カメラを意識すると動きが妙に硬くなるメイドさんは好きでも嫌いでもない。 2009年04月30日 落書き トラックバック:0コメント:0



背景は写真模写。
構図が難しすぎて歪みまくる。
メイドさんを含めて何回か描き直して、ここらへんで妥協することにしました。

こういう構図で動画が描けるアニメーターは本当に凄いなーと思いました。
(ある程度、ロトスコープだとしても、実写絵はそのままではアニメ的にならないですし……)

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作画ミスを『あなたの目の錯覚』と言い張る勇気。 2009年04月28日 漫画 トラックバック:0コメント:0

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拍手ありがとうございますー!
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『ベースが無いからギターで代用する』、その精神で漫画を描く。 2009年04月27日 漫画 トラックバック:0コメント:0

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ていうか、下書き線消すの忘れてた。
(ていうか、そもそもこんな汚い漫画絵に下書きなんて必要ないんじゃないかという自虐ネタに涙目)
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画質よりもフレームレートを優先し、フレームレートよりもおっぱいを優先したので、描画しきれないフレームは全部コピペでごまかさざるを得ないでござるの巻。 2009年04月26日 漫画 トラックバック:0コメント:0

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どんだけタイトル長いんだよでござるの巻。
(どんだけ増田こうすけ+漫画太郎大好きなんだよでござるの巻)
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おいしいポテチの食べ方まとめサイト 2009年04月25日 漫画 トラックバック:0コメント:0

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おいしいポテチの食べ方を発見したので書いてみます。

(1)じゃがいもを買ってきて、厚めに切り、塩をかけて電子レンジで温めます。
(2)それを食べますが、あんまりおいしくありません。
(3)我慢して食べます。
(4)食べ終わったら、お茶を飲み、そして、買ってきたポテチを食べます。
(5)すっごく美味しい……!

補足:必ず(1)→(5)の順番で行ってください。
もしも、(5)→(1)の順番で行ってしまった場合、生のじゃがいもが残ってしまいます。
(いやいや、こんな補足いらないだろ常識的に考えて……)



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巨人の肩の上に乗っても悩みは尽きない。 2009年04月24日 漫画 トラックバック:0コメント:0

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ねぇ羊男。ここはひどい世界だよ。
(なんで急に羊男)
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これからは初代ゼルダの伝説を頑張る。 2009年04月23日 漫画 トラックバック:0コメント:0

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最近、ファミコンミニの初代『ゼルダの伝説』を遊んでいるのですが、
これ、遊び方がわかってくると、かなり面白いです。
忠実に漫画化できたら楽しいだろうなと思います。
(なんだか絵柄的に無理があるような気もしないでもない)

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『このブログは貴方のためのブログです』 2009年04月22日 文芸(長文) トラックバック:0コメント:0

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『このブログは貴方のためのブログです』

その言葉は胡散臭い。

あなたは身構える。あなたは忙しく、C級の情報を消化していく暇などありはしない。
それでなくとも、世界には良質な情報で満ち溢れている。
無料かつ高画質で高クオリティーの映画やゲームのトレイラーは山ほど存在する。
動画、音楽、絵、文章、評論、とにかく、S級・A級の情報群があなたの閲覧を待ち構えている。

例えば、青空文庫。

そこには夏目漱石の文章が数百Kbyte分、存在している。
これに勝てる文章はネット上にどれだけ存在しているだろうか?

もちろん、『2ちゃんねる』と『クビキリサイクル』と『吾輩は猫である』を同軸上に並べること自体が如何なものかという議論は昔から存在している。
レイヤー2枚使ったくらいのさらっとした自作絵と、スタジオジブリの背景美術を並べられれば、誰もが「ちょ……おま……」と思うことは間違いなく、しかしながら、そこから開き直って玉石混同の石でもいいじゃないか、と自信なさげに呟いた時点から私達の創作は開始されている。

その前提条件をもってなお、『このブログは貴方のためのブログです』と宣言する。

貴方とは誰のことだろうかと、あなたは後ろを振り向くかもしれないが、
あいにく貴方とはこの文章を読んでいるあなた以外に他はいない。
それであれば、貴方達と表記するべきではないかとあなたは思うかもしれないが、
なにぶん、ここは過疎ブログなので、あなたしか見ていない可能性は否定できない。



少し話は変わるが、『リクエスト下さい。なんでも描きますよ』などと言い始めた人ほど、心がぽきっと折れやすい。

いやいや、プロなら黙って何でも描くもんだなどと言い始める人は居場所を完全に間違えている。
そもそも、過疎板の過疎スレに住み着く名無しに出来ることは非常に少ない。
私なんぞは絵や文章を書いていく内に、自分は「名無しさん」未満の未熟な人間なのだと痛感するに至り、思わず末尾を削って「名無しさ」を名乗りたくなる。

『このブログは貴方のためのブログです』

私はあなたの思慮深さを知っている。あなたの思惑もだいたい理解している。
だから、私はあなたが私に求めてることが想像できる。
私の嘘をあなたはしっかり見抜いているし、私の本当も知っている。
私がリクエストに応じられるくらいに器用じゃないことは、私以上にあなたは判っている。
この一連の文章すら、ある種の茶番でコスプレでしかないことは、言葉にするまでもなく、あなたは気付いている。

――ここは、絵描き創作板の最底辺に位置する、過疎スレの一つに付着したブログの成れの果て。

私に出来ることは非常に少なく、残された時間もそれほど多くは無い。
その限られた創作範囲の中で、なにが出来るのか。
それを考えることに価値が全くないとは断言できない。



今年の夏に残暑は無い。
しかしながら、今日は隣でメイドさんが添い寝しているためか、
妙にじめじめと生暖かい。特に、メイドさんがゆるゆると身体を動かして、
少しずつ私との接触面積を増やしている様子があり、私は気になって眠りに入れない。

「……ご主人さまが……悪いんです」

えっ?
何が?

いきなり小さく呟かれてビクっとしてしまう。
でも私は全力で無視。
たぬき寝入りを続行する。
ざわざわと布が擦れる音がして、メイドさんの手が私のへその辺りに伸びてくる。
ちょ……、と思うが、無視続行。

メイドさんは私を背後から抱き締めているような形。
そして、私の首元に顎をあずけ、私の耳元には唇があるのだろう、時々息を飲み込むような小さな音が聴こえる。
メイドさんの手は私のパジャマの皺をなぞりながら、片方は胸元へ、もう片方は下腹部へと歩んでいく。
私は正直、怖い、と思った。
もともと、メイドさんは変態だった。
メイドさんの普段は真面目過ぎており、その反動かどうか、メイドさんは非常に変態だった。

ちょっと昔の話になるが、メイドさんは私の持ち物に執着したことがある。
初め、メイドさんは私の下着を身に付けることを欲望した。私は別に構わないから
いいよと許可した。メイドさんはとても喜び、それから今までずっと私と下着を
共有し続けている。まあ、お互いお金が無いからいいか、と思ったが、本来そういう
問題ではない。なにせ、メイドさんが私の下着で変な事をしているのは明らかだ。
私は何度もその現場に遭遇したことがある。その度に、メイドさんは「……じゃあ、
……させてください」と半泣きで懇願するが、何をされるのか正直想像もつかない私は、
「だめ」、というより他無い。誰だって未知の事は怖い。しょうがない。



多忙が私を殺していく。最近の私はせん妄状態に近い。
茶絵は年齢にそぐわないくらいに落ち着いているよねと人からは言われるけれど、落ち着いているというよりかうつ状態なんだと本人としては思っている。

だから、思考はクリアだ。

新聞もテレビもここ数年全く見ていない。
携帯は持っているけれど、着信専用機械になっている。
必要な情報は欲しなくても入ってくる。最近はそう実感する。
だから、私は安心して全部のポートを閉じることにしている。
完全な自閉状態。それでも無理矢理ねじこまれるようにして、情報は入ってくるものなのだ。
苛立たしい。実際、私は苛立たしくてしょうがない。

司法は正義の味方ではない。ただの計算装置だ。警察はどうか。ただの調査官である。
政治はただの電圧テスター。そういう事実は口にすると不利益になる。それに新しい
発見でもなんでもない。基礎教養として私達の中にあればいい。仕事と仕事の間、
息をつく暇も無い、ただ食べて寝るだけの僅かな時間に私は思考する。『思考』だけが
私の幸せだと断言しても間違いではない。仕事の愚痴は尽きることが無い。

何のために生きているのか。生きる意味とは何か。
生きる意味とは生きる日々だ。北の詩人はそう言った。勿論。しかし、難しい。
その実感は難しい。私の脳内に流れる言葉ですら、この現実を正確にサンプリング
出来ていない。解像度が荒い。私の思考の解像度はこの超精細な現実に対して、
あまりにも荒すぎる。その認識は耐え難い。絶望という言葉がぴったりあてはまる。



犯罪はいつも『そんな感じ』で発生する。私はそう思う。
真相解明は勿論のこと、深層心理的な、社会学的な、世代的な分析は近からず遠からず、
『そんな感じ』そのものを描けるわけではない。陰惨な事件現場に立って感じるのは
いつもそういう『匂い』である。それがまた新聞やテレビを介すると、半音どころか
全音ずれる。いつの間にか変な曲になっていき、自動演奏ソフトみたいに、事件全体が
何かの凡庸な音楽となって演じられ、消化されていく。
ただただ現場は取り残され、私達は唖然とする。多分、犯人も。

実はその驚きすら、今はもうない。いつものことだからである。
この世界の実相の滑らかな波形を、マスコミは荒い解像度でサンプリングする。
そのデータはさらにmpeg圧縮される。圧縮の際に、聴き易い音像へと味付けされる。
テレビ、新聞、あるいはワイヤードに発信される。誤解される。

私はその一連の過程を咎めるつもりは全くない。
その工程によって、日本の歴史全体が捏造され、また不幸な教育がなされていると
いう実情をも黙認するつもりだ。いまや、日本全体がうつ状態になっている現状、
そのような言説は色々な意味の頭痛を伴って図書館の隅っこに追いやられるに
違いない。それに、決して新しい発見でもなさそうだ。

――アンゴラ刑事の兎っぽい後姿を見眺めながら、私はそう思う。



奇跡は起きず、いつもながらの間の抜けた時間だけがやってくる。
その記憶だけが脳内スクリーンに拡大再生される。私の脳内マスコミも大した
レベルじゃない。報道の内容よりも、そのフォーマットだけを固持しようとする。
テレビ言語、テレビtoneを堅持しようとする。歌詞が違うだけの、同じメロディーの
歌。それが私達のマスコミの仕事だった。非難も批評も意味が無い。彼らもまた
サラリーマンに過ぎぬ。収入の多寡は問題にならない。本当に価値あるものがお金で
買えない以上、収入の多簿に価値の多簿が線形的に反映されると信じるのはなかなか
難しいことではないだろうか。

コンビニに行った。普通のカップラーメンが160円だった。びっくりした。
世の中は変わってきている。私は思い悩んだ。こういうのは非常に困るのである。
『奇麗事ばかりじゃ生きていけねー』と須田剛一はWiiを舞台に言った。
その精神に従がって私もいうならば、世の中はもっと景気が良くないと困る。
景気が良くて、みんながどんどんお金を使ってもらわないと困る。みんなが
どんどんお金を使うと、あんまりお金を使わない私が影に隠れることになり、
「いいよ、そんなの。好きなだけ持っていきな」という男前現象が発生する。
わーい、とパンの耳を袋いっぱい頂いて帰宅して、コーヒーを入れたりする。
ただのドケチじゃねーか、という方には熟慮をお願いしたい。
そして、そんな方には規範として、もっとお金を使ってもらいたい。
私はそれを見て素直に賞賛したい。拍手も惜しまない。一級品のワインと料理で
ファンタジックな夜を過ごして欲しい。
私はそんな夜とは『ねじれの位置』に存在する。
多分、『綺麗事じゃないこと』とはこういうことなんだろうと私は思う。



徹夜明けの電車の中、通勤通学の人間達とは逆方向へと私は向かう。
疲労と焦りと絶望で、頭の中は飽和しきっていた。ひどい頭痛が更に私を追い詰めた。
これから新しい朝を迎える多くの人たちは逆に、私は震えながら寝床につく。
脳を走る血管の位置がわかるような気がした。ストレスを多分に含んだ血液が
脈動しているように思えた。あれ、私は死ぬのかな。そう思った。

そんな身体とは別に、脳内スクリーンにはゼルダの伝説のプレイ動画が流れていた。
それはNDS版のゼルダだった。妙に低い解像度で、低い彩度で再生されていた。
私達の作っているゲームはこのゼルダを手本にしていた。技術力もセンスも才能も
無い私達にとって、ゲーム制作とは何かのゲームのデッドコピーを意味していた。
所詮、コピーはコピーに過ぎない。そんなものに商品価値は無い。
しかし、そういう尊い志は実際の現場においては、0.1秒も待たずに揮発する。
偽クリエイター。偽作家。市場から排除されるべき、贋作スタジオ。それが私達だ。
それを自覚しながら、今日も死にそうになって偽物を作り続ける。切れない刃物を
磨き続ける。ばかばかしい。

いったい、なんのために?

「やめてよかったね」
七瀬は言った。思わず、私は表情の無い顔になってしまう。七瀬も同じく表情が無い。
本当に、辞めてよかったのか。あれほど、恋焦がれたゲーム作りを辞めてよかったのか。
子供の頃から憧れていたゲーム屋に、特に試練も無く、私はなった。
ゲーム屋になりたいという思いだけが先行し、創りたいゲームというのは私の中には
存在しなかった。納期ばかりがやってきて、私は言うのだった。
「ゼルダみたいなゲームです」



――『凄く綺麗な花が咲いてたから、切って持って来ました』は禁止。

はさみを持って表へ向かったメイドさんに私はそう言った。メイドさんは無視。
本当は花ではなく、何か別の用事があるのかもしれなかった。それに、メイドさんは
もともと、花とか動物に可愛いとか綺麗だとか、そういうベタな事を言う性格じゃ
なかった。余計なことを言ったかなあ、と少し反省した。
しかし、実際、『花が好き。だから、切って飾ろう』という一見矛盾した奇妙な行動は、
人間の性質として多く見られる。不景気だからお金が大切なのに、『内需が冷え込んで
いるので、みんなどんどんお金を使いなさい』と偉い人が言う。『他人への思いやり』
と言いながら、『自己責任』と言い放つ。『とにかく何でも素早く報告しろ』と
言いながらも、『自分の頭で考えろ』と突き放す。違う違う、お前は極端だ、いいか、
『中庸』ってのが大事なんだ、と私の中のおっさんがしたり顔で言う。その言葉で
全てがふにゃらける。ぼんやりする。中庸。ど真ん中。処世術。ばかばかしい。

メイドさんが持ってきたのは2メートルくらいの麻縄だった。そういえば、物置に
麻縄の一塊を置いていたことを思い出した。もう冬支度でもするんだろうか。

「私、綺麗な花を見つけたら、きっと、こうすると思います」
メイドさんが麻縄の両端を持って私に微笑みかける。私もつられて微笑んでしまう。
そして、ざわざわ、と私の身体に縄を回していく。メイドさんも全然中庸が無い。



結局、そうせざるを得なかったのだ。それが私達の限界であった。おそらくは。

――私達を包み込んでいたシェリムの大結界は解除されつつある。当の本人は
「別にいいんじゃね? 窓は開けるためにあるわけだし」と再構築するつもりも無い。
とはいえ、ぬるま湯生活を長く続けてきた私達に、いきなり弱肉強食の渦中で生き残れ
る気は全くしない。今更、攻性線形魔法を磨くという気にもなれない。
外の世界は混乱と破壊と暴力で沸騰しきっている。少しは落ち着いたらどうだろう、
と私は思うが、どつかれたらどつきかえすというのが、実際的な私達の性質である。
ドストエフスキーを読んでも窃盗をしてしまうのが人間であり、シェークスピアを
読んでも嘘をつきまくるのが人間であり、闇金ウシジマくんを読んでも借金して
しまうのが人間である。私だって、口だけは平和主義だけれど、何かスイッチが
入れば、むしろ喜んで暴力的に振舞うこともあるだろうと、想像できる。
そもそも、小心者ほど非人道的なことを真面目に行う傾向があることは、歴史を
紐解かずとも広く知られていることである。現実的な暴力を前に、高尚な思想は
役に立たない。役に立つと信じるというのは物語になる。その物語を信じたいという
気持ちもよくわかる。それを信じることが、本当の平和に繋がるということも。
だけれど、それが出来ず、とにかく、今の苦しみを排除するために、思考を停止
させてしまうのが、また、人間ではあるまいか。少なくとも、歴史はその可能性を
提示する。そのために発生する不幸を、新しい苦しみを、その連鎖を、私達は
忘れない。忘れないのに、繰り返す。

デジタルが物凄く好きだった時代。全てをデジタルに置き換えて暮らしていた時代。
その反動で、デジタルが凄く嫌いになった時代。デジタル音が頭痛の元だった時代。
そして、今度はアナログとデジタルを上手く組み合わせていく時代。
私は自分の魔法コードを一から作り直そうと思う。
その程度の時間は、まだ私達にはあるだろうと思っている。



私がどんなに苦しみもがいても、あなたの『退屈』の範疇から脱出できないことは自覚している。
私の文章の一つ一つがあなたにとっては『ベタ』で『焼き直し』で『退屈』と形容するより他無い。
たとえ、どんなに大きな音を鳴らしても、泣き喚いて騒ぎ立てても、あなたは私をぼんやりと眺め、通り過ぎる。
私は既に語り部として信用を失っている。私の言葉は世俗に汚れ、過度に圧縮された動画のように、ブロックノイズに塗りつぶされ尽くされている。


――今日もまた戦線が後退している。
戦果の絶好調を謳う電報が大本営に数多く到着するものの、戦略地図には苦しげな赤ペンがのた打ち回る。
その赤い数字は人間の血そのものだ。しかし、ここにいる男達の感覚は既に麻痺していて悲愴感は無い。
ほんの少しの反省も無く、自分の未熟を省みることも無い。戦い続ければ、いずれは勝てる。諦めるという選択肢は無い。
かつては自分の庭のようだった海域も、今となってはその潮風に吹かれることすら不可能になった。
日々、攻め込まれ、血を流し、撤退し、明日が見えないまま、疲れにまみれて眠りにつく。
大本営もまた、焦燥に駆られ、一人一人がなんらかの精神的疾患に侵されながらも酒を飲んで眠りにつく。
街の色は気持悪いくらいのオレンジ。小さな子供は大人たちの異様さに疲れ果て、夢を見ることすら忘れてしまう。
――誰の目にも敗北は明らかだった。しかし、敗北を認めたからといって、この苦しい生活が終わるわけでもない。
枯れた井戸。朝から晩まで酒を飲んでいる保安官。勇ましい大本営発表から滲み出る疲労感。言葉を失った子供達。

若者達は地下に潜る。
――この国は腐ってる。俺はもう出て行く。
ウエキは精悍な顔を大きく歪めながら言った。
――上の連中はバカばかりだ。



今思えば、彼女は昔から気が狂っていた。

しかし、狂気と正気の境が不明瞭である以上、僕はそれを口には出せない。
正気と狂気の境は白と黒のグラディーションの中にある。数値化できないくらい、微妙な明度の違い。
そして、多分、正気と狂気は環状構造になっており、正気過ぎるというのは狂気そのものなのだろう。
白と黒の縞模様。それも、白と黒はスムーズに接続され、事実、境目は定義しがたい。
視線を離すと、白黒の縞模様は電波の悪いテレビ画面の拡大図みたいに見え、やがて、色彩を帯び、
僕はそれが過度にJPG圧縮された彼女の写真であったことに気付く。

そのJPG画像が不意にMP4動画に変わり、そして、現実に変わる。

「なにボケーっとしてんの」

彼女は笑う。
新浜第一中学校から徒歩10分くらいの新浜南駅近くの田舎道。
田んぼと田んぼの真ん中に変電所が立てられていて、その入り口には大きな『手』のポスターが
貼ってある。その『手』には『大電流危険。立入禁止』と書かれている。その横に彼女が背もたれて、
胸元にカバンを抱き締めながら、僕を観察している。彼女の目はいつも鋭く、可愛らしくは無いが、妙に媚惑的だ。

――その彼女のカバンの中に、血まみれの包丁が入っている。
それを知っているのは僕と彼女と彼女に刺された田中だけだ。

非現実と現実の境目。
それもまた不明瞭であり、実際、僕達はその不明瞭の中に生きている。
変電所の大きな『手』。立入禁止。その『手』の向こうもまた現実に他ならない。

遠くからサイレンが聞こえる。田中を乗せた救急車が動き始めたに違いなかった。




――コロニー落とし。

彼女は比喩として、よくその言葉を使う。正直、僕には意味がわからない。
想像してみたらいい、彼女は言う。天高く、巨大な建造物が青い火に包まれながら、地上に落ちてくる。
その落下速度はゆっくりに見える。あまりにも大きく、あまりにも遠いから。耳を聾せんほどの轟音が地に満ちる。
私達は目を見張る。もはや、その光景を見続けるしかない。もしも、量子力学を真摯に捉えるならば、私達もまた量子力学的でなければならない。すなわち、祈りは届かず、起こりうることは起こりうる。私達はただのエネルギーの偏移に過ぎず、エネルギーは情報の揺らぎに過ぎぬ。均一な情報の片隅にズレが生じたために、そこからズレの連鎖が発生し、同時にズレを安定させようとする作用が発生する。ズレは自分を保とうとする。自分を拡張し、増殖させ、進化させ、自分こそがこの世界を支配すると宣言する。層流が剥離して乱流へと雪崩込むように、ルールは狂い、複雑系がその真赤な口を大きく開ける。渦巻き。トルネド構造。コロニー落下の瞬間。空間と共に時間軸が大きく歪み、莫大なエネルギーが同心円状に、しかし、曲がった鉄砲玉のやうに飛び爆ぜる。一瞬遅れて音が私達に到着するが、私達は既にそこにはいない。私達を構成する情報ビットは認識閾値を遥かに超えた振幅と振動数に飲み込まれ、破壊の痕跡すら残らない。

⊿Tが更に微分される。微分され、微分される。
失われた情報ビットが鎮魂歌と共に今、あなたの目の前に集合しつつある。
変電所。大きな『手』。血だらけの包丁。ソリッドなギターサウンド。細かくカッティングされたブレイクビート。
彼女――七瀬の目に怯えがないわけではない。僕は確信も無くそう思う。
彼女の遥か後ろ、変電所を構成する鋼鉄のその向こうに、今、ゆっくりとコロニーが落ちてくる。
彼女は振り返らず、僕――観測者を息を殺して観測する。世界の彩度が一気に上がる。世界全体の振動数が一気に上がったのだ。

決して、比喩ではない。





――世界を包み込むような大きな『手』。
それが僕達を殺しにやってくる。割れて割れまくったフェンダーギター。それはずっと昔から解っていた。
僕達がここにこうしているという事自体が、既にその結末を呼び寄せている。始まりが終わりを既定している。
世界が半音上がる。知ろうと思えばいつでも知ることが出来た。それが真実だと信じたくなかっただけに違いない。

――手死ね。

その言葉は自分自身をも刺し殺す両刃の剣だ。加速の付いた世界は一気に終わりへと驀進する。
僕達がもがけばもがくほど、世界の寿命は無惨に消費されていく。見も蓋もない言い方をすれば、スレッドが終わる。
たかがスレッド。その言葉は最も危険な、致命的な呪いのトリガーになる。なぜなら、スレッドと僕達の人生は
その時間の有限性で共通している。スレッドの死は僕達の人生の死と何一つ変わらない。
今更、ミクロとマクロは違うとか、世界はそれほどフラクタルではないと本気で考えられるほど、僕達は楽観的ではない。

僕達は同じ間違いを何度でも犯しうる。
七瀬の微分。七瀬の微分の微分。名無しの微分。名無しの微分の微分。
すなわち計算式と、計算式の傾きと、その傾きの傾き。
その差異は自然対数e、虚数i。だからどうした。予定通りの展開に僕達は驚きと呆れを隠せない。
この物語に対抗することはできないのか。

七瀬が光に包まれる。超天文学的エネルギーを背景にした神々しい少女に僕は見とれる。

――気だるいジャズピアノ。
半端に跳ねるクラリネット。
世界はさらに半音上がり、そして、静かに、元のコードへと回帰する。



ファミコンミニの『ゼルダの伝説』を借りる。
貸してくれた元ゲーム作家の友達は、「これを超えるゲームには未だ出会ってない」と言うのだが、
あまり鵜呑みにはしていない。こいつは「ゼルダの伝説、ゼビウス、怒首領蜂」の3本があれば、
もう他のゲームは必要ないと公言して煙たがられている人間であり、とにかく偏りのある性格をしている。
こいつにとって、特に『ゼルダの伝説』は神のようなものであり、語りだすと永遠と止まらない。

私は『ゼルダの伝説』は未体験である。SFCのゼルダ、64のゼルダ、GCのゼルダ、NDSのゼルダ、
GBのゼルダ(夢見る島)は遊んだ。その中では64のゼルダが一番好きだ。あの朝焼け、夕焼けが好きだ。

――そんなあんたには、ぜひとも遊んでもらいたい。多分、あんたの『一番』が塗り替えられるはずだから。
私はあんたの感性を信じる。ああ、私はあんたが羨ましいよ。あの衝撃的な体験がこれから味わえるんだから。

勝手に感性を信じられても困る。
でも、そこまで言われるとちょっと楽しみになる。NDSのSLOT-2にゼルダをセットする。
そして、コーヒーを入れてから、電源を入れる。



全く予備知識の無い私はリンクとなって砂浜にいる。事実、放り投げられた形でそこにいる。
チュートリアルも何もない。ストーリーすら存在しない。不安。そうだ、ファミコンのゲームはこうだった。
この段階で、私は正直、ネガティブな感想を持ってしまう。
『今の時代に遊ぶにはチープ過ぎる。なんかお腹いっぱい』。しかし、すぐにこうも思う。
『なぜ、私は昔のような新鮮な気持ちでファミコンが出来ないのか。なんか腹立たしい』。
――時代は変わってしまった。今日的なハリウッド映画を見た後では、昔の無声映画がひどく退屈に見える。
自動車も、昔よりも今の車のほうが快適で優れているに違いない。今を知ってしまった以上、過去はやはり過去だ。

であれば。
私は考える。その事実から目を逸らさず、自分を偽らずに遊ぶには、どうすればよいのか。
答えは簡単だ。このゲーム世界に、全力で感情移入すればいい。


■■


私は再び砂浜に立つ。なにやら私にはゼルダ姫を助けるとか、トライフォースを集めるとか、目的があるらしい。
しかし、そんなものはとりあえず無視する。ゲーム進行のフローチャートに沿うつもりは全く無い。
ここに世界があり、その世界が完全な箱庭であるならば、まず私は私であり続けることを最優先とするべきだ。
そのために、私は私に条件を課す。まず、絶対に死なないこと。死んだらもうゲームを返す。返せば、私は今後永久にゼルダをしないだろう。だから、全力で生きよう。たぶん、無理をしなければいい。何事も無理はいけない。
ストーリーを追うつもりは無い。私の足跡そのものがストーリーになる。必死に生きようとすれば、いつの間にか、世界を知ることになるだろう。世界を救うことにもなるかもしれない。

私はとりあえず、世界を端から端まで見てみたい。世界地図から見ると、ちょうど真ん中らへんにいるので、西へ向かおうと考える。私はてくてくと歩き始める。

――あ。剣忘れてますよ。

メイドさんが言う。何?剣だと?

――上の洞窟に入ると剣がもらえるんですよ。タダで。

私は頭を抱える。とりあえず、ここでセーブして、NDSを閉じる。
なんだか、前途多難な気がしてしょうがない……



無垢のフィールド。
それは真っ暗闇に浮かぶ白い1m角平面の『発光体』と可視化される。
そこへ、どこから来たのか、小さな虫たちが表面に住み着き、思い思いに石を重ねていく。
正確に言えばそれは石ではなく、無形のデータである。データは青い石の姿に
可視化され、フィールドに表示される。虫たちの居場所には偏差が見られる。
その偏差は石の積み重ね量の数量にも反映される。面白いのは、ある程度加速が
つくと、その偏りもまた加速することである。かくして、石の高さにはある程度の
乱数性と奇妙な規則性の二つが両立し、その姿はまるで鍾乳洞の天井のようでもある。

このフィールドには一つのルールがあり、ある高さ水準に達した石塔は撤去される。
このことについて虫たちがどう感じているのか、私には興味深い。
虫たちが石を重ねるという行為に興じるからには、そこには快がある。
高くなった石塔、すなわち人気のある石塔に石を重ねることにも快があるらしい。
しかし、それが過ぎると無に帰す。石塔の撤去は突如にして徹底的であり、なんの
痕跡も残らない。だけれど、虫たちは再び石を重ね始める。懲りずに。飽きもせず。
このことについて、新浜大学の生物学者は次のような見解を述べている。

「ひとつは、虫たちにとって、石を載せるという快は副次的なものに過ぎないと言う
仮説です。石を載せることよりも、石を作り出すことに快があるのでないでしょうか。
それでは、そもそも石とはなんなのか。それに対する答えは単純で、石というのは、
例えば細菌が何かを発酵させたあとのその発酵物と同じものだと我々は考えています」



長い間、漫画を描き続けてきましたが、どうにも、目的と手段を差違えてしまっているような気がしてなりません。
より良い漫画を描くために、毎日漫画を描き続けてきたつもりが、いつの間にか、毎日漫画を描くという事自体が目的になり、漫画の品質というものが、著しく悪化してきていると思います。
そう気付いた瞬間から、私の歩いている道が二つに分かれ始めました。一つは、今までと同じ方向を向いた道、もう一つは、今までとは違う、見たことも無い道です。

私はペンタブレットのケーブルをパソコンから弾き外し、ゆっくりと考え始めます。
少なくとも、このまま、今の品質の漫画を描き続けることに、メリットは無い様に思います。なぜならば、私の実感として、今の私の漫画は良い漫画ではないからです。
毎日描き続け、ワイヤードの片隅に貼り付ける、その行為自体の快楽に溺れ、一番の目的であった、漫画の練習、漫画の研究からは遠く離れてしまっています。

私の本来の、最終的な目標とは、良い漫画を描くことです。
それは生涯変わりがありません。その目標に対して、果たして、このような、描画コストの軽減技術だけの向上に終始する、そんな漫画が何の意味があるのでしょうか。
もちろん、漫画技術の中には量産性という項目があるには違いありませんが、しかし、良くない漫画を大量に生産することに人生を費やす価値があるとは思えません。

漫画は物語を表現する手段の一つです。物語という大きな存在に対し、それをどのように切り取って他者に提示するのかという手段として、話、小説、映画、漫画、音楽、絵、俳句、短歌、詩、数式、踊り、行為……があると考えます。
その手段自体にフェチが宿ることは重々承知しています。
例えば、私は漫画の表現、その構成や時間感覚、ペン線の個性に魅せられており、ともすれば、物語が不在であっても、漫画として成立することを知っています。
しかし、私の考える良い漫画においては、物語の良さに重点がおかれ、漫画技術の多薄は全く関係がありません。
ですから、私の今までの漫画の練習は私自身の信条に反した、私自身に対する裏切り行為であったと考えます。もちろん、無意味だったわけではなく、こうした道の分岐点に立ち、舵を大きく切ることが出来たという点で、何物にも代えがたい意義深いものであったのだと思います。

こうした考えの後、では、私の中に物語はあるのかと自問すれば、私の中に物語は微塵も無いというのが本心の回答になります。物語が無いものですから、人様の物語の再生産をしたり、トレースをしたり、批評をするだけに終始してしまったというのが現状です。もしくは、物語が無いということを嘆くという物語の生産です。
ここまで来ると、もはや私には漫画がかけません。線を一本引いた時点で、そこからは物語不在の、まるで亡霊のような世界が浮かび上がります。その世界にはほんの少しの空気も無く、私の想像力は3秒と持たず、窒息します。
今まで、こうした経験がありませんでした。私は外の世界から物語を拝借することに、何の疑問もありませんでした。私の周りの人が、あまりにも物語に満ちていたせいもあるかもしれません。借り物の物語が自分の中で自律的に動くことはありませんが、それでも、イメージの種は尽きませんでした。しかし、今、私の中で、私の線としてイメージされるような物語は何一つありません。
デジカメで世界を撮り、それを模写することはできます。ポーズマニアックスで人体を模写することはできます。しかし、それはもはや私の中での本来の漫画ではありません。



大いなる物語への回帰、と書くと、東浩紀さんのおっしゃるような同時代的創作論の一部分のように見えますが、私はその意味で書いているのではありません。しかし、物語というものがあまりにもデータベース化されたが故に、もはやその意味を損失してしまい、故に、漫画は物語を必要としないという点において、関連が無いわけではありません。
――多少、言葉が先走りし、横滑りしました。もっと、ゆっくり考えましょう。
私は漫画を描こうとしています。演出論、マーケッティングの前に、まず大事なのは、『物語』だと私は考えます。これは、漫画を描くという行為=市場経済的な商品制作という初期条件の無い段階での話になります。私達はあまりにも、商業的になり過ぎていて、もちろんそれらを否定するわけではありませんが、お金のことばかり考えるのも夢が無さ過ぎると思います。
まず、私達の中に『物語』があります。その『物語』をどうしても描きたいと思います。その『物語』を上手く表現できれば、とても面白くなると考えます。
おそらく、その『物語』さえ、しっかりと存在していれば、あとはもうそれを磨けばいいというだけになると考えます。これは理想論に過ぎないかもしれません。
しかし、あながち論理的に穴だらけというわけでもないと思います。

これから、『漫画の練習』の、根本的なところに立ち返って、考えていきたいと思います。その考える手段が漫画であれば、それはそれでいいのでしょうが、私の漫画の線がその思考のノイズになるという気がしてなりませんので、このような体裁に致します。



物語を微分していくと、最終的には『トーン』に集約されるような気がしています。
『トーン』とは『文体』『カメラ』『描線』と同じものだと思います。物語という文字が、『物』と『語』の二文字で出来ていることからしても、語るべき『物』、そして、『語り』によって物語は構成されています。
文体に関して言えば、ブログにはブログらしい文体があり、小説には小説らしい文体があり、2ちゃんねるには2ちゃんねるらしい文体があります。良い悪いではなく、各々の特性が、その場の特性に適応した形で存在しています。
――人それぞれにもその人固有の『トーン』があると思います。その『トーン』がそのまま表に出てくるわけではありませんが、思考パターンやアウトプットの精度などにその『トーン』が垣間見えるのではないかと思います。
私の『トーン』は今のこの文章のような冗長でのろのろとした体裁です。この特性のために、損していることも多々あると思いますが、こればかりは直しようがありません。



――急に雨が降り始めた。
遠くの雨は遅く、近くの雨は速く落ちる。太陽は姿を隠し、世界が薄暗くなった。
病院での静かな生活。ワイヤードのない生活。
清潔なシーツ。微かに聞こえる空調の音。
光源を失い、色のコントラストを失った部屋はまるで忘れ去られた誰かの心象風景みたいだ。

マイクロソフト製OSは偉大な創造物の一つだ。1995年に発売されたWINDOWS95によって私達はワイヤードという名の行楽地に脚を踏み入れた。そこには何でもあり、何をしても自由であると謳われた。アメリカ西海岸に住むオープンソース主義者の一人は、なあ、日本語でFREEってなんて言うんだ、と私にチャットで尋ねた。JIYUU。自由。JIYUUか、そりゃいい語感だ。welcom to jiyuu!
もちろん、自由などどこにも無かった。それは初めから、誰もが知っていた。プロバイダに接続し、初めにYAHOOに繋いで、いくつかの検索キーワードを入れた瞬間から、私達は加速度的に落胆し始める。
料理レシピの本を買ったからといって、私達に本当の意味での料理ができるわけじゃない。
ワイヤードに繋がったからといって、私達が本当の自由を手にできるわけじゃない。

あれから13年も経過した。焼畑農業は終わりを迎えようとしていた。村長が村民に対し、宣言した。下層の村民から順番に燃やして肥料にしていきます。もはや焼畑するべき草はどこにも生えていなかった。故に、草ではなく、人を燃やす。ネットイナゴ。炎上するBLOG。全てのワイヤードアクセスログが政府が委託するネット監視会社によって記録されていく。記録するからには閲覧し、分析する。情報と人間を紐付けする。

ばかばかしい。私はワイヤードから離れる。ワイヤードほど匿名性のない世界はない。
アマゾンでの購入履歴、検索履歴。GOOGLEでの検索履歴。2ちゃんねるでの書き込みログ、閲覧履歴。全てが洗い出され、あなたの想像以上に緻密な解像度で等身大のあなたがデータ化されていく。
逆にいまや、リアル世界ほど匿名性の高い世界は無い。

雨の音が空調暗騒音に勝る。私は静かに目を閉じる。
造花の花が美しいか否か。そのどちらの回答に対するリアクションも想像できる。
とりあえず確かなことは、造花の花もまた枯れるという事実である。



――時は幕末。
足利の遠い子孫に足利利光という武士あり。
利光はミネとの間に3姉妹を授かり、今の長野県に暮らしていた。
武士の娘はやはり武士であった。
特に3女のミサキはやんちゃで剣が立ち、男勝りの性格もあって、国一番の侍だった。



……妄想の垂れ流しはここらへんで止める事にします。
(ここまで電波ゆんゆんだと人間として本当に大丈夫なのか、逆に心配しちゃうレベル)




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今の時代、天然の中二病は希少価値だと思いますので、 2009年04月20日 漫画 トラックバック:0コメント:0

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今の時代、天然の中二病は希少価値だと思いますので、
是非とも保護してください。
(保護じゃなくて隔離される可能性も否定できない)



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『誰が上手いこと言えって言った?』
略して
『誰うま』

【発展形】
『かゆ    うま』
略して
『かゆうま』

(そんなことばっかり書いてると、本当に隔離されちゃう可能性も否定できない。バイオハザード的な意味で)


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ヤンデレ娘2人に挟まれるのは、もはや死亡フラグ以外の何物でもない。 2009年04月19日 漫画 トラックバック:0コメント:0

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そんな緊張感溢れる漫画を描くこと自体が死亡フラグな気もしないでもない。
(色んな意味で)
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【激しい妄想シリーズ】からし色さんのアシスタントをしてみた。 2009年04月18日 漫画 トラックバック:0コメント:2

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か:「じゃ、ここからここまでのコマの背景描いて下さい。42人編成のクラスなので、机の密度もちゃんと考慮して」
私:「……あ、あのう。コミスタの3Dパース補助機能使ってもよろしいでしょうか……?」
か:「だめです。こういう緻密な背景こそ、アナログのブレが味になるんです」
私:「は、はい……」

ただの妄想なのに胃に穴が開きそうです。



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このブログの本編漫画。
2ヶ月経っても、未だ仮題。
(というか、未だに予告編状態なのは異常)
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1コマ漫画8連作は8コマ漫画と等しい。 2009年04月17日 漫画 トラックバック:0コメント:0

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いやいや、そんなこと実証しなくてもみんな知ってるから!
(みたいなネタをセリフ無しでどう表現するか、という問題は非常に難易度が高い)
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フレームレートより画質が重要なんじゃないかと最近思い始めた。 2009年04月16日 漫画 トラックバック:0コメント:0

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思っただけで、実行は出来ない。
(単純に、実力的に、無理です)

拍手ありがとうございますー。

>非常に有意義なネットライフだと思います!(・∀・)

そう言ってもらえると、これからは自信を持って生きていけそうです。
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しかしながら、物理的に可能であることなら、試してみる価値はある。 2009年04月15日 漫画 トラックバック:0コメント:0

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インターネットに繋いでいても、実質的には、毎日練習スレとその絵描き様達のブログしか見てないわけですが、まあ、それもありかなあ、と。
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「私、魔理沙のレーザーが好きなの」 2009年04月14日 漫画 トラックバック:0コメント:0

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魔理沙かわいいよ魔理沙
(もうやだ こんなブログ)
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三分で食べれちゃうおすすめ夜食レシピ十選! 2009年04月13日 模写練習 トラックバック:0コメント:0

(1)コンビニでお菓子とジュース買ってくる。
(2)黒砂糖を水で溶かして、そこに小麦粉と重曹を混ぜます。
(3)夜食は食べない方が健康にいい、と思い直す。
(4)おもむろに手元にある漫画を模写してみる。寝る。
(もうやだ こんなブログ)

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メイドさんに憧れない老若男女なんていません! 2009年04月12日 文芸(長文) トラックバック:0コメント:0

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【今日見た夢の断片覚書】

(1)高圧電線の鉄塔が、ぐんにゃりと弧を描いて曲がっている。
(2)曲がりすぎて、頂点が地面に刺さりそうなくらい。
(3)疲れたんだ。と鉄塔は言う。
(4)電気を支えるのにうんざりしたんだ。と鉄塔は言う。
(5)高圧電線が地面の上に、『ヘビのように』のた打ち回っている。
(6)人々は電線に触らないようにぴょんぴょん跳ねて横断する。
(7)『電線少女』が電線の上をすいすい滑ってやってくる。
(8)曲がった鉄塔のせいでバランスを崩して地面に落下する。
(9)その落下地点に自分がいる。
(10)本気で痛い。痛すぎて、喉の奥から火が出そう。
(11)その瞬間、『電気』=『人間の第二の血液』という概念を発見する。


※ここ以降、電波レベルが凄まじく跳ね上がるので続きは追記にて。


続きを読む
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このブログの絵はphotoshopが自動的に描いています。 2009年04月11日 漫画 トラックバック:0コメント:0

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自分の絵の8割は、photoshopが自動的に描いている。
自動伴奏機能を使って音楽を作っている感じに近い。
不思議な感覚だなあと思う。
「人間はレイアウトと線画だけに専念してりゃいい」と言われれば、まあ、それまでなのですが。
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挟みたくなるのは、純粋な気持ち。 2009年04月10日 漫画 トラックバック:0コメント:0

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Q:あの……これ、現実的に考えて、どういう構造のメイド服なのでしょうか?
A:いつでもどこでも挟めちゃう構造です。まさに魅惑の構造です。
(答えになってない)

拍手ありがとうございますー。

>エローい! これエローい!

こんなおっぱいで良ければいくらでも描きます!
……それでも、あくまで全年齢対象(CEROレーディングA)を維持し続けて、
ずっとじわじわと焦らし続けて、『もういい加減エロ漫画描いちゃえよ!』と言われても
まだ焦らす、という作家性を獲得したいです。
(それが作家性なのかどうかは不明)


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毎日練習スレ向け漫画だから許される暴挙 2009年04月09日 漫画 トラックバック:0コメント:0

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オチを放棄する。
(いずれペン入れする時までの課題とします)
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適当に焼いたり煮たり塩振ったりしたのを料理と言い張る症候群 2009年04月08日 漫画 トラックバック:0コメント:0

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拍手ありがとうございますー。

みなさん、ヤンデレ娘とおっぱい娘が好きなんですね。
マーケティング的には『おっぱいが大きいヤンデレ娘に惚れられて困った』っていう漫画を描かざるを得ないという状況ですね、これは。

(そんな漫画を本気で描いてみたいけど、本気で描きたい漫画に限って上手く描けないパターン)
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『いいんだよ。細かいことは。でも、心理的な説明はできると思うのですよ』 2009年04月07日 漫画 トラックバック:0コメント:0

というセリフが自分のネタ帳に書いてあった。
しかしながら、なかなか使いどころが難しいので、今日は全く使わずに漫画を描く。

――いいんだよ。細かいことは。

(でも、ブラシがはみ出してて見苦しい所くらいはちょっと気にしてみたらどうか)

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好きな言葉:『小さな予算で大きな仕事』 2009年04月06日 漫画 トラックバック:0コメント:0

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そういった意味では、映画の予告編作りというのは興味深い。

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ヤンデレ娘が前面に出てくる漫画は買わざるを得ない。 2009年04月05日 漫画 トラックバック:0コメント:2

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同様にヤンデレ娘が前面に出てくるブログはブックマークせざるを得ない。
(そういう趣向の人こそが真性のヤンデレである可能性が非常に高いという説は一般的に広く周知・支持されつつある)
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090404.感情【長文注意】 2009年04月04日 文芸(長文) トラックバック:0コメント:0


私は常日頃、思考のスピードとタイピングのスピードがいずれは一致するのではないかという妄信を抱いている。これによって何が成し遂げられるかといえば、思考の完全なる記録以外に他に無い。そんな記録に何の意味があるのかと疑問を抱く人はおそらくリア充な人だと私は思う。リアルが充実。略してリア充。それが人間の充実度のどの範囲に位置するかという判断は各人の趣味と人生観に依存する。

世の中の情報データ形式として、初めにテキスト形式が発明された。文章、新聞、詩、標語。これは字という視覚的な記号の組み合わせで表現され、データサイズが小さく情報劣化しにくいという特徴がある。(テキスト形式以前に声データがあるのではないかという説もあるが、声データは発声者に強く依存するために情報伝達としてのツールとしては決定打に欠ける。伝言ゲームというゲームがあるだけに、情報の劣化も著しい。)
次にグラフィックス形式が発明される。(こっちがテキスト形式よりも先だろうという説もあるが、情報の複製性という観点においては歴史的にはテキスト形式の方が先駆的である)テキスト形式よりも情報量が多いが、作成コストや複製コストもまた多く掛かる。
次はムービー形式である。
次はインタラクティブなムービー形式である。(一般的にはテレビゲーム形式とも呼ばれる)

その次は何か。

答えは単純である。

エモーション形式である。

情報発信者の脳内を直接データ化してパッケージするのである。
『すごい体験』『すごい幸せ感』『すごい快感』『世界の真実』
そういったものを、映画や漫画に変換して提供するという手間を省いて、データ化されたエモーションを直接的に脳内に入力する。
この手法は昔から方法論として存在している。これを題材にした小説、映画もいくつか存在している。俗に言うところの、SF小説のプロットとしてはタイムマシーンに次ぐレベルの普遍的なものである。

――いい加減、前置きが長いのではないかという思いは私にもあるので、ここで本題に入ると、とりあえずはエモーション形式のデータは現在では存在しないのだが、もしも、思考とタイピング速度が一致するのであれば、テキスト形式によってエモーション形式を模擬できるのではないかというのが今回の私の主張の1つである。
もちろん、データ形式の偽装など偽装の内に入らない児戯だという意見もありうる。エモーション形式を模擬したテキスト形式などというものがあったとしても、それはしかし、結局はテキスト形式以外の何物でもないという見解。日本語で英語を表現したといっても、それはやはり日本語以外の何物でもない。『090404.txt』という拡張子を『090404.emo』と書き換えたとしても、だからなんなんだ、と言われかねない。

しかしながら、物理的に可能であれば、とりあえずはダメ元でやってみるんだよ、というのが今回の私の主張の2つ目である。

と、ここまで打ち込んだところで、突然私の部屋の障子戸が開かれたので顔を上げると、ユグが頬を赤らめて立っていた。目がとろんとしている。手にオレンジ色の液体が入ったコップを持っている。「私は、らめえって言ったんです……」「……まさか、また飲んだのか?」「凪姉さまが、飲めって言って……」ふらふらふらと紙切れのような動きで部屋に入り込み、私の横になだれ込む。そして私の左腕を両腕でヒシっと抱きしめる。私の腕が、ユグの大きすぎるにも程があるおっぱいの谷間にむぎゅーっと埋もれていく。ちょ……。ユグの微熱、呼吸が服を介して伝わってくる。「凪姉さまがですね……、こっちがカシスオレンジでこっちがただのオレンジジュースだって言って、どっちを飲む?って聞いたんです。だから、私、オレンジジュースの方を飲んだんです……。そしたら、それがカシスオレンジで……」「もうトラップですら無いな……」「もう、我慢できなくて、トイレで、したのですが」「……はい?」「自分を慰めたのですが」「ちょ……ユグ、自分が何言ってるかわかってんの?」「七瀬様のことを思いながら慰めたのですが」「や、やめてッ! そんな変な話は聞きたくない!」「最近、アレなんです。私。妄想激しいんです。凪姉さまと七瀬様が添い寝している、その真ん中にぬめぬめって入り込んで、挟まれたいっていう。すごく、いいだろうなという」ユグは焦点の合わない目で私の身体を見眺める。そして、残ったカシスオレンジをぐぐぐと飲み干すと、パソコンの横にコップを置く。ユグの左手が私の左ひざに添えられる。「こんな、はしたないメイド、ダメですよね? 失格ですよね?」すすすと左手が上がってくるので私は右手でガードする。その途端、ぐっとユグが体重を掛けてきて、両手が使えない私はそのまま横倒しにならざるを得ない。ぎしり。髪の毛と畳が擦れて音を鳴らす。複雑に絡み合った腕はそのままに、ユグが私の身体の上にのしかかる。「ユグ。酔ってる」「酔ってます」「酔ってないとこんなことしないくせに」「……」「どっちが本当のユグなの?」「どっちも本当の私です」ユグのたゆたゆな胸で私の胸がおしつぶされて、息苦しい。「七瀬様も、本当の姿を見せてください」ユグの左手が私の下腹部に辿り着く。
「ちょ……、ま、待って!」
「大丈夫です。ちょっとだけですから」「ちょ、あッ、やっ、やめ……!」
凄まじい快感で脳みそ全体が真っ白に塗り潰されてしまう感じ。すゆっすゆっ。ユグの中指が私の上を軽くなぞる。その度に身体全体が収縮して折り曲がろうとするけど、それをユグは押さえつけて、むしろ、私のそんな反応を楽しんでいるように、私と一緒に吐息を漏らす。
「だ、だめ、ッえ、ユグ」「あん。どうですか? いいですか? すごく、びくびくってしてて、私も、気持ちいいです!」「ほんとう、ダメ、あっ、あうッ、ん」
ちきゅ。ユグが薄目を開けながら、私の唇を吸う。ちくちゅ。ユグの熱くぬめった舌が入ってくる。どうしたらいいんだろう。私達は何をしてるんだろう。ユグの舌は貪欲に私の口の中を蠢き、私の舌に絡まってくる。押し返そう、という思いが無いとは言えないが、私もまたユグの舌に自分の舌を絡めていく。いつも間にか、ユグは指いぢめを止めている。ユグの前髪が目元に刺さってくすぐったい。そっと頭の後ろに手が添えられる。ユグの滑らかな手の感触が髪の毛を通して伝わってくる。ちく。ちきゅ。ユグの舌がいったん離れ、私はユグの顔を真正面からぼんやりと見眺めている。半開きの私の唇と、ユグの艶かしく濡れた唇が、透明な液で繋がっている。ユグが、なんか、泣いてるようにも見えた。なんというエロゲ。
「……七瀬様。本当は、オレンジジュースだったんですよ」
「え?」
「冗談です」
何が? と思う前に、再び押し倒される。
手の指を広げられ、その間間にユグの指が差し込まれていく。そして、ぎゅーっと握り締められる。
ユグの舌がまた私の中に入ってくる。ぬちっ、という音が静かな部屋に響いた気がして、そういえばこの部屋に誰かが入ってきたらどうするんだと私は考える。本当にオレンジジュースだったのだろうか。さっきのユグの言葉を思い出す。まあ、確かに、可能性はある。以前、ユグに襲われたときはこんな感じじゃなかった。あれは『乱暴』という言葉のほうが表現してはしっくりする。サキュバスの本性を見たような気がして、しばらくユグとぎくしゃくしてしまった。今回のは、ユグらしいという気がする。では、本当に、オレンジジュースだったのか。演技だったのか。ユグがそんなことを考えるだろうか。思いついて、実行するだろうか。まさか、凪姉のアイデアだったのだろうか。その可能性は高い。凪姉は自分の利益があることならなんでもする。この仕込みで凪姉が得することと言えば、また撮影か。以前、ユグに襲われたときの様子は全て撮影されており、心底驚いたが、それはユグうんぬんではなく、日常的に私を盗撮し続けていたという事実の方であった。カメラは4つあったが、それが全てという確証は無い。なぜ、盗撮するのか。答えは単純で、「それが私の趣味なのよ。愚妹」と言い切られてしまえばしょうがない。しょうがないな。凪姉は変態だから。
「七瀬様」「……え?」「別のこと、考えてました?」「……うん」「当てちゃいましょうか?」「……」「凪姉さまのことじゃないですか?」「……うん、まあ」「ダメですッ!!」

くちゅり。
「んゃ!?」
背筋と脳髄が真っ赤な電気で撃ち貫かれる。
私の中にユグの指が乱暴に入ってくる。身体をよじるが、脚が脚で固定されてて動けない。
「だ、いあ、痛ッ!
「もう、私、我慢できないんです! だから、もう、今日は、最後まで、します!」
「ちょッ、ま、ユグ、痛いよ! 痛いいたいッ!

「待った!」

凪姉の声と障子戸が激しくぶつかる音が聞こえ、視界が真っ白になる。
すぐに視界が戻るかと思ったらそのまま、真っ白のまま。
耳の奥でキーンと耳鳴りが始まり、それも収まらずに物凄い勢いで聴覚を塗り潰していく。
……あれ? 何これ?
と、ここで意識がプツっ、という感じで振り切れる。

私、死んだ?

「ユグ。やり過ぎ」
「……そんなこと無いです。全然足りません」
「あんたと愚妹は違う。もっと大事にしてもらわないと。それに愚妹は私の所有物なんだから」
「……私の所有物でもあります」
「違う。ユグは愚妹の所有物。あんたはメイドなんだから」
「……私はメイドじゃなくて、ユグドラシルです」

私は指の先をわずかに動かす。動く。なんなんだ?
もしかして、エロゲ的に、イったのか?
身体の中に重く、さっきの意識不明の瞬間の感覚がじくじくと残っている。
怖い。あれは精神的なものではなく、肉体的なものだ。私の理性とは別種の回路だ。

おそろしい。これだからこういうことはしたくなかったのだ。

「ふふふ。まあ、ケンカしてもしょうがない。私達の利害関係は大きなスケールでは一致しているんだからね」
「……続き、しちゃいます」
「まだ寝てるよ」
「……もう、私、したくてしたくてしょうがないんです」
「愚妹を喰うのか?」
「そういう汚い言葉は好きじゃありません」
「ねえ。愚妹は、――七瀬は、本当は私としたいんだと思うな」
「……何を言っているんですか」
「私と七瀬の仲は深いんだよ。実の姉妹なんだから」
「……穢れてますね。そういうの異常だと思います」
「異常だからこそ、萌えるんだよ」

うわー。聞きたくないー。
私はそう思う。聞くにしても、もっとオブラートに包んだ言い方で聞きたかった。
凪姉が私としたいというのは、ネタだと思ってた。
私いじめの一環としての、ネタなのだと思っていた。
でも、こうなると、本気なのだなと思う。
ユグも本気で凪姉も本気。
まな板の上の魚の気分。生きた心地がしない。

私は薄目を開けて見る。
二人とも肩を寄せて、私に背中を向けて話している。
道理でちょっと声が遠いと思った。
……逃げられるだろうか?
どこへ逃げる?
いや、助けを請うのだ。
茶絵のところに逃げる。まさか、茶絵の前で狂気の行為を行うわけはあるまい。
茶絵もしかし、毒され始めてはいるが、私を守ってくれるような気がしなくもない。

音を立てないように、側転する。ころころ。ざりざり。
無理だ。音鳴ってるよ。しかし、二人はしゃべり続けている。
話の内容を抜かせば、いちゃいちゃしているようにも見え、ちょっと嫉妬する。
おいおい。嫉妬してしまうのか私は。
まさに人間の心の機微。しかし、そんな大層なものでは無い可能性は非常に高い。

脚が冷たい板張りの廊下に接触し、私は姿勢を整える。畳に両手を添える。
そのまま、ぐっと身体を起こし、立ち上がる。みしみしみし、と音が鳴り、二人がはっと振り返る。
それを目では確認しない。脱兎の如く廊下を走る。
「七瀬様!」
ユグの声が遥か後ろに聞こえる。凪姉は?
背中に薄ら寒い予感を感じてしゃがみこむと、頭上に縄が飛びぬけていく。ちょッ!?
「愚妹。逃げるのは良くないと思うな。人間の狩猟本能をくすぐると、後が怖いよ?」
声が近いのでびびる。ちょっと振り返ろうとしたその矢先、足首を縄で捕われ、転倒する。
ひざからコケたので本気で痛い。足首に手をやると縄は絡み付いているだけで結んでは無い。
急いで解く。やっぱり凪姉にはケンカを売れないと思う。全てにおいて私の数段上にいる。
背後から抱きしめられる。柔らかくも、非常にしっかりと両腕を固定される。
「愚妹、かわゆす。大丈夫だよ。私が守ってあげる」
思いっきり嘘には違いないが、それでも何か安心してしまうあたり、言葉の魔術というのは確かに実在するのだなと思う。
髪の毛を掻き分けられ、耳を露出させられる。いったい、何を? 怖くて振り返られない。
ふと、凪姉の舌が私の耳を舐め始める。ふにゃー、くすぐったい。
びくびくと痙攣する私の身体を凪姉はぎゅうと抱きしめる。
いつの間にか凪姉の手が私の胸をやわやわと触り始め、もう片方は太腿を撫で始めている。
また頭がぼーっとし始める。ちゅく、ちゅく。凪姉の執拗な愛撫が気持ちいい。
ユグが私の目の前に立ち、しゃがみこむ。そして、私の唇の表面を舌でなぞって言う。
「七瀬様、今度は一緒にイきましょうね」
ちくゅ。くゅ。
「七瀬、七瀬はお姉ちゃんがいいよね? 昔から、七瀬はお姉ちゃんっ子だったもんね」
ぴちゅ。つぴ。
あ、あの、完全に詰んでます。本当にありがとうございました。
凪姉が私の両腕を背中に回し、縄で縛る。
負担が無いように、ゆるゆるに縛ってはいるが、場所がいいのか簡単にほどけそうに無い。
こうなると、もう、どうにでもしてくださいという感じになる。

「ユグ。ユグの部屋でもいい?」
「いいですよ。じゃ、運びますか」

二人に持ち上げられ、身体がふっと浮き上がる感覚。
絶望感なのか、恍惚なのか、よくわからない複雑な感情で胸がいっぱいになる。
幸せなのか、不幸なのか。でも、私の日常なんていつもそうだ。
幸せでも不幸でもなく、気持ちよくも悪くも無い。
状況にもて遊ばされて、自主的に動いているようで実は操り人形そのものだ。

こういう感情、どうすれば表現できるのかな。
将来的にはエモーション形式のデータとして、ブログに貼り付けられたりするのかな?
とりあえず、私はテキスト形式データでなんとかしてみようかな。
思考のスピードとタイピングのスピードが一致すれば、少しは近づけるかもしれない。

――とりあえずは、今を生きて、記憶して、感情を体験しよう。

なんだかよくわからないけれど、私はそう思い、目をつぶる。

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困った時の隕石頼み。~寂しい背景のごまかしテクニック~ 2009年04月04日 落書き トラックバック:0コメント:0

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よく考えるまでもなく、アドビフォトショップとペンタブレットが無かったら、私は何にも絵が描けない。
車が無かったら、生活必需品が買えない。
……なんか、ちょっと怖い感じがしなくもない。
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3が安定だよ派と4が安定だよ派との百年戦争 2009年04月02日 漫画 トラックバック:0コメント:0

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拍手ありがとうございますー。

突然ですが、今日思ったことを箇条書き。

(1)ゲームエンジンならぬ、漫画エンジンというものを仮想する。
(2)例えば、『手塚治虫』風漫画エンジンというものを導入したとする。
(3)そのエンジンを使えば、手塚治虫風の漫画が簡単に描けるとする。
(4)でも、多分、3コマ目くらいで、『……あれ? まさか、描画エンジンだけじゃ漫画は描けないのではないか』と思い至る気がする。
(5)同様に、CryENGINE2を導入してもCRYSISは作れない。
(6)ところで、GBの『ゼルダの伝説 夢を見る島』は感動した。
(7)CRYSISとGBでは表現のレベルが違い過ぎて比較の対象にもならないが、個人的には、ゲームとしては同じくらいの高得点。
(8)CryENGINE2のような高コストな描画エンジンは、それはそれで素晴らしいが、GB的な表現フォーマットもまた、本質的には作品として劣るわけではない。
(9)ゲームエンジンならぬ、漫画描写エンジンを強化するだけでは、その運用コストだけで自滅しかねない。
(10)低コストな漫画描写エンジンを有効利用して、漫画自体の練習・実践をしたほうがよい。
(11)もちろん、CryENGINE2的な方向性も引き続き研究すべきではある。
(12)ということで、また1から漫画の練習をしたい。
(13)ということで、また1からCRYSIS・COD4のプレイ動画を見たい。(見すぎの感がある)

【お詫びと訂正】
以前、COD4(EA発売)と書きましたが、COD4はACTIVISION発売でした。
CRYSISがEA発売です。
まあ、でも、今の時代、発売元なんてあんまり関係ないみたいですが。




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怪しげな漫画になったので、空気読んで新規記事にしないことにした。


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けしからないおっぱいメイドと6時間も掛かるエンコードとのたゆんな関係 2009年04月01日 漫画 トラックバック:0コメント:0






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たゆんたゆんな動画はエンコード職人達の技術ベンチマーク素材として非常に重宝されるのです。
(そして、このブログも決していやらしい気持ちで描いているのではなく、あくまでも絵の練習が目的なのです)
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