグの仲間に、あるいはユグに喰われるかもしれない。私ではどうにもできないから、外部に助けを求めるべきか? 外部って、なんだ? わからない。もしくは一人で失踪する。どこへ? 暗闇の中で凍えて絶命するなら、私はユグに甘く噛み砕かれて喰われるほうを選択する。

抑止が働いている。
ものすごい抑止だ。
何かを考えることを、無意識の私が静かに静かに押さえ込んでいる。
いったい、なんだ?
碁のことを考えると、抑止が消える。
碁以外のことを考えると、抑止が働く。

おかしい。私は何をそんなに考えたくないんだろう?

――ユグがお茶を持って、私の横に座る。

「七瀬様。現代人って、昔に比べると400倍もの情報を取り入れてるそうですよ? まあ、昔っていつだ、とか、400倍の根拠はなんだ、とか、色々と疑問は尽きませんが、まあ、なんとなく実感できるところもあるような気がするのも確かですよね」
「……うん」
「で、私、思ったんですけど、じゃあこれから情報を400分の1にしようかなーと。今でも、テレビや雑誌なんかは見てないんですが、インターネットは見てますし、新聞も見てますし、街角の広告なんかも見ちゃってます。それらを出来るだけ見ないようにする、情報を取り入れないようにするってのをやろうかなーと思うんですよね」
「んー。いいかもね。私も最近は現代的な情報に疲れちゃったよ」
「疲れますよね。なんか、デジタルに疲れてるんですよ私」
「デジタル?」
「電気使う関係のものに触りたくないし、近寄りたくないんですよね」
「……ん」
「思うんですけど、電灯照明が無くなったら、素敵ですよね。17時過ぎたら暗くて本も読めないから、もう寝ましょうってなるじゃないですか。17時に寝ちゃえば、朝の3時には起きちゃいますし、それでいいじゃないのかなと思います」
「まあね」
「それはともかく、情報を400分の1にすると、頭の中がさっぱりすると思うんですよね。漫画版のナウシカの最後の方の、理想郷みたいなところにナウシカがしばらく住んでたじゃないですか。ああいうの、やろうと思えばできると思うんですよね。そして、それは、情報を400分の1にすれば可能だと思うんです」

ユグは私の身体に寄りかかってきて、ねぇねぇと甘える。
400分の1、という数字はともかく、それはいいかもしれないな、と思う。
とにかく、私たちの生活には広告が多すぎる。広告の顔をしてない広告も数多く存在する。そういうものに、疲れた。デジタルに疲れたというのと、どこか通ずるものがある。デジタルというものが、おそらく、情報というものとひどく親和性があるからだと思う。

「じゃあ、ユグ。実際にどうするよ」
「新聞をやめます。携帯も解約します。インターネットは、使い道を制限します。街へ行くのはやめます。ご飯は自給自足。これだけです。不便はないはずです。本は図書館で借りて読みましょう。ニュースを取り入れる必要はありません。ニュースが必要ないのは、ここ数十年ずっとニュースを取り入れてきて、なんの有意義な情報も得られなかったことは私も七瀬様も知るところですよね?」
「……私はそれでもいいけど、ユグは退屈しないかな?」
「しません。もっと自分の人生に集中できると思います。私、もっといっぱい本を読んで、絵を見て、漫画の研究がしたいんです」
「……じゃ、やろう。そうしよう」

やろうと思えば、いつでもできる。情報の入力を一気に絞る。そうすれば、もっとユグの身体のぬくもりを感じることができるのかもしれない。一時給付金、どんどん下がる原油価格、ドル建てをやめようとする中東とそれを睨みつけるアメリカ、歴史的な恐慌に突入する自動車業界、しかし、そういう情報を一切消してしまって、このユグのぬくもりだけを感じることができれば、私は本当の幸せを感じることができるのかもしれない。

漫画の研究。漫画畑じゃない私にはなかなか実感の湧かない概念だ。私はどちらかと言えば映画と文学の人間だから、漫画のことをじっくりと考えたことが無い。ユグは私に体重の半分を預け、早くも寝息を立てている。
でも、私はかまわず、小さな声で問いかける。

「漫画の研究って、何をするの?」
「……んー。七瀬様風に言えば、3つあると思います。
1。漫画の物語についての研究。
2。漫画表現についての研究。
3.漫画を描き続けるための研究、です」
「なるほど。そういうことについて、既に答えを書いている本ってのは無いのかな?」
「あります。いくつか読みました。そして、それらは私にとって、あまり参考にはなりませんでした。いずれも、誰もが思いつくような考えの可視化には成功しているようでしたが、結局、最後には『ここから先は自分で考えて、自分なりの答えを見つけてください。それがあなたの、あなただけの漫画になるのです』と書いてありました。それが知りたいから読んだのですが、まあ、なかなか難しいものですよね」
「ユグは、何か見つけつつあるの?」
「なんだかんだで、ここしばらく漫画を描いてきて、『その瞬間』というものがある、という実感が何回かありました。なにか、新しいものに触れた、既知の境界線の向こうへ出た、そういう『瞬間』です。でも、後で読み返すと、そうでもなかったなあと思ったりすることもありますけど」
「……そう。『その瞬間』ねぇ」
「それを常に描く、というのは難しい気がします。でも、そうならないものを描く方法というのは、簡単に思いつきます。だから逆に、それをまず、埋めてしまえばいいのかなと思いますね」
「……ん」

眠たくなった。
ユグの言っている事は、なんとなくわかる。わかるけど、どうなんだろうか。ユグのその考え方に終わりはあるんだろうか? 終わりは多分、ユグが漫画を描かなくなるという終わりなんじゃないか?
新しいものを描く。それは素晴らしい心構えだ。商品としてはそうあるべきだ。刺激的だからだ。でも、消耗するだろう。それに、周囲から際立った分、飽きられたら一気に衰退する。なにせ、自分自身が一番初めに飽きるに決まっている。飽きるし、呆れるのも自分自身だ。そうしたら、ユグは漫画が描けなくなる。そしたら、ユグは多分、悲しいと思う。寂しいと思う。せっかく、自分自身にとって面白いものを見つけたのであれば、それをずっと続けるべきだ。だから、コストは抑えるべきだ。どの程度まで抑えるかといえば、私にとっては『碁』だ。でも、それじゃわかりにくいから、今思いついたのは、『俳句』。そのくらいまで絞り込んだコストで、楽しむべきだ。もちろん、ユグもそれくらい承知かもしれない。敢えて私は口にはしない。

私はゆっくりと横になる。ユグもそれにつられて横になる。玄関前の廊下はひんやりと冷たく、心地よい。このまま昼寝して、ここまでの思考を後で文章化しよう。

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子供の頃。
全てが新鮮で、世界と私が交じり合っていたあの頃。
夕暮れの赤は私の色で、真夏の青も私の色だったあの頃。
凪姉は私にとってアイドルで、いつも誰よりも正しかった。
凪姉はどんな大人よりも頭が良くて、世界の嘘を全て暴いて私に教えてくれた。凪姉は憧れだった。今でも覚えている。凪姉は世界の本当の真実を私に授けてくれて、私は目を丸くしてそれを聞いていた。
凪姉は最後にこう言った。

「多分、私のこの話は、七瀬にとっての真実とは違うかもしれない。だから、本当はこの話は七瀬にするべきじゃなかったと思ってる。本当のことというのは、他人に聞かせるべきじゃないんだと思ってる。私が私の中で暖めておいて、私が一人で実践していればそれでいいんだと思ってる。王様は裸だ。でも、それを王様に言うのが正しいとは思えない。だけれど、そういう物語を作ることは有効だと思う。だから、私は七瀬に、今の話は物語として、託す」

――託す。
そう、『託す』。凪姉はそう言った。
そして、その日から、私にとって、物語は光り輝く宝物になった。
図書館に行くと、山のように本があった。その中では多種多様な物語が書かれていた。それらは全て違う物語だけれど、でも、ある意味同じ物語でもあった。それらは全て『託されて』いる。私は『託された』のだ。
物語とは『託す』ことなのだ。
だから、何も『託す』ことのない私の物語は物語ではない。

物語に、まだなっていない。


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まだ、人を喰べたことのない子供はいるのかしら?
もし、いるならば、その子供たちだけは……

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岡倉天心の本を読む。
なるほどと思う。良い悪いではなく、なるほどなと思うのである。
幸せというのは人の数だけ、その形がある。
良い悪いなんてない。
ブランド品で自室を埋め尽くしたり、浜辺に茶室を建築したり、首都高速を爆走したり、漫画を描いたり、幸せの形は多種多様だ。

お茶。
禅。

岡倉天心の言いたいことはそれらの事象についてではなく、それらに付随し、または対峙する際の心構えであろう。
そして、それについて、私は賛成したい。
情報を400分の1にするということにも通ずる。

――あいつらは数字しか見ていない。
――あいつらは数字しか見ていない。
――あいつらは数字しか見ていない。
――あいつらは数字しか見ていないんだ。

ラジオでイギリスのバンドがそう歌っていた。
あまりに多くのことを、この数十年で私たちは忘却してきた。
数字しか見なくなった。そして、自分を数字として見てしまうようになった。
良い悪いは、そこにはない。
ただ、私は好きじゃない。

――転換する時が来たんだ。
――その時が来たんだ。

明日になれば、また、背広を着たり、作業着を着たり、とにかく仕事着を着て、私たちは家を出るんだろう。憂鬱な気持ちで車に乗る。もしくは改札を通過するんだろう。いつもの音が聞こえる。ノイズ。振動。真面目だな。会社へと向かう身体はまるでロボットのように自動的だ。頭の中で段取りを組み始める。何点かの難問を思い出すんだろう。その難問は仕事量であったり人間関係であったり、とにかく、あなたにストレスをもたらすだろう。でも我慢するのが社会人だ。あなたは飲み込む。仕事が始まる。社内政治が開始される。うんざりしながらも、それなりに対応できてしまうのがあなたの能力ではある。滑稽に動き回り、役割をこなして休み時間がやってくる。不況ニュース。みんな大変。休み時間終了。疲れたがまだ10時半。原油をがぶ飲みしたような不快感。それが仕事だ。なんのために。半分、やけになってきている。疲れた。朝思いついた難問をこれからこなしていくのだ。納期。コスト。クオリティー。納期優先になっちゃった。ぐだぐだ。嫌味言われるが押し通す。社会人だもの。毒を飲め。寿命を縮めろ。その代償として、給料が出てるんだ。働け。ストレスを溜めろ。暇さえあれば風俗の話をする男。AVの真似ばかりのプレイスタイル。想像するだけで吐き気がする。AVはグロい。精神的にグロい。エロいとは微塵も思えない。AV女優が可哀想だ。AV男優も同様に可哀想だ。あんな嘘だらけの性交は笑いを通り越して、一種の恐怖だ。嘘だらけ。嘘だらけ。

Life in the water.
Life in the cold water.

なぜかZAZEN BOYSが頭の中で鳴り響く。鳴り止まない。

精神的に危なくなってきて色々と破綻しながら帰宅。毎日練習スレだけが癒しの場。みんなの更新を見る。まじまじと、一枚一枚じっくり見る。なるほどなー。なるほど。ライブ感がある。その点、自分の絵はいまいちだ。いまいちだが、直せない。そのいまいち感が漠然としているがゆえに直せない。自分の絵のいまいち感は自覚できても直せない。ここ、課題ですね。とりあえず諦めて投稿。自分の絵はだめだ。自分の絵だけがだめ。自分の人生がだめ。自己評価が低すぎる。でも、自己評価が高い奴なんて気持ち悪いと思いませんか?コンビニ弁当を食べる。ビールを流し込む。風呂に入る。俺は何をしているんだろう? 生きている。笑いそうになる。本当か? 本当に生きているのか? こんな日々で生きているって言えるのか?刑務所と同じだ。刑務所以下だ。会社じゃ人間扱いされてない。逃げ帰って描いた絵はいまひとつ。どうすんだ。どうにもならない。自虐的に笑う。風呂から上がる。明日分の絵を描こう。毎日練習スレは精神衛生上、ストックを一応用意してある。これが微妙にルール違反であるような気がしなくもない。でも、別に日数で競ってるわけでもない。内部留保の考え方の差異でしかない。ざらついた心で描く絵はざらついている。寝よう。明日がある。都会の夜はざわめいていて、それが朝までずっと続いている。ざらついた朝がやってくる。ざらついた朝ごはん。ざらついた思考。

俺はこれでも、生きてるって言えるのか?

――――転換する時が来たんだ。
――その時が来たんだ。

だってさ。
私はラジオの電源を切る。
そして、ここまでの思考を文章にして、ブログに貼る。
EEEPCを閉じる。
そして、思う。
もしかして、後々、これらの文章を再構築して、最後にこう書けば、ひとつの小説になっちゃったりしないかな。

『この文章は全て私の頭の中の想像の産物です』って。
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脳内妄想の可視化 2008年12月20日 文芸(長文) トラックバック:0コメント:0



とても素敵なアイデアプロセッサ『Frieve Editor』(フリーソフト)を見つけたので、これにどんどんと脳内世界を書き留めていこうと思ったのでした。
とりあえず、主要な人間の関係図をざっと書き並べてみると、自分の脳内を客観的に覗いている様でむず痒い。
各キャラを自動的に動かす機能もあり、なんだかそれだけで物語が浮かんできそうな感じです。
妙に面白いので、このままごちゃごちゃと作りこんでみよう。
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洗脳の構造と閉じる心 2008年12月20日 文芸(長文) トラックバック:0コメント:0

(1)女子高生とおっさんと初期条件

昼休みになって、私は教務室へと向かった。
雑多で悪趣味な先生たちの机の上の小物を見眺めながら、奥へと歩く。
担任のヤマダが安っぽいプラスチックの弁当に箸を突っ込みながら、ヤフーニュースを見ている横に立つ。毎日同じジャージのヤマダ。

――おう、悪ぃーな昼休みに呼び出しちゃって。まあ、ここに座れや。

ヤマダの隣は祥子先生の席で、椅子にはピンクのキティーちゃんのクッションがくたびれて伸びている。祥子先生のヒステリックな性格を思い出して、私はちょっと萎縮しつつも、スカートを押さえながら椅子に座る。

――委員長は飯食ったのか?お前、やせ過ぎだろ。もっと食えよ?

ペットボトルのお茶をがぶ飲みしながらヤマダは言う。
汚い男。汚い言葉。汚い人間。
そんでもって、男らしさを誇示するための男らしい口調が実に苛立たしい。嫌悪感が瞬間的に沸点に達し、肩の辺りが無意識にピクっとしてしまう。

男らしさなんてヤマダには微塵もない。大借金してレクサス買って、漫画とゲームが大好きで、ちょっと先生らしくない振る舞いなんかもしたりして、確かにヤマダはヤマダなりに量産型の先生とは少し逸脱した先生を演じているのかもしれないが、そもそもそれが『男らしい』と思っているような彼の思考自体が既に私にとっては『男らしく』はない。
安っぽい。古臭い。
でも、しょうがない。それが世代のギャップというものだ。
それに私はヤマダには何も期待していない。ヤマダはカギ括弧付きの『男らしい先生』を彼なりに彼らしく演じていればそれでよろしい。彼は永久に私たち女子高生の内面など理解できないし、それと同時に私たちは彼の内面を理解できない。すれ違い、ねじれ続ける。それが悲劇ですよね、とかは微塵も思わない。その永久のディスコミュニケーションは素数のごとく独立的に存在し、その存在自体が確固とした現象であるがゆえに深く考察しようとも翻訳しようとも思わない。

ところがヤマダはそうじゃない。
ヤマダは私たちを理解しようと心がける。隙があれば関係を持ちたいとも考えている。この場合の『関係』とはヤマダが逮捕される系の関係であることを明記しておきたい。もちろん、それはなかなか難しいことであるに違いない。しかしながら、私たちを取り巻く関係が物理的に可能なものであれば、それは本質的には可能であり、あとは状況の電圧差によって難易度の壁だって乗り越えられる。私だって10万を渡されれば、手くらいだったら貸してあげてもいい。触りたいなら後10万。それ以上の行為は金額の問題ではなく、私の理性を捻じ曲げない限りは不可能になる。私の理性はどうやれば捻じ曲げられるのか。簡単だ。ただし、それをすると、ヤマダが完璧なる犯罪者になるだけだ。

――委員長。おい、聞いてるか?

……全然聞いてませんでした。
まさかヤマダと変なことをするのを妄想してましたとは言えそうにない。
私は制服の皺をちょっと伸ばしながら、小さく首を横に振る。

――お前、疲れてるだろ?勉強しすぎるなよ?俺なんか高校時代なんか全然勉強してなかったけど、今も全然大丈夫だからな。

何がどう大丈夫なんでしょうか。
よくわからないけど、まあ、大丈夫なんだろう。興味ないし。

――要するに、最近、みんなの朝礼がダラダラしてるだろ。これ、なんとかなんないかな。気を付けの姿勢とか、挨拶の声の大きさとか。

……バカだ。ヤマダはバカだ。

――これ、なんとかしたいんだわ。朝礼がキビキビしてると一日が爽やかだろ。勉強も頭に入ってくるだろうし。なんかいい案ないか?

……ち、ちょ……もう帰りたいです……


(2)不可視な、あまりにも不可視な、私たちの4つのレイヤー

朝礼を良くしたい。
それは無理である。
理由は2つ思い浮かぶ。

理由1:先生およびその手下である委員長に言われたことは、例え正論であってもやりたくない。何様のつもりだ、命令すんなっていう。
理由2:朝礼を良くするのが、本当に本質的に『良いこと』なのか?それが証明できない限り、面倒だからやりたくない。

後者の方はどうでもいいと私は思ってる。朝礼以前の話になるが、『良いこと』なんてこの世界には何もないと、私は思っている。『良い悪い』なんていうものは存在しない。お金になることが『良いこと』なのだという前時代的な価値観を採用すれば、ドミノ倒し的に『朝礼をしっかりすれば良い』に繋がることは簡単に証明できそうだ。でも『モテることが良い』とすれば、難易度は上がる。たぶん、モテることと朝礼は結びつかない。
だから、理由2を証明することは難しい。だけれど、大した問題ではない。

一番の問題は理由1のほうであって、これをクリアできれば、自動的に理由2は埋まってしまう。逆に言えば、理由2をクリアしても理由1がダメなら全然ダメだ。

理由1をクリアする方法。
それは概念としては単純であり、その方法は国語辞典にすら載っている。
――それは『洗脳』である。
洗脳対象は高校生。権力や正論の『うそ臭さ』に最も敏感な年頃。
そのくせに、直接的な暴力や快楽には滅法弱いし、思考の論理性には弱さが見られる。性格にひねくれた傾向が見られるものの、他人の言葉を信用しやすいのがまだ子供。親の言葉なんて無視すればいいのに、無視できないがゆえに、無駄に反抗したり、または無駄に従ったりする。
『洗脳』しやすい対象であることに間違いはない。

ところで、『洗脳』には4つのレイヤーがあることは広く知られている。

レイヤー1:建前層
(例:タバコは吸わない。廊下は走らない。ローカルルール)

レイヤー2:論理層
(例:勉強するのは自分のためになる。宗教や理詰めで納得出来ること)

レイヤー3:社会層
(例:法律を破ると犯罪者になる。みんなの輪を乱さない。空気読む)

レイヤー4:無意識層
(例:蛇は怖い。蜂は怖い。高いところは怖い。男が怖いし憎いし嫌い(……私だけか?))

これらのどの層まで食い込んだ洗脳をするかが一つの選択ではある。
レイヤー1をクリアするのはたやすく、ただ教室の前のほうに『朝礼をしっかりキビキビしましょう』というポスターを貼ればいいだけである。みんな、うぜーと思いながらも、短期的な効果は期待できる。(ヤマダが求めているレベルもそのレベルかもしれないと今気づいた。)
ただし、その建前臭さにはうんざりしているから、反抗される危険性がある。命の大切さをしゃべる校長先生に似た胡散臭さは大いに感じられる。

レイヤー2を達成するには先述した理由2を上手くでっちあげてパッケージする必要がある。でも、レイヤー2は人から押し付けられると反発する可能性がある。レイヤー2は自身の『気付き』以外では定着しない。だから、レイヤー3に飛ぶ。

レイヤー3は、罰則を作ることで達成される。全校単位での取り組みにすればいい。ただ、朝礼がだらだらしているから坊主狩り、というのはなかなか理解されない可能性がある。朝礼のだらだら感を定量的に測定する必要があるが、上手い方法は思いつかない。声量を騒音計を使用してデシベル単位で管理することが一つとして思いつくが、声の大きさのみを問うと、その判定基準を悪用されてしまい、変な言葉を大声で発する輩が発生する可能性は非常に高い。
また、最終的に行き着くところは『軍隊っぽい朝礼』であり、良し悪しはともかく、学校の朝礼のあり方としては間違えている感が否めない。

だから、私たちのやるべき洗脳は、最終段階のレイヤー4だ。
すなわち、良いとか悪いとか、判断する余地もなくすほどの洗脳。
何をやっているのか、やっている本人すら認識できないほどの洗脳。
歩くとき、無意識に手を振ってしまう。思わずあくびをしてしまう。
そのレベルでの朝礼。

これをやるべきであり、それをやるために最も簡単で確実な方法が、私の中には存在している。ただし、これをやるにはそれなりにコストが掛かり、生徒たちの負担もバカにならない。少しばかり、コンプライアンスから逸脱する行為でもあるが、それを言うなら既に洗脳をしようという考え自体がコンプライアンスから逸脱しているので問題はない。
その方法を簡単に記す。

【すいません。あまりに危険なため閲覧禁止にしました】

(3)素晴らしきこの世界

ヤマダが生きた死体になってから半年が過ぎた。
ヤマダの中では、みんな素晴らしい朝礼をしているに違いない。
ヤマダの死んだ魚のような目は、どこか笑みを浮かべているようでもある。
ヤマダへの洗脳は上手くいった。いきすぎた。
でも、それが洗脳というものであり、問題はない。
『素晴らしきこの世界』
ヤマダの中だけで、カギ括弧の中だけで、それが実現されればいい。
ヤマダから何の異議申し立ても起こらない以上、これがグッドエンディングじゃない理由は見つかりそうにない。

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LostPast 2008年12月18日 漫画 トラックバック:0コメント:0

シルバー事件を早くDSに移殖してください>須田剛一様。

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上の漫画の下書き。
(下書きと殆ど変わってないことに今気付いた)

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現実は厳しいなあと感じた瞬間 2008年12月16日 漫画 トラックバック:0コメント:0

イーモバイルがISDNレベルの速度しか出ないとき。

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ちょっと昔に落書きで描いた、歪み率高過ぎる系のパース。

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新浜幻視 2008年12月15日 落書き トラックバック:0コメント:0

上空の魔法陣がまるで監視の目のように見えて嫌なので、新浜県の人口はなかなか増えないそうです。
(なかなか妄想電波のきついブログになってきました)

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tunnel effect 2008年12月14日 文芸(長文) トラックバック:0コメント:0

新浜駅から鈍行列車で新潟駅へ向かう道中、4回ほどトンネルを潜る。
2010年に日本海が隆起し、佐渡を中心に新しい大陸が出来上がったときに、新潟の海岸線はそのまま新しい山脈として地図に刻まれることになった。
4回のトンネルはその山脈の腹を貫通している。

――新しい浜。新浜。そこは不安定な地盤であるがゆえに、住宅地にも産業地にもなれず、また大した地下資源もなさそうであった。強いて言えば、柏崎原発がその新地へと移転したくらいだった。移転理由としては柏崎原発の冷却水である海水が無くなったからというのは当然のこととして、その大陸隆起によって誰の目にも明らかなくらい、新潟の地中奥深くのプレートの蠢きには原発が不釣合いだったからだ。

私は新浜が好きだ。
くだらない『経済』から遠く離れているところが好きだ。
2008年の金融危機によって明らかになったのは、『サブプライムローンという商品のいい加減さ』といったような個別の問題では無く、『経済』というまやかしのルール自体の破綻以外の他に無い。いうなれば、wordやexcle、powerpointというようなアプリケーションのクラッシュではなく、その下層に存在するwindowsのクラッシュでもない。intelさんのチップセットのクラッシュでもなければ、asusさんのハードウェア構成の問題でもない。

――私たちはパソコンで何をしようとしているのか。
というレベルにおけるクラッシュである。

2008年以降、私たちの生活は一気にその水準を落としていく。パソコンで何をしようとしているのか、それを見失った人が、もう二度と電源ボタンを押さないように、私たちはお金を使わない。
しかし、『経済』の亡霊は世界中に現れ、まるで酒か何かの禁断症状みたいに人間を悩ませる。前時代の甘いお菓子。それを求める『亡霊者』たちの群れ。ばかばかしい。
小学校の文化祭の食券チケットは全て無効になった。
それがわからないのが大人の振る舞いとは言い難い。

2回目のトンネルを潜った次の駅で下車する。
そこはかつて漁業の町であった寺泊に位置している。もともと山々に囲まれていた海岸線の町の寺泊もいまや山と山に囲まれた盆地の町になった。
かつて新潟内陸から流れ込んでいた河川は、新浜の隆起によって行き場を失い、一つ大きな湖を作り出してから横道に逸れて流れ始めた。それらはかつて信濃川だった河川と合流し、新浜と新潟の県境に沿って北と南に分流する。寺泊からはその大きな湖が見える。そして、その湖から新しくできた新信濃川に流れていくその接続点に、私は今日、用事があった。

――天然のダムが、滝なんですね。

メイドさんがスケッチブックを抱えながら言う。
なんか変な言い方だなあとは思うが、私は静かに頷く程度に留める。
メイドさんは私よりも一足早く寺泊に着いており、新信濃川滝の直下でビニールシートを敷いてスケッチを進めていた。
天然の滝。それは落差100mを超える、かなり大規模な滝だ。
流量はそれほどではない。また、出来立ての滝であるがゆえに、ナイアガラのような歴史――滝によって削られて落下点が円弧を描いているような――は感じられない。それでも、轟音を立て、10mは超える水しぶきを上げ、濃い霧を吐き出しているその様に、心が震えてしまう。
2つの震えがある。

一つは、もし、あの滝つぼに私が落ちたら、間違いなく死ぬだろうという震えだ。どのように絶命するのか、想像は難しい。ただ、死ぬという結論だけが100%という数字を伴って存在する。痛みを感じる余裕などありそうにない。何を思うか。後悔なのか。恍惚なのか。何も思えないというオチがふと思いつく。現実は物語ではない。物語を破壊するほどのエネルギーが目の前に立ち上がっている。
もう一つは、目の前にあるのはただのエネルギーだという認識が私の中にあるという震えだ。私は滝を見て、即座に目で測量した。だいたいの断面積を計算し、その流量を暗算する。そして、滝の落差を測量し、そこからエネルギーを導き出してくる。その位置エネルギーを熱エネルギーへと変換する。変換効率を低めに見積もる。そこから、得た値は、かなり、上等な数字だ。天からの贈り物。私は本気でそう思う。

――この世界を破壊しようとする者たちに告げる。われわれはお前たちを打ち破る。

ふと、その一言を思い出す。
私はどちら側にいるんだろう?
打ち破るのか、打ち破られるのか。
どちらにしろ、その威勢のいい言葉が私には恐ろしい。
まるで、目の前のこの滝みたいに。

メイドさんのスケッチを覗き込もうとするが、ガードされる。
――恥ずかしいから、ダメです。
ダメなら別にいいや、とメイドさんの隣に座って、再び滝を見つめる。

エネルギー。
それは電圧ということになる。電圧から生まれるのは電位差だ。
ちょっと前に、原子核とか電子とか適当に書いたことがあったが、今読み返してみると、陽子とか中性子とかが完全に頭の中から抜けていた。でも、いまいち実感がわかないのが陽子やら中性子であって、上手くイメージできない以上、上手く書けるとも思えない。
私はミクロとマクロが相似形で繋がっているというフラクタル性を信じている。少なくとも、私が認識できる範囲の世界の振る舞いはフラクタル的であろうと確信している。大腸菌のコロニーとペンギンのコロニー・カバのコロニーが似ているように。脳細胞の振る舞いと、証券会社の振る舞いが似ているように。
さて、その認識の次のレベルは、量子力学のフラクタル的理解である。
最近は下火になってきて、SFのネタにもならない量子力学だが、考え方としてはちょっとした説得力があるため、日々のおもちゃとして弄繰り回すのも面白い。
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googl入社試験 2008年12月14日 落書き トラックバック:0コメント:0

【問題】
毎日練習スレのROMの人数を推定しなさい。

【答え】
平均3人。
理由は新着スレ記載のユニークID数から投稿絵数を引いたものをアクティブなスレッド数で割った数値に私の期待値『1.34』を掛けた数値が3.215であったから(2001~2008までの集計値による)
※『1.34』が結論ありきの数値であり非常に恣意的な怪しい数値であることが前回の会議の中で指摘されたが、どのみち四捨五入すれば1であり、少しくらい夢を見てもいいじゃないかと某研究所主任が言い切った為、3.215を四捨五入するという両者痛みわけを持ってして話題がクローズされたことをここに記す。

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ローポリゴンは 2008年12月13日 落書き トラックバック:0コメント:0

伝統芸能だ。
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なんだか、今年の年末はバタバタしそうです。

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宙返りは 2008年12月12日 漫画 トラックバック:0コメント:0

難しい。

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大変なことになっちゃう10の理由 2008年12月11日 漫画 トラックバック:0コメント:0

ってネタ帳に書いてあった。
とても困る。
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おでん 2008年12月10日 漫画 トラックバック:0コメント:0

朝ごはん。
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早起き進行 2008年12月09日 漫画 トラックバック:0コメント:0

起きる。
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セーフモード 2008年12月08日 漫画 トラックバック:0コメント:0

寝る。

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酩酊状態脳内フロートレース 2008年12月07日 文芸(長文) トラックバック:0コメント:0

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ひきこもりたい。

いきなり何を書いてるのかと心配される方もおられるかもしれないが、正直なところ、もう家の外に出たくない。これが所謂、『甘い考え』であることは間違いがなく、私としても重々承知しているところではある。もう、改行すらしたくないのでガンガンと書くことにする。もう何もしたくない。見たいものは何もなく、したいことも何も無い。酔っ払いの戯言だと思ってもらってかまわない。事実として私は今酔っ払っているのであって、本来、こういった文章は自重しなければならない類のものに違いない。ここがブログであるからして、他人が読むことを意識するべきであろうことに間違いない。でも、ぶっちゃけ、どうかなあ。そんなの関係ないのではないかなあ。毎日練習スレでもそうである。なんでもいいんだ描きゃ。描けばいい。どんな絵でもいいのである。変な意味で書いているのではない。本当の意味で、絵は絵であることが素晴らしい。絵に良し悪しなどない。良し悪しは市場が決めることであり、ここが市場で無い以上、良し悪しなど誰にも決めようが無いのである。だから、同様に、ブログだって何を書いてもいいはずだ。こんな酔っ払いの垂れ流しでもいいのである。

ひきこもりたい。

最近は5分に1回は絶望している。その絶望も些細なことではなく、自分の根底に関わるものであるがゆえに性質が悪い。昨日のことである。冷たい雨が降っていた。私以外の酔っ払いもまたバスに乗っている。バスの中には小さな挫折が積み重なって、辺りには不幸が散乱していた。自分の生きる意味がわかっている人はどれだけいるんだろうか。バスの窓に叩きつけられた雨粒がまるで鍾乳洞の壁のような模様を作り出す。何をしているのだろうか。何もしていない。物語もまたそこにはないのである。物語なんて昔から何もなかったのかもしれない。酔っ払いの男がバスの中、静かに天上へと手を伸ばす。その手のひらを天に向ける。なぜ。私にはわかっている。実はちょっと前に聞いている。大事な人を亡くしている。これは軽い話では勿論ない。男は大事な人に手の平を向けている。68歳のその男の心の物語に、到底、私は近づけるとは思っていない。永久に近づけないと思っている。まるでアキレスと亀みたいに、私は周りの人の誰にも永久に近づけない。その手の平を私は眺めていた。他の人がその男に言葉を投げかけた。男はまるで定型文のような返事を返す。それは江戸っ子的なセリフだ。そして、とにかく、俺は親に感謝している、と言う。こんな5体満足の身体で生んで、育ててくれたんだから。俺はとにかく親に感謝しなくちゃならねーんだ。

私は正直、一人、泣きそうになる。
そして、バスから降りて、泣いてしまう。

私たちが本当にするべきことは、なんなのですか。

その問いかけは欺瞞でしかない。その答えが私たちには実はわかっているからである。しかし、それが実行できないから、こうしてくすぶっている。私たちはわかっている。だけれど、それを素直に認められない。世代間の断絶、だなんて言葉はあまりも他人事過ぎる。もしくは、そのような他人事に飼いならされてきた。他人事のように語ることを強要されすぎてきた。本当のことは誰もが知っている。言語化もできる。しかし、それを書くのはあまりも大人げないし、あからさま過ぎるからと、誰もが回避してきた。それを敢えて口にする人間は、空気が読めないとして、コミュニティーから排除された。

しかしながら、星の数ほどある物語が、全て、ある種の告白だとして、それらは結局、何を成し遂げたのかね。

なんのために小説を書くのかね。
そういう問い掛けはここ最近では夏目漱石の時代に活発であった。小説は虚業である。何も生み出しはしない。夏目くん、芥川くん、鴎外くん、太宰くん、志賀くん、その件はどう考えるのかね。結論は未だに出てないと思う。しかし、とにかく進むしかない。考えて考えて考えるしかない。物語がそこにあるのなら、それを描くしかない。それが何度目かの再放送であっても。男の手のひらが宙を舞っている。それを目で追っている。5体満足。それが、なによりも感謝じゃないかね。親にさ、感謝しても、感謝しても、追いつかないくらいの有難いことなんじゃないかな。そういう、セリフ。それが何度目か再放送なのか、私にはわからない。しかし、泣いてしまう。その通りだと思ってしまう。それだけでいいんだとも思ってしまう。情動に圧倒されて、思考がそこで停止してしまう。

だから、ひきこもりたい。もう何もしたくない。

外を歩くと、『システム』が見えてくる。その『システム』は、いまや、その悪人面を隠そうともしないらしい。敵。それは天敵でもある。私たちを捕食し、なんの罪悪感もなく、消化してしまう。そしてすぐに腹をすかし、次の食料を熱望する。それは際限なく、加速度的に、要求量を増やしていくのである。焼畑農業の通った跡地は焼け野原ではなく、圧倒的な虚無だ。その虚無が明日の私たちにほかならぬ。完全敗北。そんなシステムに勝つために私たちがしたこととは、なんと私たちがシステムになるということだったのである。しかも、現状のシステム以上にシステム的なシステムになることを旧システムに宣言することで『キー』を渡されるのである。

そこにあるもの、そのレイアウトとは何か。

彼女は飢えていた。彼女は全てを持っていた。しかし、彼女は他の誰よりも飢えているのだった。欲しいものは全て、すぐに手に入った。しかし、同時に、全くもって何も手に入れらなかったのである。

飢えている。
飢えている。
もう、誰にも食われたくない。
もう、誰にも食われたくない。
かといって、誰も食いたくない。
システムになんて絶対になりたくない。

私は彼女のことを暇さえあれば考えている。食べても食べても、飲んでも飲んでも、全然渇きが癒せない彼女の苦悩。それは勿論、贅沢な苦悩だ。でも、強引だけど、圧倒的な飢餓感という意味では彼女も私と同じ不幸を懐中している。私は全く食べられない、飲めないという苦悩。彼女は食べても飲んでも満足できないという苦悩。彼女は上手に絵を描く。漫画もまた上手だ。それであっても、全然なんにも描けていないと悩み、胃に穴を開けそうになる。私はその話を聞いて胃に穴が開く。贅沢な奴だと思う反面、そのような地獄もまたあるのだろうなと思うからである。数学者が数学に悩む。無理数の混沌に魂を奪われ、食欲がなくなり、ついには命を落としてしまう。数学がわからなくなった。と日記の最後のページには書いてある。数学音痴の私はそれを聞いて、もったいないと思う。と同時に、そのような地獄がこの数式の向こう側に開いているのだと感じ、背筋が凍る思いだ。何かの分野の最先端、その接続境界をいつも想像する。私は想像しか出来ないが、彼女の横顔を見ているとその片鱗を感じることが出来る。

宇宙の真ん中。全方位が暗黒。そして、真空。
この防護服が破れれば、コンマ1秒も待たずに絶命する。
破れなくても、残りの酸素が切れたとき、それは3時間後なのだが、あなたは絶命する。
そんな状況で、何を考えられる?
何をするべきなんだ?

彼女は私にそう問う。私は答えられない。そんな苦しい状況は想像したことがない。でも、今はまさにそういう状況なんだよ、と怒ったように言う。
何をするべきなのか。たぶん、その問いは引っくり返して考えなくてはいけない。『今、何をするべきではないのか』
それならわかる。それをひとつひとつ潰して行くしかない。

あと3時間。

その超緊迫状態の中で続いていく私の日常。

祈るような日常。罪と罰に追われる日常。何も満たされない日常。何も見えない日常。嘘だらけの日常。刃物を首筋に突きつけられる日常。服従を強要される日常。搾取される日常。奪われる日常。何も得られない日常。身も心も陵辱され続ける、私の日常。

あと、3時間。

まだ3時間もある、と言い切る覇気は私には無い。
私の残りの人生は、あまりにもあまりにも、短すぎる。
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自分の絵のポリゴン数は非常に少ない。 2008年12月06日 落書き トラックバック:0コメント:0

自分の絵のポリゴン数は非常に少ない。
(大事なことなのでタイトルと合わせて2回言いました)

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早寝早起き 2008年12月05日 落書き トラックバック:0コメント:0

睡眠時間は7時間を死守する方針。

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スーパー既出大戦 無限のファンタジア 2008年12月04日 漫画 トラックバック:0コメント:0

突然、『全面楚歌』という言葉が思い浮かんだ。
『四面楚歌』よりも『楚歌』度が高い感じ。
うきうきしながらネタ帳に書き込む。
一応、googleで検索して既出度をチェックする。
そしたら9万件もヒットしてしまったので今日はもう寝る。

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ルミネスが終わらない。 2008年12月03日 落書き トラックバック:0コメント:0

ルミネスが終わらないので絵が描けませんでした。
難易度が全然上がらない落ち物ゲームっていうのもなかなか困りもの。

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……こういう感じが挑戦っぽいのだろうか。

add

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軸として人がぶれている。 2008年12月02日 漫画 トラックバック:0コメント:0

って、自分のネタ帳に書いてあった。
……これでひとつ漫画が描けそうだ。(全然描けません)

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普通の日記 2008年12月01日 漫画 トラックバック:0コメント:0

最近は仕事する気が起きない。
仕事よりも漫画とか文章を書いていたほうが楽しいのである。
今日も仕事は6割しか進行しなかった。
だから、残りの4割は明日以降に持ち越しになる。
そういうのが積み重なっている。めっきり仕事が出来なくなってしまった。

帰宅し、風呂に入りながら漫画雑誌を読む。
風呂から上がって梅酒を飲む。
パソコンを立ち上げて、yahooニュースを見る。

あとは寝るだけである。
寝て起きたら、会社に行くのである。
明日の会社でも、たぶん、6割しか仕事が進まないんだろう。
憂鬱だ。どうにかしなければならない。
そのうち、会社にいられなくなってしまう。

例えば、漫画を描くとか。
でも、漫画は描けない。
どう描いても、なぜか漫画にならない。
もちろん、イラストにもならない。
自分の絵は絵になっていない。

描きたい漫画は、ある。
布団の中で、そう思う。
だけれど、それは、描こうとした途端に『するり』と抜け殻だけ残して消えてしまう。
不思議なものだ。

布団から這い出してきて、その抜け殻をスケッチしようとする。
悩みながら、貼り付ける。

寝よう。

私は私の人生を、真剣に、どうにかしないといけない。

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