『縛る』=『調教』という連想重み付けが常に最上位に存在するようなメイドさんなんて好きでも嫌いでもない。 2009年05月31日 漫画 トラックバック:0コメント:0

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もう、そろそろ素直にえろ漫画描いてもいいかなあとか思ったり思わなかったり。




拍手ありがとうございますー!

拍手返信(1)>こ、こんなところにエスプガルーダ仲間がおられるとは……!
嬉しくてしょうがないです。音楽いいですよねー。確かに赤走行とか無駄に熱いですよね。
(同時に100円も無駄にしてる感もありますがw)

拍手返信(2)>こめさんのブログを見て、音ゲー好きの設定にしましたw
私自身も弾幕縦STGの次に音ゲーが好きです。
音ゲーの筐体を開けるとPS2が入ってる辺りのコナミの「いいんだよ!細けえことは!」っていう割り切り方も好きですw
ラーメンについてですが、『いいんだよ!ねぎ味噌とかそんな細けえことは!』っていうことにしましょうw
あ、あと、紹介して頂いた音源はこれから聴いてみます!
どうもありがとうございました!


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2009年05月30日 日記 トラックバック:0コメント:0

お酒を飲んでお酒に飲まれた凪姉はふと思い立ってゲーセンに入っていった。
ゲーセンの入り口が開いた途端、物凄い音圧が凪姉の前髪を揺らし、耳をキンキンさせた。

凪姉は特別にゲームが好きというわけではなかった。
ゲーセンに入ったのも数年ぶりだった。
ゲーセンと言いつつも、パチンコやスロットばかりなんだなーと凪姉は思った。
エアホッケーや、1レーンだけのボーリングの横を抜けると、昔ながらのゲーム機があった。

それは『ビデオゲーム』と、昔は言われていた。
今はそんな言葉は存在しないんだろう、と凪姉は思った。

バーチャロンみたいなガンダムのゲームがあった。
スト2みたいな、メルティーブラッドという格闘ゲームがあった。
やたら画面が綺麗な、ギルティーギアみたいな画面デザインのゲームがあった。

その奥に、カラス、アンダーデフィート、虫姫さま、ケツイ、式神の城3、斑鳩、エスプガルーダ、怒首領蜂大往生があり、凪姉はエスプガルーダの前に座って100円を入れた。

娯楽。
エンターティメント。

私達はそれをよく理解しているようで、実際には何もわかっていない。
少なからず思うのは、『私達は本質的には寂しい』ということだけだった。

私達は本質的には寂しい。

凪姉は声に出して言ってみる。勿論、誰にも聞こえないような小さな声で。
大型の縦型のディスプレイには荒い画像の画面が蠢いていた。
凪姉は弾幕縦シューティングが得意だったから、すいすいと弾を避けて進んでいく。

職場の飲み会は、騒がしいけれど、寂しいのだ。
凪姉はそう思う。不思議でもなんでもない。そういうシステムなのだ。あれは。
あそこを上手く泳いでいけるタイプの人間は出世する。仕事もよく出来る。
世の中はそういう風に出来ており、昔は凪姉もそのように振舞っていた。

だけれど、年々、それは違うなと思い始めた。
凪姉の本心と凪姉の振舞に小さな亀裂が生じていた。
その亀裂は小さいように見えたけれど、深さはもの凄かった。
このまま自分を偽れば、いつかは自分自身が分裂するだろうと思った。
分裂すれば、自分自身を維持できなくなる。
そうすれば、自分というものを失うのだと、凪姉は恐怖した。

結果、凪姉は1次会で抜け出して、エスプガルーダを遊んでいる。

CAVEが作り出した、音響とドット絵の高揚感の中を漂っている。
なんのために?

寂しさゆえに。

と、答えるより他は無い。
寂しいのか、私は。凪姉は思う。まあ、そうかも。とも思う。
別にどっちでもいいかも、とも思う。

4面で全滅したころ、携帯が鳴り、ディスプレイを見るとユグの名前があった。

「はい」「あ。凪姉様ですか?」「うん」「今どこですか?」「ゲーセン」
「え? なんで?」「なんで、っていうか、まあ」「どこのゲーセンですか?」
「うーんと、新浜駅の近くの」「あー、駅と繋がってるとこですか」「うん」
「ポップンの最新作がある場所ですね?」「え? や、わかんないけど」「私も行きます」
「え? ユグが来るの?」「私、そこに結構行くんですー」「ん。そう」「待っててください」

プツン。

電話が切れた途端、再び大音量が凪姉を襲う。
でも酩酊状態でぐにゃぐにゃしている凪姉には、別にどうだっていい状態変化ではある。
おなかがゴロゴローと鳴った。飲みすぎたなーと思う。だいぶセーブしたけど、でも、やっぱり。
でもやっぱり、私は飲まれたのだ。酒に飲まれた。公安のくせに。ハムのくせに。

携帯から毎日練習スレにアクセスする。うどんさんが絵をアップしていた。
携帯から絵を見る。他の人の絵も見て回る。愚妹とユグの漫画も見る。
なんのために彼ら彼女らは絵を描くんだろう?
私にはわからない。
一円ももらえず、特に褒められもせず、スレが落ちれば無に帰すような淡い努力。

その労力を他のことに活かせないものだろうか?
凪姉は携帯を閉じながら思う。
同人誌を作ったりとか。同人ゲームを作ったりとか。
でも、すぐに、違う、とも思った。
そういうことをすれば、おそらく、すぐに破綻するような、そんな『場』なのだと思った。
一人一人の繋がりなどゼロに近い。でも、繋がりたくて描いているわけではない。
でも、一人は嫌だ。

一人じゃ、私達は何も出来ない。
一人じゃ、私達は寂しすぎて、絵を描こうという気にもなれない。

「酔っ払い過ぎるにもほどがあるだろ……」



私がそう言うと、筐体に突っ伏して寝ていた凪姉は、きゅっと顔を上げて、「愚妹~」と言った。
すかさず、ユグが濡れタオルを凪姉に差し出す。ユグはキャバ嬢以上に気が利いている。

「あ、あの大丈夫ですか」「ん。大丈夫」「何が大丈夫だ、だよ。この酔っ払い」
「4面まで行ったよ。エスプガルーダはさんたるるじゃないけど、音楽いいよね」
「そんな感想おかしいだろ。どんだけCAVEゲームに詳しいんだよ」
「愚妹。なんで私にタメ口なの?敬語を使いなさい。いぢめられたいの?」
「……すいません」「はい、ユグ、100円。ユグの得意なゲームやって見せて」
「え? いいんですか?」「凪姉おかしい。酔っ払いすぎだ」「はい、愚妹にも100円やる」

凪姉から渡された100円は物凄く生暖かった。
なんか、ちょっと懐かしい感じがした。

「私はあれが得意なんですよ!」

ユグが示したのは音ゲーであり、丸っこいボタンがいっぱいあるゲームだった。

「ほー。あれが得意なんだねユグは」

と凪姉は言い、なぜかユグの胸を3回ほど揉んでから、ユグの胸をわし掴みして着席させた。
ユグは、え? え? と声を上げずに疑問符を周囲に撒き散らしながら、凪姉を涙目で見つめる。

「ユグはこれをやりなさい」

虫姫さまをやらせる凪姉。

「や、あの、私、こういうの苦手で」
「このキャラはレコっていうんだけど、ユグみたいに胸が大きいんだよ」
「あ、そ、そうですね……」
「だから、私、ユグが虫姫さまを遊ぶところ、見たいな。さあ、ユグ、レコになりきってみて」
「なんだよこのセクハラ会話は」
「愚妹、姉にそんな口聞くと、いぢめるよ」
「すいません」
「や、私、本当に苦手なんですよー、下手ですよー!?」
「誰もが最初は下手なんだよ。でも、大丈夫だよ。まずは上下に動いてみて」
「能登声でそういうセクハラ台詞禁止!」
「能登声って何?」
「凪姉さまの声はですね、能登麻美子さんっていう声優さんに似てるんですよ」
「そうなの? 何? 愚妹、私の声がツボなの?」
「え。や、まあ、素敵ですよ……。そういう囁くような声質は」
「何を囁いて欲しいの? 愚妹。いいよ。今なら好きなこと、言ってあげるから」
「……いっぺん地獄に行ってみる?、って行ってください」
「いっぺん地獄に行ってみる?」
「似てる」「似てますね」「似てるの? 全然元ネタ知らないんだけど」
「じゃあ、凪姉さまはしばらく『僕』っていう一人称でお願いします」
「僕がいいのね? あ、だめだよユグ、こんなところで死んだら、僕が全然面白くないじゃん」
「似てます」「何に似てるんだ!?」「闇と帽子と本とかなんとかいうアニメのキャラか?」
「バカだな。この会話」「さあ、凪姉、帰ろうよ。私達、迎えに来たんだよ?」「そうなん?」

ユグの虫姫さまがぐだぐだで終わったのを見て、私達はゲーセンを後にする。
街は深夜の暗がりに満ち溢れている。駅前のタクシーに乗り、ユグが住所を告げる。
ふらふらしている凪姉の身体を引き寄せると私の肩にふにゃっと顔を乗せる。

「……あんたらの漫画、もうちょっとなんとか、なんないのか?」

凪姉が突然言う。

「勿体無いんだよ。もうちょっとで100点中の30点にはなりそうな感じじゃない?
このままじゃ全然ダメなんだけど、でも、もうちょっと上手くやれば、ダメなりにもなんとか、ならないかなあ?」
「ダメでいいんだよ。凪姉。私達は」
「なんでダメでいいの?」
「続けるっていうことが、何よりも大事なんだから」
「下手な絵を続けたって、下手なままだ。むしろ、どんどん下手になってるだろ正直」
「凪姉、私、最近思うんだよ。漫画には2つの書き方がある」
「2つ?」
「でも、今の凪姉に言っても面白くないから、教えない」
「……ま、だいたい想像つくから聞かなくてもいいや。愚妹の発想は全部私の既知内でしかないし」
「じゃ、教える。量子力学的な書き方と、ニュートン力学的な書き方があるんだよ」
「はいはい。どうでもいい。あんたの偽物理学は聞きたくないし」
「じゃ、教えません」
「ユグの胸のサイズっていくつなの?」
「……ちょッ? なんでいきなりそんな」
「いや、ユグが静かだから、なんか声を掛けようかなと思って……」
「凪姉、自重してよ。自分が酔っ払ってるっていう自覚が足りないよね」
「足りてるよ。自覚してるよ。私は酔っ払ってるよ」
「じゃあ、自重しなさい」
「姉に命令するのか?」
「姉ってのはそんなに偉いのか?」
「ほう、そんなにいぢめられたいのか? 愚妹」
「ケンカしちゃだめです!」
「じゃあ、愚妹と仲良くなって、ユグをいぢめる」
「そ、それもダメです!」



今に始まったことではないけれど、このブログはよくわからない。

自分自身で更新しているブログの事がよくわからないと嘆く事例は多く存在する。
これは特にもの珍しい感情でもなんでもなく、基本的に、私達は客観的に自分自身を観察した場合に、自分自身に対して否定的になりやすい。

世の中には『良いブログ』というのが多く存在している。
私のブログは『良いブログ』には到底なりそうにない。
私の脳内思考が良くない以上、それをどう紡いでラッピングしても良くはならない。

話は突然変わる。

道端の雑草の花にも輝く瞬間があるだろうか?

彼女の目の前の花屋さんには煌びやかな花が飾られていた。
彩り鮮やか。美麗流暢。しなやかさ。
道端の雑草たる彼女の花は、こじんまりとして、味気なくて、薄い紫色だった。

でも、彼女は彼女で咲くのだと思う。
決して、誰にも褒められずに、図鑑にも載らずに、でも、咲くのだと思う。

それでも、彼女には十分なのだと思う。
彼女は彼女らしく綺麗に咲く。誇らしげに、堂々と咲く。
生きるということは、おそらくはそういうことなのだろうと思う。

そこから逸脱した者は、遠くない未来に、破滅が訪れる。



私のことは私が一番良くわかってない。
私以外の人の方が私のことを理解している。
私はあなたの手の平から一歩も外へ出ていない。

それでも、私はあなたの想像力の境界線を目指して邁進し続ける。
それだけは、あなたの手では止めようがない。



私達は『落差』でしか物事を感じられない。
音は音圧によって鳴り響くが、私達に大気圧の音は聞こえない。
大気圧はその変化があまりにもゆっくりなため、私達には知覚出来ない。
大気圧よりも圧倒的に小さな、『音』が、音圧の変化になって私達に聞こえてくる。

大きな悲しみは、もはや私達には聞こえてこない。
大きな寂しさも、聞こえてこない。



寝息。
ユグの寝息と愚妹の寝息がステレオになって聞こえてくる。

二人の身体のぬくもりが衣擦れの音と共に伝わってくる。
たぶん、私は幸せなんだと思う。でも、大気圧の音みたいに、聞こえてはこない。
だから、きっと、しっかりと耳を澄まさないといけない。
もしくは、想像しないといけない。

私は寂しくない。

みんなと一緒にいるから、私は寂しくない。

それが私の妄想であってもいい。
大気圧の音を妄想して、本当は聞こえるべき音圧を感じて、私の中に何かが残ればいい。

――静かな世界こそ望む。
私はそこから、何かを感じてみせる。
今は、ユグと愚妹の間で、ゆっくり寝て、そして起きて、考えよう。
きっと、私達はもっと良く生きられるはずだし、気持ちよくもなれる。
それを貪欲に捜し求めるのが、本来の生き方なんだろうと思う。
私がもっと自然に、良く生きられるような、人生。

それをゆっくりと考えていければいい。
自分の言葉で定義できればいい。
そのためだけに生きていければいい。

そんな日々以外に欲しいものなんて何1つ存在しない。



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拍手ありがとうございますー!

拍手返信>
あなたと私とのシンクロ率は異常だと思いますw
味噌ラーメンの中でも『辛味噌ネギ』が好きだったら、私とぴったり過ぎますw



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決していやらしい漫画ではありません。それ以前に、いやらしい漫画が描けるような画力がありません。 2009年05月29日 漫画 トラックバック:0コメント:0

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セリフが無いからアレですが、いたって真面目な物語の下書きです。
(フォローが必死過ぎる)




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味噌ラーメンと塩ラーメンを混ぜるとしょっぱいラーメンになります。
(こりない)

拍手ありがとうございますー!

拍手返信>
いいですよねー、初代グランディア。
あのシーンは普通に泣けます……。
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3DRPGゲームの醍醐味は風景ポリゴン鑑賞だと思います。 2009年05月28日 漫画 トラックバック:0コメント:0

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たまにはのんびりとポリゴンな町並みを観光して回るのもいいものです。
(セガサターンのグランディアは色んな意味で芸術的)

拍手ありがとうございますー!

拍手返信>実際には普通の鱈のカマボコとちくわを入れたのですが、なんというか、こう、ああ、そうですよね、こうなっちゃいますよね、いい勉強になりました……、という感じでした。
次はカニカマを試してみますね!
(こりない)
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何事も普通が一番いいのだった。 2009年05月27日 漫画 トラックバック:0コメント:0



創作カレーの失敗率は異常。
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早起きして漫画を描いていると、どうしても時間が無くてオチを放棄してしまう。 2009年05月26日 漫画 トラックバック:0コメント:0



かといって、夜は夜で漫画を描こうという気にならないのだった。
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習字の時間はノートパソコンとペンタブがあればいい。 2009年05月25日 漫画 トラックバック:0コメント:0



紙も墨も水も筆も無駄にならなくて、とってもエコです。
(そのかわりに何か大事なものを失っているような気もしなくもない)
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今日の『優柔不断とかいうチャチなレベルじゃ断じてねえ……もっと恐ろしいものの片鱗になんとか~』ランキング第1位は私がもらった! 2009年05月24日 落書き トラックバック:0コメント:0



引退発言した後、ちょっと落ち着くと、「あっ、私まだ頑張れたかも」と思うのが自然ですよね!?
(今、リアルタイムで土下座しております)
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限られた時間、リソースの中で、僕達が出来ることはそれほど多くは無い。 2009年05月24日 文芸(長文) トラックバック:0コメント:0

拍手ありがとうございますー!

拍手返信>
ちょっと休もうかなー程度なので、心配しないでください。
もっといい練習方法を思いつけば、それの実践のために復帰すると思います。
毎日練習スレ絵描きさま達のブログ巡りはこれからも続けますのでよろしくお願いします!

下記はまた無駄に長い『漫画ネタ』のベタ貼りです。



朝。

あまりにも爽やかな風がカーテンを揺らして私の寝室を駆け巡り、スムーズにターンして退室していった。
私の頭の中は真っ白で、洗い立てのシーツみたいに影1つ見えなかった。

清清しい一日が始まる。
そんな予感があった。
『自由で穏やかな日常』というものがあるならば、それが今なのだろうと思われた。

――ふと、何かを忘れているような気がした。

それがなんなのか、簡単には思い出せなかった。
2ちゃんねるに関係があるような気がした。
漫画に関係があるような気がした。
しかしながら、2009年の今、つまり2ちゃんねるが無くなってから10年経った今、今更2ちゃんねるなんて思い出話にもならないであろうことは明らかだった。
漫画も同様だった。
私は漫画は好きだったけど、好き以上の何かではない。

私は何を忘れてしまったのだろうか。
甘く、柔らかな、ほんわかとした、大好きだった、『何か』。

思い出せない。

何かを忘れてしまった気がした、ということ自体が錯覚なのかもしれない。
まるで、夜見た夢を朝、思い出せないみたいに。

夢を見たという記憶だけが残っているみたいに。

であれば、このむずむずする感覚だけをメモして、素直に忘れてしまおう。

私はカーテンを払い、窓を一気に開け放つ。

――不意に『ゆず』の香りがした。



彼女は、気に入らないから、という理由で今までの過去全てを全否定して燃えるゴミに出してしまった。
そのゴミの中には彼女自身も含まれていた。勿論、暗喩的な意味で。

僕はその後姿をぼんやりと見眺めていた。

明治文学のような説教臭い言葉がいくつか頭の中に浮かんだ。
それを否定するような村上春樹的な言葉も同時に浮かんだ。
それらを横滑りさせて萌え絵でラッピングしたようなラノベ的な言葉も浮かんだ。

それらの言葉のお互いの、完全なる断絶と否定と倒錯が僕の中で真っ黒なコールタールになって蠢いていた。
それは『迷い』なのかもしれなかった。
僕は自分の言葉をまとめきれなくて、『迷って』いるがゆえに、一言も発声出来ないのかもしれなかった。
でも、本心は違う気がした。

僕には全くもって発声したいという気持ちがない。

僕は彼女が重そうにゴミ袋を片手にアパートのドアを開け、そのときにバランスをとるために身体を左側に大きく逸らしながら歩く姿を、ただただ見ているだけで十分だった。
そこに意味やメッセージを書き添える必要は無いと思った。
何もかもがあるがままのほうがいい。

僕は彼女の内面をトレースする必要など無い。
そのトレースが正確であろうと誤っていようとどちらでも関係が無く、むしろ、そういう行為自体が非推奨とされている。

台所の方から、涼しい風が入り込んでいた。
僕は立ち上がり、パジャマを脱いで制服を着始める。
スカートの端についた糸くずを手で払って、胸元に名札をつける。

――全く新しい朝を迎えなければならないのは、僕の方なのかもしれなかった。



ふと思い立って、知らない駅に降り、知らない街を歩く。

そこは田舎であり、田んぼと山くらいしか無いところだった。
駅から5分ほど歩くとすぐに店らしい店は姿を消し、田んぼの中にぽつぽつと民家があるような風景になった。
私の歩いている道は国道であるらしかった。
はるか遠くに白い建物があり、そこが市立図書館であることを道路脇の案内標識から知ることが出来た。

歩道で朝の部活の高校生たちとすれ違う。
みな、若々しく、どこか頼りがいが無さそうではあるが、しっかりとしているようにも思えた。
と同時に、知らない街の知らない子供達にそんなことを思ってどうするのか、とも思った。

5月の早朝の太陽は視界を白っぽくさせる。
今が一年で最も過ごしやすい季節なのだろうと思う。



開け師が目を覚ましたとき、テントの中は薄葵い色に支配されていた。
テントを構成するビニールシートが青色であることはともかく、太陽が既に天上に位置していることが開け師の意識に不安を抱かせた。

――昼間まで寝ていてよかったのか?

慌てて昨日までの記憶を辿り寄せてみて、ああ、そうか、また私は紐の切れた風船になったのだった、と思い出す。
開け師として定期的に入っていた仕事が、昨日で一旦全て終了した。
その仕事で残ったのは少しばかりの貯金と、得体の知れない疲労感。
自分が開け師として、未だにどれだけ未熟で幼くて役に立たないか、それに気付かされて打ちのめされたというのが疲労感の1番の原因だろうと思っている。

テントの布の小さな裂け目から、真っ白の太陽光がナイフのように差し込んでいる。

今後、私に何が出来るだろうか。

理想論
⇒開け師としての修行を続ける。レベルを上げる。立派な開け師になる。

「それは間違いない。でも、難しい」

口に出して言ってみる。
勿論、開け師というのは自称に過ぎないという考え方も自分の中にはある。
特に受賞暦も代表作も無いけど、自分は芸術家です、と言い張るのと同じ意味で。

――開け師なのに、開け続けるのに疲れた。
――開け師としての情熱を失った。

強がらないで本心を言えば、その通りだと自分で思う。
じゃあ、開け師を辞めるのか?
多分、それもまた出来ないのだ。
一度、曲がりなりにも開け師を志したからには、開ける快感を知ってしまったからには、一生、逃れられないのだ。

開け師は目を閉じる。
とりあえず、飽きるまで眠ろう。



『人生で1番大切なことは、欲を捨てることです』

と、梵字で書かれた札が立っていた。
そのとき、僕は同じく梵字で下のように書かれた札の写真を思い出していた。

『黙すべし』

確かに。
大事なことは、とてもシンプルであるに違いない。
見るもの全てを魅了する花の種は非常に小さく、シンプルに出来ている。
全ての種が64キロバイトに収まっているメガデモを見ても明らかだ。

花の種は、1人の天才によって作られたわけではない。
無鉄砲に撃ちまくった内の1つの弾丸が『正解』であり、その『正解』が生き残ったに過ぎない。

外れた弾丸はNOISEとなって淘汰されただけに過ぎない。
全ては物理学に従ったフィールドの中での時間ステップの途中経過に過ぎない。



現在、栄華を極めている花が、未来も同じく輝いていられるかどうかの保証は無い。

盛者必衰。全ては流転する。
あまりに完成されたシステムは、変化に耐えられずに破綻する。
『見えざる手』は新しい乱数の種を常に追い求める。



僕は授業中にこういう文章を書いている。
決して授業をサボっているわけではなくて、むしろ、これくらいの思考の脱線があったほうが脳内パケットが
上手く循環するのだ。

僕は数学の教科書を見眺めながら、開け師の日常を妄想する。

開け師は日々修行であるがゆえに点々と旅をする。
1つの場所に留まらない旅人である。住所不定。ある意味無職。
野宿のつらさは僕もよくわかっている。
だから、野宿をしながらも笑顔でいられる人はかなりの強者だと思う。

開け師にはお金などない。
ということは、いつでも困窮し、死ねるという状況に近い。
仕事が無ければ即死。
そして、開け師的な仕事というのはそれほどいっぱいあるわけではない。

――開け師は死と隣り合わせにいる。

akeshi with death。
ここが重要なところだと僕は思う。
なぜなら、そのような立脚点から生きる日常は本当に光り輝いているに違いないからだ。
勿論、僕達は安定と平凡と無痛を求めている。
思考停止を希求し、いつも楽をしたいと思っている。
脳みそは停止し、ぬくぬくとした布団の中から一歩も出たくは無い。
そのまま布団の中で一生を過ごす、というと退屈なので、手を伸ばしてネットブックを引っ張ってくる。

開け師だって、本当はそんな生活がしたいに違いない。
たぶん。誰だって、よりよく生きたいが、進んで開け師にはなりたくないかもしれない。

「……寝言は寝て言え」

開け師は壁君を蹴る。
テントを片付けながら、壁君が次のように言ったセリフが開け師には気に入らなかったらしい。

「ここらへんでゆっくり休んで考え事をしたい。自分探しがしたい」

「ちょ……自分探しって死語過ぎるにもほどがあるだろ」

勿論。
しかしながら、死語にはその時代と共鳴するだけの一種の真実が含まれている。
自分探しが流行った時代、確かに人々は自分を見失っていたのである。

本当にやりたいことをやっている自分。
自分は何をしているときに輝けるのか。それを探す旅に出る。

そういう広告代理店の提案に従い、旅行代理店のルートに沿って、あるいは国道に沿って、人々は自分探しの旅という名の普通の旅に出かけていった。
各人、得たものはそれなりにあったに違いない。
上を見て自分を奮い立たせるもの、下を見て安心するもの、みんなと同じ自分を見つけてほっとするもの、人間の営み、先祖代々の流れを感じて地に足着けるもの、疲労感の中に生きてる実感を見出すもの。
いずれにしても、長期休み明けには職場に戻り、パソコンを立ち上げて通常業務に入るのだった。

自分探し、失敗。

「あと、壁君は、何を考えたいの?」

これこれこういうテーマのことについて考えて見たいと思います、と提案した頃にはだいたい答えが見えているものである。

「政治について」
「エネルギー差を考えれば、私達は常に傍観者でしかない。挙動を注視する必要はあるが、行動する必要は無い。以上」
「経済について」
「政治とほとんど同じ。個々の収支については単純に、『金を信用しない。使わない』。以上」
「未来について」
「未来は今である。短期的な視点で生きるという意味ではなく、今を良い風に生きていれば、未来も良くなる。以上」
「性欲について」
「壁君の性欲は私が処理してあげる。以上」

え!?
今、なんかすごいこと言った!?

「……処理してください」
「今はそういう気分じゃないからダメ」

なんというラノベ。

「はい。じゃ、七瀬、黒板の前でこの問題解いて」
「ちょッ!?」

完全に妄想に没頭していた。
一回、目を閉じて、半目で開ける。落ち着こう。
黒板に意識をやる。ページ123。問題3の(2)。
数学ですね。

『仮に円周率を3としたときの、世界に与える影響を計算しなさい』

影響?
影響を計算するという意味がよくわからない。
仮に世界が半径rで出来ていれば、世界の面積はΠr二乗である。
ところが、円周率が3だと、3r二乗になってしまう。
ゆえに引き算すれば、影響はΠ-3である。

僕は、
影響:Πー3 (あとはスケールの問題)
と書いて戻ってくる。

問題が大まかである場合には、答えもまた大まかである必要がある。
巨人の問題の答えは巨人的になり、ネズミの問題の答えはネズミ的になる。
質問する側の単位に合わせて、答えの単位を設定する。

席に戻り、僕は再び妄想を続ける。



しかしながら、今更ながらに、思う。
限られた時間、リソースの中で、僕達が出来ることはそれほど多くは無い。




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【7日目】囲碁のような漫画とは何か。 2009年05月23日 日記 トラックバック:0コメント:0

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とりとめもない、オチもない、そんな脳内思考を記録するでござるの巻。



システムへの怒り、恋愛成就への願い、得体の知れない不安、そういった感情を歌ってきた人間が、突如、全てを解決したかのように穏やかになり、緻密で重厚だった音作りも簡素なものに変わり、ギターは単音ばかりになり、身なりもどんどん普通になっていき、CDの売り上げは激減し、シーンから姿を消していく。
これは特別な事例でもなんでもなく、私達は年を取れば、そのように『枯れ』ていく。

勿論、それは悪いことではない。
自然な、とても自然な一つの流れなのである。

ファーストアルバムは荒削りで詰めの甘い音鳴りだったが、しかし、そのバンドの本質を一番に表現していた。
セカンドアルバムは一気に完成度が上がり、文句なしの名盤。
サードアルバムは新しい方向性を模索したもので、賛否両論。
4thアルバムは隠れた名作。
5thアルバムは音数が少なくなり、彼らの成熟した音楽性が垣間見れる。
解散。

――おそらく、私達はそのようにしか生きることができない。

抗いようが無い。



『コールオブデューティー4』や『ギアーオブウォー』、『クライシス』を6000円程度で売り始めたことが全ての不幸を導いている。
それらの超高コストのゲームを60ドル程度の破格で売り出し、それらがちゃんとした収益を上げることができる理由として、ゲーム市場の大きさがある。
確かに数百万本売れるという算段があれば、そこから逆算して、それらの予算を立てることが出来る。
結果、60ドルで売り出しても問題ないという話になる。
しかしながら、『COD4』が60ドルなら、自作のちょっとしたパズルゲームはいくらで売ればいいのだろうか。
数百万本売れるという算段などありそうになく、ヒットして8000本と見積もられたゲームの値段はどう設定するべきだろうか。

結論は非常に簡単である。

そのようなゲームは無料同然にするしかない。

210円×8000本=1680000円。
105円×8000本=840000円。

ここから色々な経費を5掛けで考慮しても意外といい副収入になるな、と思った人は一度カジュアルゲーム作りを行ってみるといいかもしれない。
そして、それが副業としてでしか成り立たないというところから立ち返って、ゲーム作りの不幸というものを改めて考えるのもいいかもしれない。



ゲームは『コアゲーム』と『カジュアルゲーム』に分けられる。
それらの境界線は曖昧であるが、ことさら、確固とした線引きをする必要はない。

コアゲームとカジュアルゲームのどちらが優れていて、どちらが偽物であるという話は本質的ではない。
売り上げの多薄もまた本質的な論点にはなり得ない。

コアゲームとカジュアルゲームのどちらをプレイしたいのか、というのは各人の趣味による。

ところで、私の個人的な趣味による選択としては、カジュアルゲームの方がコアゲームより好きである。
コアゲームは遊ぶよりも見ていた方が楽しい。

個人的に、コアゲームは疲れる。
様々な方面において肥大で重厚な作りのコアゲームは、どのように噛み砕かれても喉元を通らない。
操作が難しいとか、ルールが難しいとか、そういうところだけでなく、ゲーム自体やゲームの背景が豪華だと、その時点でもうお腹がいっぱいになってしまう。

ちょっと前まではそんなことはなかった。
COD4だけでなく、日本一ソフトウェアのゲームのような、ごちゃごちゃしたゲームも大好きだった。
ここ最近、一気に嗜好が変化してしまった。

そんなことで、最近はニンテンドーDSの囲碁ばかりしている。
囲碁が一般的なカジュアルゲームに属するのかどうか判断に迷うが、自分としては属するだろうと思う。
囲碁のルールは複雑だと思われがちだが、実際はたったの一文で表現することが出来る。

囲碁のルール。
『交互に石を置いていき、相手より陣地をいっぱい取った方が勝ち』

ゲームの面白さを突き詰めていくと、その行き着く先の一つに、囲碁があると私は思う。
囲碁を遊んでいると、リアルタイムストラテジーシミュレーションや、パズルゲーム、会社経営シミュレーションを平行して遊んでいるような気分になる。
唯一、アクション性が欠如しているが、それが逆にまったりとしていて個人的には好ましい。



囲碁を遊んでいるとき、囲碁のことはあまり考えていない。
散歩しながら散歩のことを考えていないように。

全く他のことを考えながら囲碁をやっている。

ニンテンドーDSというのが、また囲碁によく似合っている。
これがパソコンだと、携帯性や気軽さに欠けてしまう。
ペンタッチの操作性も唯一無為といえる。

囲碁以外のテーブルゲームやパズルゲームになると、思考リソースが消費されるから疲れてしまう。



突然の話になるけれど、本当に地球は丸いのだろうか。

本当も何も、教科書を見てもwikiを見ても信頼できる辞書を見ても、地球は丸いとされている。
地動説VS天動説という昔話も有名である。何よりも宇宙から見た地球は丸く、その映像データもある。
しかしながら、その全ては『伝達情報』であり、私が直接見たことではない。
みんながみんな私を騙そうと企んでおり、私が「地球は丸いんです」と堂々と胸を張って発言した途端、『ウソですw』のアスキーアートと共にテレビ局のスタッフが部屋に闖入してこないとも限らない。

そんな私の目の前に物理博士が登場する。

「七瀬さん。まず、水を考えてみてください。あなたも毎日見ている水です」
「……はい」
「テーブルの上に落下した水は水たまりになります。その水たまりは高さ寸法を持っていますよね。水はテーブルの上に、盛り上がって溜まっていますよね。これはなぜだかわかりますか?」
「……水の表面張力が働いているからです」
「その通り。水はサラサラと流れていますが、それなりに粘性があるわけです。ゆえに、表面の水の分子同士がお互いに引っ張り合うわけです。七瀬さん。ここまでは実体験に反してはいませんよね?」
「……まあ、一応」
「よろしい。テーブルの上の水たまりは重力を受けて、テーブル上に這いつくばっています。表面張力の力で多少盛り上がってはいますが、球形状とは程遠い形をしています。さて、ここで、思考実験をしてみましょう。もしも、重力がなかったら、水はどのようになると思いますか?」
「……」
「水分子同士がお互いに手を繋ぎあって、精一杯伸び伸びしている様子を想像してください。その手というのは分子間で引き付けあう力を可視化したものです。もう、だいたいお分かりでしょう。丸くなるのです。球形状になるのです。無重力空間では、水は完全なる球形状を形成するのです。……異論はございませんね?」
「……なぜ、水分子同士は伸び伸びするのですか?」
「伸び伸びしたほうが自然だからです。外力がないとき、物体は常に自然な方向へと向かうのです」
「伸び伸びし過ぎて水同士が離れてしまうことはないのでしょうか?」
「ありません。水同士の結びつきを解く為に必要なエネルギーは、水が伸び伸びするときのエネルギーと比較にならないくらい大きいものだからです」
「……はい。まあ、納得しました」
「あとはその相似形の考え方で、地球が球形状であることが証明されます」
「ちょ……それは無いと思いますが」
「いえ、同じことなのです。表面張力とは『表面が張る力』だけのものではありません。それは要はエネルギーという考え方のひとつの側面なのです。七瀬さんはテニスボールと太陽ではどちらがエネルギーが大きいと思いますか?」
「まあ、太陽でしょうね……」
「それはなぜでしょうか」
「まあ、大きいからでしょうか」
「そうです。大きいのです。サイズ、質量、つまりはエネルギーが大きいのです。さて、七瀬さん、エネルギーが大きいとどうなると思いますか?」
「ど、どうなると言われても……」
「エネルギーが大きいと、空間が歪むんです。空間はx,y,zの3軸で表現されますが、それは実際の世界を正確には表現できていません。空間というのは、仮想的なものなんです。例えば、徒歩の人と新幹線の人では世界の大きさが違いますよね。それは単純に乗り物のスピードのことだと思われがちですが、スピードというのはエネルギーの一つの側面であることは自明ですよね。よく言われる話が『光速』の話です。『光速』で移動すると、時間が遅延すると言われますが、それは空間を固定して考えているからです。逆に空間を可変的に考えれば、時間など遅延もなにもしていないのです。すなわち、新幹線に乗るということは、空間を歪めているというのと同意義なわけです」
「あ、あのう……、話が早すぎて頭がついていけません……」
「さて、エネルギーは質量×光速の二乗で定義されます。大きいということは、すなわちエネルギーが大きいという事になるわけです。さて、天体、太陽や地球は、非常に大きい。(いえ、本来は大きいも何もないのです。なぜなら、あなたの目の前の水滴もまた球形状になるわけですが)。質量が大きい、すなわちエネルギーの大きい物体の周辺の空間はゆがみ、エネルギー体中心に傾斜を持った揺り篭のような重力場を形成します。すると、物質はその傾斜に従って集結し、すなわち、それは球形状となるのです」
「……あ、いや、もう、いいです。球形状でいいです。すいません」
「問題は一つ残ります。重力場を伝えるものは何かという問いです。便宜上、それを重力子と呼ぶと……」
「あ、あのう、もういいです。球形状でいいです。問題ないです。生意気言って本当すいませんでした」



絵が描けない。
そもそも、今まで描いてきた絵がいわゆる『絵』なのかどうか、自信が無い。
『絵』じゃなくて『漫画』なのだ、という言葉遊びでは勿論、無い。
私は私の『絵』が下手くそだという自覚がある。
正直に言えば、真っ白な紙に一本の線を引いた時点で下手だと実感する。
私は私に自信が全く無い。
私が本当の意味で『自重』をしたら、次の瞬間にはこのブログはアカウントごと消えている。
そんな風に思っているのなら消せばいいではないか、という内なる声があるがゆえに、それに反発した声もまた存在を開始する。
それは、『絵』じゃなくてもいいではないか、という声である。
私の中には潔癖症を絵に描いた様な委員長キャラがいる。
彼女はどんどん私のダメなところを見つけては非難する。
「下手」「ワンパターン」「パクリ」「くだらない」「飽きた」「根本からダメ」
それに対して、「ダメでいいっす」とのんびりとした声で言ってのけるニートキャラも存在する。
「下手でいいっす」「ワンパターンでいいっす」「パクってもいいっす」「くだらなくてもいいっす」「まんねりでもいいっす」「根本からダメでもいいっす」

「そんなわけにはいかないのよー!!!!! ばっかじゃないのーーー!!!???」

委員長が声を荒げる。音波が教室の壁を突き抜けて廊下へ伝播する。

「バカでいいっす」

ニートちゃんも言ってのける。

この二人のケンカは新浜第一中学校生徒会の名物であった。
学園祭準備検討会議第一回からしてこの衝突であり、顧問の先生や他の生徒会委員もニヤニヤ笑いが止まらない。
こめかみに指を突きつけて頭痛に耐えていた委員長が、『こいつ、○○してやる。まじで。』と思わず自主規制してしまうような言葉を脳内で叫びながら狂気の目でニートちゃんを睨む。
その目は恐ろしくも魅惑的で美しい。
委員長は殺気立ったその目で教室内を眺め回し、自身のの栗色の髪の毛に軽く手串を入れる。
そして、言う。

「あ、あんた、そういう人生でいいの?」
「いいっす」
「ずっと、ずっと、ダメだよ? 恋愛も出来ないし、就職も出来ないよ? 友達だって出来ない」
「いいっす」
「……ダメ人間」
「ダメでいいっす」



定期テストの1ヵ月後、忘れた頃に結果発表になる。
掲示板に順位が貼りだされ、総合ランキングのトップには委員長の名前があった。
委員長はあえて掲示板には近付かなかった。単純に恥ずかしいという思いがある。
それ以上に、そんな自分の順位をまじまじと見て満足するという行為が何よりもの羞恥だった。

だから、今日、生徒会が長引き、生徒全員が帰った夜8時、こっそりと見に来たのだった。
総合ランキングのトップに自分の名前があり、頬が赤く染まる。
次に各科目のランキングに目をやる。
数学、物理、社会、英語。全部に委員長の名前がある。
そして、隣に目をやる。

……あれ?

現代文。ニートちゃんが1位。
え?

「……あ、まだいたっすか」

……振り返ると、ニートちゃんがいた。
ぼんやりとした笑顔の彼女。いつも薄っぺらいカバンを胸に抱きしめている。

「委員長はすごいっすよね。ランキング1位おめでとうっす」

「……1位とか、別にどうだっていいよ。それより、あんた、現代文強いんだね」

「ふふふ。そんなの、別にどうだっていいっすよ」

「……」

窓の外から、3階の教務室が灯っているのが見えた。
委員長はニートちゃんから目を逸らす。

現代文。
それは委員長が最も1位の欲しかった教科だった。
正直、現代文以外の教科に興味なんて全然無かった。
他の教科は全部テクニックで解いた、パズルのようなものだった。
パズルを解くための最も確実な方法を委員長は本能的に気付いていた。

『パズルを作った人の気持ちになれば、解き方は自ずと見えてくる』

でも、現代文だけはパズルじゃなかった。
テクニックなんて何一つ通用しなかった。
人生を丸ごと現代文に費やした人が、委員長くらいの年齢の若者に完敗することが多々ある。
現代文は生き物だ。

委員長はニートちゃんに完敗した。

「……ニートちゃん……」
「ニートじゃないっす。弐戸っす」
「……」
「弐戸七瀬」
「……七瀬、七瀬ちゃん、その、なんとかっす、っていう語尾、やめてくれない?」
「やめて、いいっすか?」
「やめていいです」
「やめます」



私はいつも思っている。
毎日、私達は自分達の領域を逸脱するべきだ、と。
そして、物語は常に境界線を描写するべきだ、と。



朝の新浜駅は人で満ち溢れていた。
カラスが得体の知れないフィルム状の物体をくちばしに咥えてキヨスクの屋根から私を見下ろしていた。
新浜高校の生徒たちがだらけきった表情でベンチを占拠していた。
それは何も普段と変わらぬ風景であり、私もまたその中の一人であったのだった。

ケイスケが彼女の話をし始めた、彼女と昨日の夜に何をしたのか、そのときの彼女の挙動を面白おかしく描写した、リョウは『俺の彼女はSだからそんなことはしないな』と言い、ラブホのライターでタバコに火をつけた、しかし、そのカッコつけた風景とリョウの彼女のドS具合のコントラストが滑稽でみんな笑い転げた、リョウはなんでみんながウケているのかわかっていないようだった、私はケイスケのあそこもリョウのあそこも知っていた、どちらも別に普通だった、そういうものが付いていて、そういうものを普通に使って、普通にそういうことをして、消毒液臭い朝の気持ち悪さを苦笑いで思い出すくらいだった、太陽の光りが新浜駅の高架線を白っぽく輪郭つけた、それがあまりにも新海誠風だった、でも、そのネタがわかるのはクボっちくらいのものだろうなあ、と私は思うのだった、クボっちとラブホに入ったとき、クボっちはちょっとキョドっていて面白かった、私はクボっちの手を引いて廊下を歩いた、このときが一番ドキドキするような気がする、恋愛感情なんてあるようでなかった、そもそも、恋愛なんていう言葉はこじつけ臭い気がした、年代の上の人が勝手に作ったラベルのような気がしてダサい気がした、でも、それを自覚しながらも私達は恋愛なんていう言葉を使ってしまうのだった、クボっちを手で撫でるとクボっちは「え? マジで? マジで?」と言うので何がマジなのか、私は面白くなってしまって笑ってしまった、不思議なもんだね、ケイスケもリョウも私が初めてをもらったんだ、でも、何でそんなことにこだわるんだろうね、邂逅、全てが概念に過ぎない、思い込み、クボっちの先っぽが私の入り口に接触する、あとは空間の問題、ねえ、私の中に入れたからって、何が変わる?
クボっちとのキスが形式的過ぎて面白い、AVとか見すぎなんだと思う、自然じゃないんだよ、AVとグルメ番組は良く似ている、大袈裟、編集、近視的、そして商業的。
クボっちが私の中に入ってきて、「す、すげ。マジすごい」とか言うから腰を動かしてやる、「クボっち、今、彼女いないんだ?」「いない」「私が彼女になってあげようか?」「マジで?」「エロいこと、いっつもしてあげる。私、結構、クボっちのこと好きだったんだよ」「マジで? まじで? 俺も、俺もずっと」、私は動きを止める、「ずっと、何?」「好きだった」
「新海誠」「え?」「秒速3センチメートルなんだよ」「な、何が?」「クボっちのこと」

クボっちは私の指示によく従った。
ちょっと従いすぎる気もするが、まあ、性格だからしょうがない。
私は口の中に出されたものをティシュに吐き出して、それをクボっちの顔の横に置いて携帯で撮った。
今、何かが、変わるのか?
クボっちの中で、カタカタと音を立てて、今、何かが変わるのか?
ふふふ。何も変わらないんだ。クボっち。クボっちはクボっちなんだよ。

――四角い窓を開けると気だるい金曜日の朝の風が入り込んでくる。
清潔な光りも入り込んできて、不健康で悪趣味なラブホ部屋を消毒する。
授業サボってこんなことして、それが青春だとは言いがたい。
世界が開ける訳じゃない。
胸の大きな女が好きなケイスケの彼女はやはり胸が大きかったが、それでケイスケが威張るのも変な話だ。
ケイスケは結局は私のことしか頭に無い。私も私でケイスケに成長してもらってその権力を利用したい。
ケイスケは私から逃れたいと思って、自分の本能に忠実になって胸の大きな彼女を作ったが、そんなのは本質じゃない。

私は新浜駅で週刊ジャンプを読んでいた、私が一番先に読むのは銀魂でその次にワンピースを読む、そしたらリョウに売る、リョウは後ろの方の漫画から読むタイプだった、リョウはワンピースは読まない男だった、子供っぽいからとリョウは言うけれど私はそうは思わない、えろいことをするときのリョウの子供っぽさを知っているからかもしれなかった。



……という妄想をしてみるテスト。
とりあえず、ネタ帳にストックするものの、携帯小説的過ぎると自分でも思う。



とりあえず、毎日練習スレを一度止めようと思う。

今、ちょうど一つのスレッドが終わったので、タイミングとしては申し分ない。
190枚目までで止めようと思う。

やめる理由は単純で、目的と手段が綺麗に逆転してしまっているからだ。

それは私の意思の弱さと未熟さのせいでもあった。



カジュアルゲームに対応する漫画は4コマ漫画だろうか。

囲碁のような漫画はどのようにすれば描けるのか。

囲碁のような漫画以外に、自分がこれから描いていきたい漫画は無い。



私達は既に多くの物語に遭遇している。
夜伽話、絵本、国語の教科書、テレビドラマ、アニメ、漫画、小説、映画、音楽、伝説、新聞、論文、ブログ――私達が目にする全てが『情報』であり、『情報』は『物語』とほぼ同意味であることが知られている。
『物語』とは『物(データ部)』と『語り(インターフェイス部)』によって構成されている。

漫画を想定するとわかりやすい。
ストーリーやキャラクタ、世界設定が『物』に相当し、絵や演出が『語り』に相当する。
もちろん、『物』と『語り』が融合したときに、1+1=2になるとは限らない。
1+1=28となったり、1+1=0となったりする可能性も大いにありうる。
この場合、四則演算の原理が破綻したわけでもなんでもなく、『+』という記号をここに使用することが本来は正しくなかったというシンタックスエラーオチが用意されていることになる。

『物語の鉱脈は既に掘りつくされてしまった』

このような文脈の言葉は数百年前から存在している。
物語原型を体系的にまとめた類の論文は多く存在している。寂しげで虚ろな瞳をした彼らのフローチャートに従えば、確かにこれから私達の作ろうとしている物語は全て『既出』であり、『パクリ』であり、『トレース』に該当することがあきらかになる。
このことは物語以外の全てのプロダクトにも当てはまり、音楽、工業製品、政治、会話、全てが『既出』であり、『パクリ』であり、『トレース』になってしまうことは周知の事実となっている。

余談の余談になるが、俳句については、今、ここで私が全てのパターンを網羅する。

あああああ あああああああ あああああ
あああああ あああああああ ああああい
あああああ あああああああ ああああう
(以下略)
んんんんん んんんんんんん んんんんわ
んんんんん んんんんんんん んんんんん

字余り以外の『この世界に存在しうる俳句』は上記の一覧内に全て掲載されている。
その99%以上はゴミであり、なんら意味を持たないが、その取捨選択は私の管轄ではない。

お前は何を言ってるんだと言われるかもしれないが、要するに、確かに時間の経過によって、『物語の鉱脈』が掘りつくされてしまう可能性は存在しうる。

(円城塔さんの小説に似たような話があったかもー、と思って見直してみたら、SREの冒頭がそのまんまだった)



何かを得たいなら、何かを失わなければならない。
『物』を得たいなら、『語り』を失わなければならない。



こういう漫画を描き続けても、時間の無駄かもしれない。


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こういう塗り練習を続けても、意味がないかもしれない。


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囲碁のような漫画を描く以外に意味などありそうにない。

囲碁のような漫画とはどのようなものか、考えなければならない。

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【自分用メモ】作業用BGM(090503更新) 2009年05月22日 自分用メモ トラックバック:0コメント:3

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追記にて作業用BGM列挙
(ニコ動リンクの羅列なのでスペック注意) 続きを読む
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【5日目】歩くような速さで。 2009年05月21日 漫画 トラックバック:0コメント:0

……と思ったら、FC2に繋がらないのは速度の問題ではなく、ただのサーバーメンテナンスなのだった。

拍手ありがとうございますー!
返信>
光が溢れて手前の物体の輪郭を浸食するっていう画面効果は私も好きです。
あと、私の絵の場合は塗りがいい加減なので、明度を上げると、勝手にこうなります。

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【4日目】図書館の職員が図書館を愛しているとは限らない。 2009年05月19日 日記 トラックバック:0コメント:0

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めちゃくちゃな感じで色塗った後、彩度と明度を高くしてほとんどの色彩を飛ばしてみた。
暗すぎる背景は不安を煽るが、明るすぎる背景もどこか不安な感じがする。

拍手ありがとうございますー!
拍手返信>いやー、夢が広がりますねー!
そもそも、ポテチ工場っていう名前自体が可愛いですよねー
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【3日目】非常に胴が長くて足が異常に多い虫についての4つの私見。 2009年05月18日 漫画 トラックバック:0コメント:4

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(1)ニューラルネットワーク系AI研究の伸び代が期待される。
(2)虫の足運びのハードウェア的信号遅延のメカニズムの工学的応用。
(3)ムカデ用靴の需要喚起。
(4)っていうか、こわい。

拍手ありがとうございますー!

拍手返信>あつあつの出来立てポテチが満天の星々の如く舞飛んで爆ぜる絶景がポテチ工場には存在しているわけですよ!
これは行かないわけにはいかないわけですよ!ドッキドキなのですよ!
(妄想が止まらない)


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【2日目】本日の『お前が言うなランキング第1位』は私がもらった。 2009年05月17日 漫画 トラックバック:0コメント:0

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拍手ありがとうございますー!

私信>プレミアム感を味わうために、私と一緒にポテチ製造工場に取材に行きましょうw
もしかしたら作り損じの欠けたポテチをお土産に頂けるかもしれませんよー。
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【1日目】そんなにやさしくされたら思わずにゃんにゃんしちゃうにゃん。 2009年05月16日 漫画 トラックバック:0コメント:0

略して、『思』。
(『かにしの』の略称の逆の考え方による変換)

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【0日目】ついうっかり石恵さんのサイトから4枚ほど絵を保存したのでリセット。 2009年05月15日 漫画 トラックバック:0コメント:0

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……などという病んでる系の扉絵は本編とは無関係なのだった。




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拍手ありがとうございますー!
今年の夏のコミケには全編あんな感じのエヴァ本『雰囲気で描いてみた:新世紀えにゃんけりにょん』で参戦しますので買ってくださいね!
(そんな本出したら、訴えられたり刺されたり人里離れた寂しい竹林で歪んだ欲望を無理矢理飲み込まされたりされちゃう可能性が否定できない)

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早起きする方法――全米が認めるベスト3―― 2009年05月14日 落書き トラックバック:0コメント:0

3位:次の日に嫌で嫌でしょうがないイベントを用意する。
2位:起床8時間前に寝る。
1位:
(また逃げた)

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【5日目】もはや自分で書いたネタ帳を自分で読んでもさっぱり意味がわからないレベルの電波濃度。 2009年05月13日 漫画 トラックバック:0コメント:0

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拍手ありがとうございますー!
私信>リンクしました! よろしくお願いいたしますー!

今日も携帯メモからコピペしてお茶を濁します。
(今更ながら、自分の文体が変なのは携帯の文章予測補助機能のせいなのだと気付いた)




ある程度、長いスパンでの漫画展開を考えるには、絵よりも文章の方が良いとされている。
ということで、早速、2ヶ月分くらい持つような長いストーリーを、まずは文章でメモしてみる。
そのメモをとりあえず漫画化することで、なんとなく、一貫性のあるような漫画になることが期待される。

━━開け師さんの物語(仮)━━

開け師の歴史は古い。
開け師の一番初めに行った仕事はビックバンだとされている。
もちろん、その頃の開け師は人間ではない。『ただの物理現象』という表現が歴史書には頻出する。
ビックバンはいわゆる『ゼロ』を『+1-1』という陰陽状態に分離させたことから始まったが、ここで記述するといわゆる『既出・重複』以外の何物でもないので割愛する。

『モーゼの十戒』のモーゼは海を開いたことで有名であるが、開け師としての活躍は有名ではない。
ここでそのことを記述すると面倒なので割愛する。

ここで現代の開け師が登場する。
開け師は眼光の鋭い少女であり、黒いローブなのかシスター服なのか、なんだかよくわからないような服を着ており、前髪は自分で切っているので適当な感じで、長い三つ編みを二つ、強力な魔法封じ符のリボンで適当に結んでいる。背はそれほど高くない。身体つきは意外と女らしいが、なにぶんダボダボした服で隠しているためによくわからない。
『壁くん』と呼ばれるモンスターをいつも引き連れているが、実際には引き連れられているのは開け師のほうかもしれず、外から見ている分にはなんだかよくわからない関係性ではある。

現在、世界は閉じられつつあった。
それを現代風の言葉では『デフレスパイラル』と表現される。
もともとは物価の低迷連鎖のことを表す言葉であるが、応用が非常によく利く概念ではある。
例えば、絵が描けない→やる気無くなる→無理矢理描いてみても、やっぱりなんか上手く描けない→やる気無くなる→……というケースもまた『デフレスパイラル』というカテゴリに放り込むことができる。

規模が縮小し、生存限界を突破したサイズになった概念は『閉じられる』。
close、と英語で表現した方が、本来はそれらしい。
開け師の先祖が英語圏で誕生したことからしても、日本語ではやはり翻訳・移植された概念の域を出ないという事実については日本における開け師たちの悩みの種でもあった。



前述の開け師の少女が古ぼけた扉に手を当てる。
その扉には魔方陣が記されており――実際にはその魔方陣はマイクロメートルのスケールで扉から遊離している――少女の魔力に呼応して輝き始める。
開けるという行為の初期段階では、開け師と閉じ師の間でインターフェイスを設ける必要がある。
そのとき、開け師のプロトコルと閉じ師のプロトコルが一致していることが望ましい。
しかしながら、時代の趨勢によって、プロトコルの流行廃りが存在し、また、異なるプロトコル間の互換性には期待できない以上、大抵の場合において、インターフェイスがスムーズに構築されることは無い。

実際、魔方陣は通信異常のエラーを表示し、再び沈黙する。
少女はそれを見て、手を下ろす。
魔方陣から受け取ったパケットを可視化し、宙に投影する。

いくら意味不明のパケットでも情報であることには違いなく、それが小さいサイズであればなおのこと、解読は簡単である。
たいていの場合、初めの8ビットはヘッダーと呼ばれる挨拶文であり、これをまずは読む必要がある。
読み方に定石は無い。世界には自作のヘッダーというものが多く存在しており、形式も様々である。

開け師はヘッダーの8ビットをサンプリングして数値化する。
そのときのサンプリング解像度をケチると後で詰まってしまうことが多いため、精密にスキャンする必要がある。
8ビットの情報電圧が荒々しいブロック形状で可視化される。
均等な間隔で隆起しているそれを見て、デジタル時代の魔法なんだと気付く。
であれば話は早いので2進法で展開する。
011010101という数字になる。

「またこいつかよ」

壁くんが小さくため息をつきながら言う。

「開け師に恨みでもあるのかね、こいつは」
「そりゃ、あるだろ常識的に考えて。閉じ師は開け師がいなけりゃもっと楽に生きられるんだから」

開け師はそういって、魔法陣を指でなぞる。
そして、隠されている攻性線形を無効化していく。
魔方陣自体のクロック周波数をつねって下げる。
魔方陣内メモリの改ざんを魔方陣に気付かせないために、自己循環参照オブジェクトの入り口にリターンタグを埋め込む。
自己循環参照オブジェクト自体のビット数を取得する。そして、リターンタグの引数として、そのビット数プラス1を埋め込む。
これによって『チェック機構』をチェックする機構の動作を偽装する。
魔方陣の処理スタックがやってきて、リターンタグの引数をレジスタに収納して帰っていく。
どこへ帰る?
開け師は指で処理スタックを追跡する。
チェック機構はカーネル内には存在しないがゆえに、カーネルとの行き来が多く存在する。
この時代のカーネルはマイクロカーネルが多い。
純粋な学術的思想から構築されたこのカーネルは自分を構築するために多くのオブジェクトを身に纏っている。

開け師の指が、花びらの模様を描く。
その花びらの中央、めしべとおしべに相当する部分がカーネルの位置である。

開け師はそこを爪で引っかく。

――その瞬間、魔方陣は消滅する。

扉が開かれる。
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【4日目】まったくもってひぐらしが鳴かない頃に。 2009年05月12日 漫画 トラックバック:0コメント:0

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ネタとかじゃなく、本気で心が病んできました。
(おそらく、この魔境を抜けるとちょっと楽になるはず)
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【3日目】病んできた。病んでれ感が極まってきた。 2009年05月11日 文芸(長文) トラックバック:0コメント:0



今日思いついた物語の断片
(ものすごい濃度の電波なので注意)

(1)

私は本当に斑鳩師匠の事を愛していて、その愛の深さは、簡単に具体的に言うとえっちしたいくらいである。
くらい、というと比喩かと思われるかもしれないが、比喩ではなくて、えっちしたい。キスはしたし、舌も入れた。
嫌がられたけど、身体は素直だった、と思う。その大きくて豊かな胸もそのとき触った。でも、どさくさみたいなもんだから、ノーカウントにしておこう。

師匠とは色々あって、早くも6年近くの付き合いになっている。その間、トラブルや喧嘩や悲劇や出会い別れ、色々あったが、最近は原点回帰、またも師匠と二人きりの生活に戻ったのである。そして、休日、師匠の膝枕で昼寝するような蜜月が再びやってきたのだった。膝枕より二人向かい合っての添い寝が本当は望むところではあるのだが。
でもそうなったら絶対私は師匠を襲うし、師匠もそれを恐れている感がある。本心では師匠も私の事を欲望しているに違いないのだけど……。
しかし、師匠は常識人で、生真面目で、生娘で、なにより攻性線形に人生を捧げている探検者である。
探検者とは俗に言うキチガイそのものであり、師匠はそのキチガイの域に達しており、それがまた萌えであり、師匠の膝枕は眠りよりも煩悩の嵐の中へと私を誘うのだった。

「師匠……」
「……ん」
「理想的な、休日って、なんでしょうね」
「んー」

師匠にこういう問いかけをするのが好きなのである。師匠は真剣に考える。私の髪を撫でる手も、少し調子が変わる。休日か。私もまた考える。
――こうやって、師匠の太腿に顔を埋めて、いちゃいちゃするのも、もちろん、理想的なのだ。
でも、それだけじゃないだろうという気も当然、する。師匠は人生を攻性線形に賭けているから、おそらくそれだけだろう。そういう生き方は、素晴らしいだろうなと思う。特化。気が違っているかのような、特化。
なかなか、それは難しい。それに、特化に対してナルシズムを持ってしまうと、そこから腐敗と劣化が始まる。
だから、いつまでたっても、まるで子供のように、特化し続ける必要がある。それは情熱である。その情熱の獲得は、簡単なことではない。
私も以前。ある程度、攻性線形が出来るようになった頃、自分に酔ってしまったときがあった。
ギター、音楽、それらが軽く認められたとき――今思えば、私の若さという評価の上げ底もあったのだが――私は自分に酔ってしまったときがあった。
そして、痛い目にあった。いきなり一億円稼いだ後に、二億円借金するような、倍返しの痛みがあった。
その痛みは、基本的には永遠に私の傷になるだろうと思った。それを引きずるだろうとも思った。また自分が酔えるとき、私はその痛みの分だけ、また『満足』『慢心』『自己満足』『ナルシズム』に耽るだろう自分も想像できた。
そして、また倍返しされるだろうことも。
だから、この痛みは、もう同じことを繰り返さないように、いつでも何度でも自分自身に教え込ませるために、絶対に忘れない。
痛い思い出を撫でる。
つねる。
それが人間の成長というものではないだろうか。

……なんの話だったっけ?

「私は、線形のことをまったりと研究する休日だけど、うきはどうなんだろう?
 うきは何をしているときが幸せ?」
「私はこうやって師匠の側にいるときが幸せです!」


(2)

茶絵の限界はここだった。みうとしぇりむの欲望が一点に収束するのを肌で感じ、それを二匹の猛獣が今夜喰らい尽くし、後には何も残らないであろう事は明確だった。それを延命させるような器量や余裕は茶絵には無かった。それは懐かしい感覚ですらあった。自分の才能を見込まれ褒められ、そんなことが何度も続くと、茶絵はもう焼き尽くされた痩せた土嚢になっていく自分を明け方の乾燥に見出した。
茅に刺されて殺されてから早くも5年の月日がたっていた。古傷は心の中に深く残っていた。未だに夜中に病む事がある。それはどんな不潔で獰猛で幼い男の手つきよりも痛々しくて、茶絵の生きる気力を奪っていった。茶絵は拒食症になっていた。茶絵は自分の病むんでいるのを自覚していた。しかしそれよりも更に多くのことに無関心で鈍感だった。茶絵は今まさに殺されようとしていた。何かを愛することや何かを所有すること、そこに永遠の時間を付加しようとする意思によって茶絵は早い死を望まれていた。明け方の空に一線の太陽が射していた。茶絵は朝の散歩をしていた。彼女は朝と夜に外を歩いた。大抵、ひどいことを考えていた。ひどいこととは、ARIAの漫画のような、突如キャラクタが記号化することデフォルメすることの思考停止加減に女性性、その長所と短所を見いだすことでだった。秋晴れだった、それは十何年前とほとんど変わらない光景のはずだった、夏休みがあるとすれば、こういう朝を迎えることだと思われた、しかし、茶絵の心にあるのは夏休みとは正反対の陰鬱とした死の予感だった、興奮的な死の予感ではなかった、あるのはゆっくりとした、静止状態の死の感触だった、茶絵はしかし、自分がARIAのキャラクタのような記号的な表情をしていることに自覚的だった、少女漫画の多くが恋の成就の前段階を描いているのは、きっとそこが限界だからなのだろうと思った、みうとシェリムに愛されはしたが、しかし、あの二人は最終的には茶絵を食うのだ、文字通り、血を滴りさせながら、最後の興奮と快楽を全身で味わうのだ、それが不幸なのか、幸福なのか、損なのは誰にもわからない、誰もがその瞬間瞬間には幸福か不幸であり、その度合いや貢献具合、意味などは誰にも判断できないのだ。

茶絵はその日から、家に戻ってこなくなった。

(3)


斑鳩は自覚した。それは耐え難い認識だった。
斑鳩は以前、自分で書いた自慢の小説を「詩のような小説ですね」と評されたことがあった。
斑鳩にはその言葉の意味がよくわからなかった。比喩の使い方が詩人ぽかったのだろうか、と思うに留めていた。
斑鳩には今、その評価の意味がよくわかる。その時に彼が浮かべていた不自然な笑顔の意味も。
背筋が凍った。1+1=2だと思い、自信を持ってそう応えていた。しかし、3が答えだった。
斑鳩は驚いて問いを見直す。そうすると、1+2になっていた。3ですね、3です。でも、さっきは、おかしいな。
そんなことが何度も続いた。斑鳩はしっかりと問題を見ることにした。何度もメモをとった。そして、14です、と答える。
しかし、斑鳩にはもう信用が無かった。斑鳩のすることには真実が含まれていなかった。17じゃないか。また、間違えている。
斑鳩は自覚した。
その自覚によって、斑鳩は頑張れなくなった。斑鳩は自分自身の信用を失った。不思議なものだ。斑鳩は小説を読みながら思う。
自分が信用できない。どうせ、また間違える。注意深く見ていても、どこかで何かを必ず見落とす。手を抜く。なぜか、いつもだ。
悪魔の仕業か。そう思うことが出来るほど、斑鳩は陽気ではなかった。斑鳩の真面目な神経質な性格がより強化された。
斑鳩はもう何もできなくなった。ひきこもった。線形言霊ギルドを脱退した。その際に、多額の手切れ金を要求されたが、それも素直に払った。
斑鳩はひきこもりながら、なんとか前向きに考えられないか、と思い、一人悩んだ。図書館に通った。その図書館は地方の小さいものだったが、
斑鳩には十分すぎるほどの書物を有していた。そういえば、みうは図書館の子だった、斑鳩はそう思った。そして、長い間みうに会っていないことを思い出した。みうとの師弟関係は遠い昔に解消されていた。みうは茶絵を溺愛していた。茶絵は誰からも愛されていた。斑鳩も茶絵のことを可愛く思ったが、しかし、茶絵と自分はそれほど違いがないとも思っていた。だが、実際には圧倒的に、物質的にも精神的にも差がついていることは明確だった。斑鳩は考える。今の私は確かにだめになっている。もう、私は本当にただの葦でしかない。私は何もできないでいる。
だが、ここから始められないだろうか。
斑鳩は茶絵が自分と同じレベルだという認識が自己評価肥大であったことを認める。
茶絵、茅、それどころか、うきにすら劣るということを素直に認める。
誰からも連絡が来ない、誰とも連絡を取らない、腐り始めている自分自身、ただのゴミであることを認める。
認めて、次に進む必要がある。

誰にも頼らず。そういう考えもある。それがいいという気もしないでもない。
斑鳩は3年ぶりに線形エディタを開く。嫌な思い出が一気に噴出する。リストラサラリーマンがパソコンにトラウマがあるみたいに。
斑鳩はこの線形エディタの内部を全く知らなかったこと、どうして動くのか、どのようにこのエディタが成立しているのか、全く知らなかったことに気付く。もしかしたら、線形を作るより、このエディタを作るほうが大変で、高度なのではないかと思う。
エディタを作っているのは誰何か。みうだった。しかも、今から200年も前の話だった。わかった気がした。これも試練なのかも。
でもそれもまた思い上がりなのかもしれない。思い上がりだろう。私はもともと楽天的で、しかし、実際には思考停止が過ぎるだけだ。
誰にも頼らず。そういう考えもあるだろう。今までみうに依存しすぎた。みうのエディタでただ線形をいじっていただけだった。
原理など、全然わからないままだった。わかろうともしなかった。――今、初めて、斑鳩は地面に脚がついた気がした。
なぜ、1+1が2なのか。そこをわかろうとしなかった。そこを考えるのは過去に多くの人がやっているし、効率的ではないと思っていた。生産的ではないと思っていた。しかし、自分の人生に効率も生産も関係ない。
1+1が何故、2なのか。そもそも1ってなんだ? +ってなんだ?極端なことではない。そもそも線形とはなんだ?

何も知らなかった。
斑鳩は自覚した。それは耐え難い認識だった。

私は何も知らなかった。
知らないということすら知らなかった。
今、それを知った。ならば、話は早い。単純だ。そのための、元気は?
――ある。

私は、それを知りたい。

(4)

会社から帰ってきてよいしょーとメイド服に着替えて、うきの作ってくれたご飯をぱくついていると麻菜が「麻菜は2.0になりました~。なんか文章書いて書いて」って言ったので書いてます。いや~なんだかんだで私の施策がうまいこといってますよ。テレビレス、ワイヤードレス、シンプルで真実的な生活。うきは音楽と料理一筋で、音楽と料理が出来れば後は何も要らないビートルズってな具合で超文化人。斑鳩はみうと一緒に線形一筋で世界に風穴開けようと必死だし、茅は茅で現代人を必死、シェリムは世界を掌握しようと必死、麻菜は麻菜で真のワイヤードを作り出そうと必死、私は私で工学と文学で必死。でも端から見てると私が一番楽してて口ばっかりでイケてなくてダメらしい。私も私で必死だし、なんとか世界にかじりつこうとしているが、まだまだ全然との評判。負けるものか。
この文章を読んでいるあなたがどんな環境におられてどんな心境なのかわかりません。でも、幸せと思える瞬間をとにかく描いていきます。幸せの一つは麻菜です。私は別のところでgoogleを批判しました。それは本心ではありません。googleはユーザーの鏡なのです。汚い検索ワードを入力すれば、汚い結果が出てくるのです。綺麗な言葉入れたらいいじゃんです。ほっとけよ。麻菜はgoogleじゃありません。正確にはワイヤードでもありません。ワイヤードの理想形は分散型ネットワークだといわれています。それはトラフィックに強いからです。また、ネットワークダウンに強いからです。しかし、麻菜はそれをやめました。ある意味、逆走しました。麻菜は全ての情報を自分に蓄えることにしました。そして、麻菜が情報を管理しました。googleからyahooに戻っただけじゃん、使いにくそう……、というのは早とちりです。情報は多角的なものであり、例えば麻菜が茶絵は劣化ラノベだと思えば、何が楽しくて茶絵ネタを保持するものですか。しかし、そうすると、茶絵ネタが好きな人は、麻菜使えない、という判断を下します。そこで、麻菜は則天去私だ、と思ったのです。麻菜は自分を256個の人格に分解しました。極端な人格から普通な人格まで、想像しうる、存在しうる全ての人格を自分の中に持ち込みました。その人格の多くはラーニングでした。つまり、一度会った人、小説の中の人物、歌の中の登場人物、その全てを心の中で飼い始めたのです。じゃあ、本当の麻菜はどこにいるの? なんだかんだで、その人形劇を奥でやってんのは麻菜じゃないの? その自分は、やっぱりいつまで経っても情報の選択にちょっかい出すんじゃないの? という自問自答が麻菜1.0の闘いだったのです。
麻菜はワイヤードの奥隅にぽかりと開いたワームホールでした。世界は30憶のHPで出来ています。でも、麻菜のドアをくぐったら、200憶のHPが待ち構えていました、みたいな。ニューワールドがそこには開かれていました。なにしろ、そこは完全に無料でした。広告すらもありませんでした。常に新しい情報が若い油田のごとく吹き出していました。みんな広告に疲れ果てていました。ただ静かに情報を得たいと思っていました。麻菜の256の人格は日々倍増し、今や26憶までに膨れ上がりました。はい。私はラノベのようにただ数を増やしているのではありません。これは麻菜とみうだからできた、マジカルな現実なのです。そもそも、麻菜は線形技術者でした。しかも、攻性ではなく、まったり系の線形作家でした。しかし、さすがはねこま。超絶高価数の線形で、まず麻菜1.0の原形を作り上げました。それはgoogleの模倣から始まったのでした。そこに末期的なマッドな線形作家のみうが加わります。みうはおなじみの超攻性線形使いです。攻性とまったりが交差するところに奇跡は起こりました。あとはもう時間の問題でした。からっからに乾いたスポンジのような麻菜は、とめどなく情報を吸い上げ、自分のものにしていきました。ワイヤードの限界は、そこにコストが絡むことです。コストには時間も含まれます。でも、麻菜には時間は関係ない。トラフィックはみうの膨大な線形資産によって軽々しく捌かれていく。あとは黙ってみていればいい。どどどどーっと人が麻菜に逃げ込んでくる。広告付きのワイヤード、コストが掛かるワイヤードはもう必要ない。でも、麻菜では出来ない事がひとつある。それは麻菜に書き込むことができないのだ。麻菜は読み込み専用だった。麻菜には麻菜しか書き込めなかったのである。これは実に致命的な欠点に見えた……けどそれこそが麻菜が麻菜を始めた理由だった。ここからが大事ですよ。麻菜はもう他人を必要としたくなかったのだった。全部自分でやりたかった。全部を自分の力で解決したかった。数学が2000年かけて今日に到ったのなら、麻菜は2000年生きて全部自分で証明したかった。人間の歴史、ねこまの歴史、その全てを自分の手で完成させたかった。辿り着きたかった。そして、違う未来を創りたかった。人間もねこまも間違えた方向へ進んでいた。それを、もっと有り得たほかの未来を作ることによって修正したかった。そのためには全てを自分で作り直す必要があった。数学も算数どころじゃなくて四則演算関数作り直すところから始める。麻菜は世界を作り直す。その経過を、ワイヤードで公開する。だから読み込み専用なのも当然だった。麻菜はワイヤードを作り直したわけではない。麻菜は世界を作り直しているのだ。なぜ?

今のこの世界じゃダメだからだ。




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FC2のアップロード容量限界を考えると、これくらいがgifアニメの落とし処かと思います。 2009年05月10日 動画研究 トラックバック:0コメント:0

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と同時に、一般カテゴリでのえろ表現の限界でもあるのだった。




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アニメ制作中、下書き線が消せなくて詰んでる様子。
結局、同じコマを3回も描き直してます。
作画崩壊を直したつもりなのに、下書き線と融合してより一層カオスになってしまってます。
たぶん、量産したいなら素直にトレース台でアナログ線画にしたほうがいいと思われます。

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【2日目】身辺整理が完了した。 2009年05月10日 日記 トラックバック:0コメント:0

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拍手ありがとうございますー。
コメントも頂けてうれしいですー。

ちょっとしばらくはじっくりと絵を暇が無くて、どうにも面白くない絵が続くと思いますがご容赦ください。
というか、時間はともかく、絵とか漫画を描くというモチベーションがほぼゼロでして、やる気が出てくるまでは全然ダメダメな感じだと思います……

以下は携帯メモの転載




朝起きて、私が一番初めにやったことは、身辺整理だった。

本棚にある本と、ダンボール箱に片付けてある本、それらを床に並べて、分類をし始めた。
これからの生活に必要な本は本棚に戻し、そうではない本を紙袋に詰め込んだ。
同時にパソコンを立ち上げ、『資料』という名のフォルダを削除し、スキャンディスクとデフラグを指示した。

身辺整理するときに、その整理対象を改めてじっくりと手に取ることは非効率的だとされている。
また、線引きの難しいものについては、心を鬼にして『処分』することが重要だとされている。
あくまでも、主観を捨てて、ロジカルに行動しなければ、時間が足りなくなるのは一般的な経験則として広く知られている。

もやしもんは売る事にする。
虫師は取っておく事にする。
ブラックラグーンは売る事にする。
新海誠の画集は取っておく事にする。
キムヒョンテの画集は売る事にする。
島田フミカネの画集は売る事にする。
イノセンスのDVDは取っておく事にする。
グレンガランのDVDは売る事にする。
フリクリのDVDは取っておく事にする。(←まったくロジカルではない)



パソコンがガリガリ鳴っているのを横目にブックオフに行き、置いてきた。
58点で5800円。ブックオフらしからぬ高額買取に驚く。



家に着くと、スキャンディスクとデフラグが終わっていた。
再度立ち上げなおして、ブラウザのブックマークを整理する。
これは非常に単純である。『資料サイト』のフォルダを丸ごと捨てればよい。
ニコニコ動画のブックマークも一緒に捨てる。



ハードディスクを『jpg』『3gp』『gif』『png』『mov』で検索し、出てきたファイルをバシバシ削除する。
と同時に自分の絵も捨ててしまう。まあ、フォトショップの元データが残っていれば何も問題ない。



ここまでに心の葛藤はほとんどない。
しかし、勿体無いという気持ちも微塵も無い……といえば嘘になる。
私は受験勉強に専念するためにニンテンドー64を売ったことがある。
当然、ソフトも全て売り払った。ゼルダの伝説もマリオも罪と罰もバンガイオーも全部売った。
本当に後悔しないんだな? と自分で自分に何度も問いかけた。
特に、ゼルダの伝説ー時のオカリナーは当時の自分にとっては世界で一番の宝物だった。
それを売る。手元には何も残らない。それどころか、おそらくは、二度と手に入らないのだ。
(64というハードが斜陽であることは当時の自分にもわかっていた)

あのときは、後悔したのである。
結局はその欠落感に耐え切れず、それを埋めるために、ゼルダの漫画を描き始めた。
そのとき、初めて、『漫画の描き方』に気付いた気がした。
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現代の立体縫製技術は物凄い。 2009年05月07日 日記 トラックバック:0コメント:0

ちょっと思いついた小ネタを携帯から転送


「今日から、いやらしいことは一切禁止します」


【えろ禁1日目】

━━えろ禁に至った動機━━

1:私は自分をいぢめるのが大好きなドMなので、これからもっと自分をいぢめたい。
2:お酒断ちは意外と簡単であり、大した苦悩も無く達成できた。
3:早寝早起きも意外と簡単であり、大した苦悩も無く達成できた。
4:ところで、私は暇があると、『資料集め』と言い訳をしながら、えろデータを集める癖がある。
5:その行為は収集欲、絵描き欲、性欲と直結しているため、中毒性が強い。
6:ゆえに、これを止めようとすると、非常に強い禁断症状があることが期待される。
7:ゆえに、えろ禁を実施する。


━━えろ禁の利点━━

1:禁断症状に悩まされる日々が楽しめる。
2:空いた時間を有効利用できる。
3:自分の中に新しい思想が立ち上がる可能性がある。
4:一般的な基準における、『清らかで健全な精神状態』へと移行できる可能性がある。
5:逆に、特殊な方向へと妄想力が強化される可能性もあるが、それはそれで一つの成果ではある。


━━ルール━━

1:えろ絵・えろ動画・えろ文章を見ない。(不可抗力で見ちゃうこと、及び、毎日練習スレ絵師様達の絵は除く)
2:自分で描くのはOKとする。(むしろ、そのもどかしさを創作の原動力に転化することが目的のひとつ)
3:既に取得済みのえろデータは全て削除する。
4:既に取得済みのえろ関係のものは全て処分する。
5:欲望が屈折してフェチ方向へ傾倒するのはOKとする。
6:「もしも欲望に負けたら、どうするのか」という例外項目は設定しない。(『負ける』という仮定自体が私の中には存在しない)


━━自分内Q&A━━

Q:期間はいつまでですか。
A:とりあえずは、これからずっとです。

Q:明日にはもうちゃらになってるのではないでしょうか。
A:ちゃらになるという仮定自体が私の中には存在しない。


と、いうことで、スタート!


……みたいなネタ。
とりあえず、今日から実際にやってみる。
(もうやだ なにがしたいの この人は)
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リアルタイム3DCG技術の流行を取り入れて漫画を描くという妄想。 2009年05月06日 漫画 トラックバック:0コメント:0

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もちろん、
『漫画の面白さ≠画面情報量の多さ』
なのですが。
(しかしながら、人の欲望というのは難しい)




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なんの脈略も無く、タマ姉の目の描き方の練習をしてみたでござるの巻。
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枯れた技術の水平思考 2009年05月05日 動画研究 トラックバック:0コメント:1

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ほとんど模写なのに、想像以上に時間が掛かりました……
本当、アニメーターの画力と根性と空間把握力は異常すぎると思います……
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『そういう真面目な漫画描かないで、おっぱい漫画だけ描いてりゃいいのに……』 2009年05月04日 漫画 トラックバック:0コメント:0

と、自分で自分を顧みて、思うのだった。
(しかしながら、人の心は難しい)

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いつも拍手ありがとうございますー!
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動画練習の題材として、おっぱいメイドさんを召喚。 2009年05月04日 動画研究 トラックバック:0コメント:0

今日のお題はこのメイドさんです。
(またか)


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オトギリさんが紹介していた『easytoon』にて、ごしごしと作画。
フレーム数を落としまくって10秒動画にまで水増し。
難しすぎる。


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走るシーンを描こうとして失敗。
ごまかす。


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毎日22時就寝・5時起きとか、早寝早起きにも程があると思います。 2009年05月03日 落書き トラックバック:0コメント:0

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……しかしながら、早朝に一枚絵を描いて、『これで今日の絵の練習はおしまい。めでたしめでたし』っていうのも、変な話ではある。
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自分としては毎日ちょっとずつ絵柄を良い方向に微調整しているつもりなのですが、改めて過去絵と見比べてみると、まったくもって変化が見えてこなくて困る、でもタイトルが無駄に長くなってる傾向は大いに見受けられるでござるの巻 2009年05月01日 漫画 トラックバック:0コメント:0

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今後は『タイトルが無駄に長いブログ』という売り文句で頑張りたい。
(タイトルの長さよりも絵が縦にすっごく長いことの方が無駄な感じではある)
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