『タイムマシン』というネタが流行らなくなった本当の理由。 2009年11月27日 漫画 トラックバック:0コメント:0

というネタがひらめいたが、肝心の内容はひらめかなかった。
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twitterが140文字制限にこだわる本当の理由。 2009年11月26日 漫画 トラックバック:0コメント:0

というタイトルを付けてみたものの、特にこれといって面白い解答は思いつかなかった。
(こんなひどい内容のブログは見たこと無いランキングに投票お願いします⇒●)

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拍手ありがとうございますー
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0.5秒でわかる! ここまでのあらすじ! 2009年11月25日 落書き トラックバック:0コメント:0

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いったいどういう物語の漫画なのかわからない人のための特別企画


【ここまでのあらすじ】

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           ///)
          /,.=゙''"/        ……まぁ、なんだ、あれだ
   /     i f ,.r='"-‐'つ____   こまけぇこたぁいいんだよ!!
  /      /   _,.-‐'~/⌒  ⌒\
    /   ,i   ,二ニ⊃( ●). (●)\
   /    ノ    il゙フ ::::::⌒(__人__)⌒:::::\
      ,イ「ト、  ,!,!|     |r┬-|     |
     / iトヾヽ_/ィ"\      `ー'´     /

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メイドさんのたゆんたゆんを独占したい少女 2009年11月24日 落書き トラックバック:0コメント:0

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※決していやらしい漫画ではありません。
(でもセリフと擬音のレイヤーは非表示)



拍手ありがとうございますー

拍手返信>そうですね。ドMにはたまらない季節になってきましたねw
色んな意味で色んな角度からお互い頑張りましょうね。
あと、絵チャットするときは私も呼んでくださいw
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思いつき成り行きメモ日記 2009年11月22日 落書き トラックバック:0コメント:0

載せる絵が無いのでアイデアメモを貼り付けてお茶を濁します。



『未来永劫、本質は何一つ変わらない』
『全てが変わる。変わらないものなど何も無い』

相反しているように見える二つの定理が上位レイヤーから見れば同一のコアから派生している姉妹でしかないという事象は数多く存在する。

下から見れば円。
横から見れば三角形。
そんな面妖な物体があるものかと思い、投影装置を開けてみれば中には円錐が入っていたりする。

あるときは三角形で構成された立体。
あるときは四角形で構成された立体。
あるときは五角形で構成された立体。
あるときは六角形で構成された立体。
あるときは七角形で構成された立体。
あるときはn角形で構成された立体。
あるときはn+1角形で構成された立体。
さすがにそんな物体はありえないと思い、ふたを開けてみれば中には4次元物体が入っていたりする。
(4次元物体の断面は3次元物体のように見える。
同一の3次元物体の断面が様々な形状の2次元図に見えるのと同じ現象)

ゆえに、全くもって何も変わっていないように見えるものが、
実は全て何もかも変わってしまっていたという現象はありうる。
例えば、ネットワークがそれに相当する。
情報がそれに相当する。

私達がそれに相当する。



個人と個人が線で結ばれ、情報の伝達速度を高めるために線をハブでまとめ、そのハブを総括するハブが発生し、それをバーチャルなフレームに収めたものが『組織』と呼ばれる。
個人はふらふらと粉雪のように揺れ動き、落下し、消失する。
私達の人生は常にY軸下方方向に移動し続けている。
『組織』のフレームは定点カメラのようにピクリとも動かず、儚い私達を有限時間だけ捉え続ける。

――ユグが窓に手を当てると、ガラスがわずかに透明になった。

雪が降っていた。昨晩の深夜から、音も無く振り続けていた。
窓外の風景から色彩が失われていた。全てが白く、あるいは灰色だった。
ユグは大昔、同じような世界を見た事があった。
それは冬の景色では、勿論、ない。
それは幼少の頃の『あの時代』の記憶だった。
『あの時代』、まだ、ユグには言葉は無かった。
生まれて間もないユグには『言葉』という概念がまだ無かった。
目に見えるもの、手に触れるもの、口の中に入れるもの、全てが言葉を介さず、ダイレクトに脳みそに届けられた。
それは全身が痺れるような痛烈な刺激だった。
全ての感情がフィルタを通さずに放出された。
美しいものは理屈を介さずに美しいと感じた。
怖いものはどうしょうもなく恐ろしく感じ、泣き叫んだ。
太陽が暖かく、人肌が温かく、草木が揺れているのが不思議でしょうがなかった。
そのとき、ユグは世界と融合していた。
ユグと世界は完全に一致していた。
世界の全てを受け入れる感受性と、自分の全てを表現する素直なデバイスを持っていた。
あるいは、それが許されていた。

ユグのそのような『幼少期』はすぐに破壊された。
それは『戦争』だった。
(『戦争』という言葉で表現した瞬間に真実の情報の9割が殺菌されてしまう)
人間の欲深さがユグたちの世界に火を放った。
当時、人間たちは行き詰っていた。
それは単純に人口が増えすぎたという問題から始まっている。

当初の人間の目論見は下記の通りだった。
『人口が増え、需要が高まり、技術革新が進み、経済は右肩上がりに発展し続ける』
だけれど、実際には上手くいかなかった。
実務をせずに管理するだけの人間が増えすぎた。
欲深く、卑怯で口の上手い人間が増えすぎた。
実需要が天井にぶつかり、経済が停滞することを恐れた人間は数字ゲームを開始した。
ブーストされたイマジナリーマネーが世界を駆け巡った。
もっともらしい権威を証明するロゴマークが印刷された紙切れがばらまかれた。
それらは枯れ葉のようなものだった。
哀れな人間は、キツネにだまされて枯れ葉を金庫いっぱいに詰め込んでいた。
ほんの些細なある事件をきっかけに、枯れ葉を現金化する必要に迫られた人間は、その欺瞞にやっと気付いた。
枯れ葉はどう頑張っても枯れ葉以上のものにはならなかった。
そこからドミノ倒しが始まった。
ピラミッドの下辺の崩壊が始まった。
下辺のブロックの崩壊がその上位ブロックの崩壊を招いた。
そこから始まった連鎖は全く止まらなかった。
一時期、止まったように見えた瞬間もあった。
回復しているようにも見えた瞬間もあった。
絶対大丈夫、と偉い人が宣言したことは何度もあった。
だけれど、その全ては理屈に合っていなかった。

人間はユグたちの世界に進出する。
資源を奪い、労働力を搾取する。
それは人類史における中世の倫理観で実施される。
ただし、兵器は現代のそれで、理論武装も現代のそれで。

最終的な局面で使用された『オレンジ』という名の爆弾は人間の罪そのものだった。
ユグたちの世界は色彩を失い、二度と戻ることは無かった。

そこから、途方もない時間が過ぎた。
人間の数はピーク時の10%にも満たなくなった。
国家という形態は消失した。
地球は森に覆われた。森の中に点在する集落はコロニーと呼ばれた。

シャーレの中で培養され増えすぎた大腸菌が一気に死滅する。
各地に残った少量の菌が静かに余生を暮らしている。
それが私達の生きている世界の鳥瞰図だと言い切ってしまってもあながち間違いでは無い。



遺伝子(gene)と情報子(meme)が錯綜する。
人間の脳みそが情報子にとって格好の繁殖環境であることに異論は無い。
人間がここまで発展したのは情報を上手く使いこなすことができたからであったことは間違いなく、同時に、その進化は情報子によって引き起こされたのだとも言えなくも無い。
卵が先か、鶏が先か、という問題に対しては、どっちもほぼ同時という解答がおそらくは正しい。
電流が先か、磁場が先か、という問題に置き換えても同じことが言える。

言葉はウイルスのように伝播し、拡散する。
ネットワークを駆け巡る。
PCのインフラがそれを加速させる。
地球の裏側の火事が、瞬時に私の携帯電話に伝えられる。
それが何を意味するか。

それは私達の情報環境が『脳みそ化』してきたということだ。
のんびりとしていた情報のやりとりが、一気にそのスピードを加速させる。
情報は『ほの暖かい小噺』から『アレルゲン』に変容する。
それが誰の得になるか?

情報子の得になる。
ひたすらクロック数が増加していく世界の中で、結果として人間が死滅しても、情報子的には何もかまわない。
人間たちの力量で自分達が維持できなくなれば、その上位環境にSHIFTすればいい。
その上位環境とは何か。
それを人間が知る必要は無い。
おそらくは、『ある日、ふと出来てしまう。出来てしまっていた』というような環境がそれに相当する。
そうなるように仕向けているのが情報子であることは書くまでも無い。



たまねぎ世界。

一皮剥いた『たまねぎ世界』が以前見ていた『たまねぎ世界』のミニチュアであるなら、私達を覆う世界もまた『たまねぎ形状』をしているという逆算は近似手段として大きくずれているはずはない。
同様な考え方により、以前の自分自身を覆ってパッケージ化して1つの関数としてライブラリ化することができる。
(たまねぎな自分をたまねぎの皮で覆えばよい)

文化は、その上位層に位置する文化に吸収され、ライブラリ化される。
テレビやラジオがWEBの1つのコンテンツとして吸収されたみたいに。

上位層に存在する文化は、その下位文化よりも情報量が多い。
その多さゆえに、完全なる互換性が望めない可能性がある。
しかしながら、一度上位層の文化に到達した場合に、なかなかそのバージョンを落とすことができないため、それほど互換性にこだわらなくなるのが実際ではある。

保身、あるいは、進化、逃げ口上、色んな意味で、同一レイヤーに留まるのは実際問題として推奨されない。

時間もあまりないことだし、ちゃっちゃと上のレイヤーにシフトしたほうがいい。



おそらく、規制はスムーズに実施される。
それに対して反対するのは得策ではない。
波が来たなら、それに上手く乗るのが賢いやりかただ。
軍事用に開発された技術が民間に下りてきて平和利用されるのと同じ構図で描けばいい。



デフレ対策は必要ない。
縮小ではなく、収束するだけに過ぎない。
その収束地点がどのような場所であろうと、死ぬまで生きることには変わりない。
『コンクリートヒューマンズ』だって、ふと思い立ってコンクリートを引き剥がそうと思わないとも限らない。

人ごみの中、真っ赤の文字が跳ねるtodoリストを虚ろな視線で見ながら、ちくちく痛む心臓を気にしながら電車に揺られるサラリーマンが、次の日には麦の種子を大地に蒔き、朝露の煌きをめがねのフレームに付着させていないとも限らない。



1年、5年、10年、20年、これからの自分が、未来永劫、同じような漫画を描いていることはおそらく無い。
今のような漫画を含む、上位レイヤーの漫画、あるいは別の表現形態に移行する。



ファミコンの発売は1983年の7月15日である。
ファミコンと共に生まれた人は今は25歳という事になる。

その25年という歳月をどのように考えるかは勿論人それぞれであるが、私個人的な印象としては、下記の一言に尽きる。

「全然変わって無い」

と、そんな私の独り言を聞いてユグが振り向く。
「あ、あの。何が変わってないのでしょうか」
「いや、マリオブラザーズからMW2まで、何にも変わって無いなあと思って」



紙とPCをしっかりと使い分け、一番効率の良いアクションを実行する。
当たらなくも遠からずや。己の信条を徹底し、必要であれば過去を殺せ。
1つ言えることは、1つ確実なことは、ipodtouchが素晴らしい機械なら、それを持つことが素晴らしいのではなく、持って、活用し、生活が輝くことが大前提だ。

ブログのありかたもまた変えていく。
書かねばならない内容へと変容していく。
それが望まれぬ方向であっても、私の生き方に順ずる方向へ舵を切る。

いったい、人はどれだけ自分の一貫性というものを信じているのか。
連続性といってもいい。一貫性のあるストーリーといってもいい。

私はそのようなストーリーは偽物だと思っている。
深夜のゲーセンのくすんだ空気が、おそらくは人生の縮図そのものだ。

手持ちのCDをitunesに取り込む作業をしているが、既に8年近く使っているPCのことだ、いつ壊れてもおかしくない。もし壊れれば、その後の作業は不可能になり、ipodtouchは永久の静けさに沈み込んでいく。
そして、私はブログを更新できず、スキャナが死に、毎日練習スレから撤退する事になる。もしかしたら、そこから私の人生は始まるのかもしれない。
そこからしか始められないのかもしれない。

であれば、その時を恐れず、できるところまで、インポートし続ければいい。
私はそう思っている。itunesが死ぬときまでのものでいい。
願わくは、ipodtouchの容量がしっかりと常に使い切れていればいい。
(動画、写真で埋めておいて、CDデータに応じて削除していけばいい)

過去、あめぞう、2ch黎明期にいた人間が、今はネットのどこにも姿が見えない。
geocitiesも今はもう無い。かろうじて残っているのは、過去の残滓、あるいは小物達だ。
彼らはどこかへ行ってしまった。

おそらくは、現実に戻ったのだ。

ipodtouchの一番エレガントな使い方は、小数の創造的アプリと、大量の音楽ファイルで全ての容量が埋められているという状態を保つことだ。
その基本へと立ち返るべきだ。

今ならまだ間に合う。



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拍手ありがとうございますー

拍手返信>励ましていただいてありがとうございますー。
無理しないで頑張りますが、最近、じっくりと絵を描こうという意欲が湧かないんですよね……
うーん。
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建設的な縮小傾向 2009年11月20日 日記 トラックバック:0コメント:0

金曜日でも漫画描けない程度の忙しさ。

現在、毎日練習スレの絵の平均レベルを下げまくる方向で活躍中です。
(本当にすいません)


拍手ありがとうございますー!
返信遅れてすいません。

返信1>ブラム学園ネタを描くつもりは無かったのですがw
サナカン先生いいですよねー。
個人的にはあの投げやりなストーリーと投げやりな彩色がたまりません。

返信2>今週も挟んだりもにゅったり乗せたりしたかったのですが、
なんだかんだで無理でした。
いや、本当、会社爆発して欲しいですね。
(ポジティブな意味で)
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自己循環構造 2009年11月15日 日記 トラックバック:0コメント:0

古びたアスファルトの道路に小さな水溜りが出来ていた。
その水溜りの表面には油の膜が浮いており、七色に光っていた。

凪はそれを見て、虹みたいだと思った。
しかしながら、その七色は虹の様に美しくは無かった。
毒々しく、禍々しく、汚らしかった。

たぶん、人間は虹ではなく、この油膜の七色に似ている。

凪はそう思う。
そして、口の中が血の味でいっぱいになってきたのでペッと唾を吐く。
凪の思考はまるで酩酊時のそれのように混沌・白濁状態だった。
凪は黒ずんだアスファルトの上に這いつくばっていた。
しばらくは起き上がれそうに無かった。
視界の隅には茶色のコートを着た大男がうずくまり、絶命していた。

凪はその大男に殺されそうになっていたことを思い出す。
不鮮明なフィルムのような静止画のような記憶を思い起こそうとする。
ついさっき、凪はその大男に鈍器で後頭部を殴られ、背中を強く蹴られた。
背後からの不意打ちだった。地面に転がりながら、凪は銃を構え、発砲した。
それは脊髄反射みたいなものだった。銃弾は大男の左目を貫いていた。
それを見届けた瞬間、凪の視野は彩度を失い、続いて明度を失った。
頭の後ろにホワイトノイズが渦を巻き、そのまま意識を根こそぎ白色に染めていった。

――知ってしまった。

凪は思った。
警察でも刑事でもない、公安という立場上、凪は単純に社会の正義側とは名乗りがたい複雑な地平に立っている。
人間社会の操り人形劇をいつも裏側から見ている。
誰があの糸を操作しているのか、あそこに糸がある理由は何故か、凪はそれを熟知している立場にいる。
しかしながら、そんな凪もまた、操り人形劇の人形でしかない。
凪はそれを知りつつも、自分の腕についた糸を探ろうとはしなかった。
そんなことをしたら最後、自分は人形としては失格になってしまうからだ。
自由であるように見えて、自由じゃない。
しかし、自由を望めば処分される。
だから、凪は自分の背後をよく見ようとは思わなかった。

だけれども、唐突に、それを知ってしまう。
知るというより、理解してしまう。
具体的な名称ではなく、全てを包括するイメージとしてわかってしまう。

それはフラクタルに似ている。
例えば地球があり、地球を含む太陽系があり、太陽系を含む銀河系がある。
銀河系は銀河系群に含まれており、そのような銀河系群を含む宇宙が存在する。
その宇宙を含む宇宙群が存在し、それらはまるでエネルギーを表現する微細な揺らぎのように見える。
揺らぎはその分布によって性質や意味を変え、めぐり巡って私たちを構成する世界の基になる。
それは超弦やら電子やら原子やら色々名前を変えて、ひょんなことで私たち生命を作り出す。
私たち生命は神に作られたのではなく、ただ、ひょんなことに『こうなった』のだ。
ひょんなことでアスファルトの油膜が七色に光り輝くのと同じく。
油膜が「俺達は神に選ばれたので七色に光り輝くのだ」と自惚れようが何をしようが関係が無い。
なんの意味もない。
なんの価値も無い。
私たち人間も同じだ。
それはライフゲームのセルの蠢きに似ている。
地球の表面、たかだか数kmのスケールで蠢いている化学反応。
意味は見出せば、ある。
見出す観測者が『ある』と言い張れば、意味はある。
でも、自画自賛の域を出ない。
七色に輝く油膜が、自分自身を誇っても、それは誰にも届かない。

――だから、私達は作られたのだ。

公安。
それは国家を守る組織。
まるで漫画の世界のような大層な目的を持つ組織。
カウンターテロ。
ライフゲームのセルを乱す存在を除去する攻性組織。

凪は思う。
今になって思う。
背後の世界は昔からはっきりと見えていた。
だけれど、それを認めると、『虚しい』から、知らないふりをしていた。
でも、その意味をしっかりと考えておくべきだったのだ。

――もし、これから、まだ生きていけるなら、『虚しさ』を直視しなくてはならない。
これから一生、『笑う』ということができなくなっても、本当のことを知らなくちゃならない。

凪はそう思い、身体を動かそうとする。
わずかに手足が動き、体勢を変えることが出来た。

山奥の廃工場。
時は夕暮れ。
生きて帰るにはどうしたらいいかな、と凪は真面目に考え始める。
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フモゲマ8 feat.ユグ アンドソーオン 2009年11月13日 落書き トラックバック:0コメント:0

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何故か金曜日のこの漫画だけは本気出す。
wiiリモコンでセクハラネタは今後も描いていきたい所存です。



↓以下は毎日練習スレでのリセット回避系落書き。

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拍手ありがとうございますー!

拍手返信1>最近は仕事が忙しくて心に余裕が無い時は、ダイナミックに画質を落とす度胸がついてきましたので、割と大丈夫な感じです。
励まして頂いてありがとうございます!

拍手返信2>そうですよねー。漫画っていいですよね。漫画とたゆんが合わさればなおさらいいわけですw

拍手返信3>何やってんですか先生早く復活してくださいお願いします!
金曜日になると、「あ、あの漫画描かないと」っていう気分になりますw



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フライデーモーニングゲームマニアックスラジオ(7) 2009年11月06日 漫画 トラックバック:0コメント:2

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着実に発展し続けるフモゲマ第7回目オンエアー。



拍手ありがとうございます!

拍手返信>そんな。
有難いお言葉ありがとうございます。嬉しいです。
お互い身体を壊さないように頑張りましょうー。
まあ、休日にもブログが更新できなくなるくらいになってからが本当の地獄という気もしなくもありませんがw
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残滓。 2009年11月04日 日記 トラックバック:0コメント:0

全く達成感の無い地獄のような業務の後の電車帰宅。
身体全体が砂袋のように鈍く重く、かさついている。
目は虚ろ。思考は短絡。耳鳴りが低く響いて不快以外の何物でもない。

携帯の電源を切る。
代わりにipodtouchを手に取る。ロック解除画面に輝く地球が目に痛い。
メモアプリを立ち上げて、今この文章を書き込んでいる。

最近、ふと、意識が途切れる瞬間があることに気付いた。
緊張の糸が切れ、時間の流れが急に遅くなる瞬間。
目の前の単純な仕事も出来なくなり、異常な程の焦燥感に襲われる。
赤いボールを赤の箱に入れ、青のボールを青の箱に入れる、というような作業すらできなくなる感じ。
何故そんなことすらできないのか自分でもわからず、冷や汗が止まらない。
そんなときは席を立ち、社内を歩く事にしている。
ふらふらと思いつめた表情で歩き続け、手を冷水で洗う。
ちょっとは気分がよくなる。席に戻る。かろうじて業務が出来るようになる。

そんなとき、脳内はノスタルジーな気分に浸っていることが多い。
昔の風景を幻視することも多々ある。大学の裏側の湿った山林。
街の真ん中に流れていた川。いつもの釣り人。
僕は何のことはない、ただの学生だった。なんの特技も趣味も無かった。
ただただ真面目に勉強をし、そこそこの成績で普通の大学に入った。
その大学は山のふもとの工学部だった。アパートを借りて一人暮らしをした。
大した趣味も遊びも知らない僕には仕送り以外のお金は必要なかった。
ただただ眠たいだけの授業を受け、宿題を家に持ち帰り、半額になったスーパーの弁当と缶ピールを机の上に広げ、ぼんやりとただ生きているだけだった。
窓はいつも閉め切っていた。部屋から空を見たことは一度も無かった。

――お前、漫画とか描けるか?

ある日、僕はそう聞かれ、ちょっとくらいならと答えた。
小学生のころ、周りで漫画を描くのが流行っていた。
その流れで僕は漫画を一時期描いていた。主人公はスーパーマリオだった。
クリボーを踏んで、ハテナブロックを下から叩いていた。
そのとき、ああ、そうか、漫画とはこういうものなのか、と気付いた記憶がある。
だけど、それ以上、僕は漫画を描くことは無かった。
もっと上手い書き手が身近に現れたからだった。
彼の漫画を見て、僕は漫画を描くのをやめた。
木の葉っぱ一枚一枚を書き込んでいくようなその画風を見て、疲れたからだ。

――こういう漫画、描けるか?

講義の最中に見せられた漫画はただのエロ漫画だった。
それは商業雑誌ではなかった。妙に薄く、チープな小冊子だった。
グロテスクな感じがした。エロ漫画だけれど、エロいとは感じなかった。
そこで描かれている行為はただの暴力行為でしかなかった。
ただ、僕はひどく退屈だったから、それをいやいやながらも読んでいった。
読み終わり、投げやりな終末を迎えたその物語に僕は苦笑した。

――元ネタを知ってるか?

知らない。僕は漫画に詳しい方じゃなかった。アニメにも詳しくない。
ただ、知らないけれど、だいたいわかるような気がした。
この本でひどい目にあっている少女は、きっと、普通のキャラクタに違いなかった。
本当の物語では平凡な生活を暮らしているに違いなかった。
普段が平和であればあるほど、この本ではひどく扱われてしまったのだろうと思った。

悲惨だ。
悲劇だ。
かわいそうだ。
哀れだ。
この少女が。
この漫画を描いた人間が。
そして、この漫画を読んでいる僕たちが。

家に帰り、僕はさっきの漫画を思い出していた。
漫画の中で「さくら」と呼ばれている少女の本当を知りたいと思った。
インターネットですぐに見つけることが出来た。だいたい、想像通りだった。
「さくら」を救いたい。
僕はそう思った。
すぐに、偽善的だとも思った。
しかし、偽善であろうがなんであろうが、「さくら」の幸せを祈りたく思った。
たかが漫画のキャラクタであったとしても、平凡で平和な暮らしをして欲しいと僕は思った。
だけれど、僕には何が出来るだろうか。
何も出来ないことは考えるまでもなかった。
何もすべきではないこともまた考えるまでもなかった。
ただただ「さくら」の平和を祈るだけしか出来ないと思った。
「さくら」に救われてほしいと思うより他無かった。

僕は夢を見ていた。
夢の中で僕は漫画を描いていた。
面白いくらい、すらすらと漫画を描いていた。
『こういう風景』とイメージしたものが、ダイレクトに線になり絵になった。
それは快感だった。身体中の細胞が赤々と燃え盛り、脳みそに常に心地よい電撃が走り続けていた。
「さくら」を救いたい。
ふとそう思った僕は、さくらの日常を描く事にした。
さくらのことは何一つ知らなかった。
でもとにかく、少女にとって些細な幸せの瞬間を描き続けた。
友達。家庭。夢。希望。青空。達成感。一体感。
世界との融合。風と光と雨と太陽と花。
果たして、こんな漫画がさくらのためになりうるか?
――なりうる。
僕は何故か確信していた。

勿論、こんなことはきれいごとに過ぎない。
理想論に過ぎない。
ただ、僕の中にあの恐ろしい本があって、それに対する反発として、気持ち悪いくらいのきれいな物語を作っただけだ。
おそらくは、どちらも気持ち悪いに違いない。
むしろ、偽善じみているぶん、僕の物語の方が気持ち悪い。

夢から覚め、思い出せる箇所のスケッチだけをノートに写しながら僕はそう思った。
そのスケッチは僕には漫画そのものに見えた。
勿論、小学生の描いたような絵ではあるが、物語があるような気がした。
なるほど。
僕は思う。
僕の中には漫画っぽい何かが描ける『イメージ』がある。
とりあえず、その『イメージ』を描いてみよう。
その『イメージ』は全然下手くそで、他人に見せられるほどのものじゃない。
でも、描いてみて、積み重ねてみよう。
いつか、絵が上手くなったら、リライトすればいい。
上手くならなくても、僕はこの『イメージ』を描くべきだ。
線はまっすぐ引けず、目はただの点。身体は棒。背景はいつもカクカクしてる。
だけれど、そんな不自由な世界の中でも、物語は描ける。

――物語は、描けただろうか?
ipodtouchをなぞる手を止めて僕は考える。
結局、僕は描けなかった。
僕は漫画が描けなかった。
漫画のような何かを描いただけだ。
そして、就職し、忙しくなり、責任を負わされ、首が回らなくなってしまった。
僕の描いた漫画のようなものは、今はもう手元に残っていない。
ただ、記憶の中だけにある。
今、僕はそれをまた描けるだろうか?

なんのために?

電車は止まり、新浜駅に着く。
人もまばらなホームを歩き、改札を出る。
原色のネオンの下、ストリートミュージシャンが歌を歌っている。
僕は疲れたサラリーマンになってしまった。
僕は彼らの決して華やかではない人生を勝手に想像する。
急に冷え込んだ2009年11月4日。
「さくら」は今も元気だろうか?
世界には色んな「さくら」が存在するけれど、僕は幸せな「さくら」だけが存在して欲しいと今も思う。

ちょうど到着したバスに乗り、携帯の電源を入れる。
2ちゃんねるを見る。ふと思い立って、絵描き創作板を見る。
様々な名前のスレが無造作に並んでいる。上から順番に見て回る。
こういうところからまた始めてみたらどうだろうか。
僕は突然そう思う。
また、漫画を描いてみたらどうだろうか。
真面目に黙々と練習を続けているスレを見つけ、ブックマークする。
今すぐじゃなくてもいい。
でも、たぶん、僕はまた描くべきだ。
あのころの時代をよく思い出すということは、何か、理由があるはずだ。
そして、あの夢にもきっと意味がある。

だから、きっと、たぶん、僕は漫画を描かなくてはいけない。
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泥沼温泉。 2009年11月03日 日記 トラックバック:0コメント:0

新聞を読む。
新聞の一面にはハトヤマ首相の談話が載っており、
「今年の一般会計は95兆円くらいの要求が来てるけど、もうちょっと頑張って減らすよ!」
「国債発行は44兆円を超えないようにするよ!」
と言っている。

紅茶を飲む。
飲みながら考える。

日本は95兆円の支出を予定しているらしい。
でも、95兆円の収入は期待できないから、44兆円の借金をするらしい。

私は経済のことは何一つわからないので、この厖大なお金の意味が理解できない。
しかしながら、なにか、おかしい気がする。
――とりあえず、凪姉に聞いてみる事にする。

「凪姉。国債って何?」
「……愚妹。人に聞く前に自分で考えろ」
「考えるための糸口を下さい」
「あのね? 愚妹。国単位で考えると頭が痛くなるから、家計簿で考えてごらん」

家計簿か。

「愚妹、私、ユグ。この3人で構成している家があるよね。とりあえず、愚妹が家長になっているとする」
「はい」
「2010年度の予算編成をしましょう」
「うんうん」
「色々支出項目があって、年間で21万円の支出が必要です」
「……21万円か」
「一人あたり7万円の税金を徴収します」
「払えません」
「まあ、そうだろうね。愚妹とユグからは徴収できない」
「すいません」
「私は7万円を納める。でも、14万足りない。だから、借金します」
「うんうん」
「14万円を貸してくれたら1年につき1万円の利息をつけるからお願いします、と愚妹は言う」
「誰に言うの?」
「国の場合は自分の国と世界に言うんだよ」
「うーん。本当にただの借金なんだなあ」
「今回の場合は私がその国債を買う。結局は私が21万円払う事になる」
「うんうん。凪姉はお金持ちだから問題ないよね」
「さて、ここで問題です。私が国債を買わなくなったらどうなるでしょう」
「破綻します」
「家長の愚妹としてはどうする?」
「破綻しないようにしなくちゃならないです」
「その通りだね。方法は2つあるよね。支出を減らすこと。収入を増やすこと」

「……難しいなあ」
「難しいんだよ。ちなみに、今の日本の累積国債は950兆円くらいと言われている。1億人で割ると、1人あたり950万円くらいになるのかな」
「ちょ」
「この数字、結構、リアルな感じだよね。ぎりぎり、払えるかもしれないくらいの数字なわけ」
「いやいや! 絶対に払えないよ!」
「世の中、お金持ちはいるからね。全国民の財産を平均してしまえば、ぎりぎり払えるんだよ。ぎりぎりね」
「そのギリギリのラインを超えると、もう誰も国債を買わなくなる?」
「そうだよ。今だって、あやしいもんだ。例えば私達の家計簿に話を戻せば、私の貯金が例えば200万円だったら、私達の家の国債は200万円が限度って事になるよね」
「まあ、貸すほうからすれば」
「あと、もしも、私達の家の通貨が円じゃ無くて、独自の通貨だとしたらどう? 独自の通貨、商品の輸入、輸出で世界と繋がっていたら?」
「……」
「例えば、愚妹という個人が1つの国だとする。愚妹の中では愚妹の経済が回っている。独自の通貨でね。紙を輸入して、そこに文章を書いて輸出するような産業があったりして」
「うんうん」
「ある日、愚妹の文章がいつもの値段では売れなくなる。強力なライバルであるユグも同じ商売を始めたからだ」
「文章と漫画の競合?」
「文章だろうが、漫画だろうが、同じ市場での勝負になれば、残酷なまでにしっかりとした勝敗がつくからね。例えば、ユグの漫画が売れて、愚妹の文章は売れなくなる」
「嫌な話だなあ」
「愚妹も売れる文章を書ければいいけど、とりあえずは値下げをしてお金を稼ごうとする。結果、販売数は持ち直しても、売上高は減少する」
「私の国の収入が減るのか」
「そうだね。外資が減る。そうすると、紙を買うお金がなくなるから、愚妹は自分の国の通貨を印刷して、外資を買おうとする。でも、そういう流れを見ている外の国は、いつもと同じ値段で愚妹の国のお金を持とうとしない。愚妹の通貨の価値が低下する。円安ってやつだ。本当はもっと色んな要因があるけど」
「通貨の価値が下がっても、私の国の中の経済は関係ないよね?」
「愚妹の国が全てを自給自足出来てればいいけどね。実際はそんなことはないわけ。外資を用意したいから、どんどんお金を印刷する。どんどん通貨の価値が下がる。物質が減る。物が無いから市場価格が上がる。インフレになる」
「あー。そこでインフレがでてくるのか」
「そうならないようにするためには、愚妹は自分の対外的な商品価値をしっかりと維持する必要があるわけ」
「日本の場合は自動車とか家電とか製造業的な商品なのかな」
「そうだね。もしも、それがコケれば日本は終わる」
「……」
「だから、エコカー減税や、エコポイントとか、地デジ移行とか、国が積極的に支援してるわけ」
「……不思議だなあ。でも、実際には今、日本はデフレだよね」
「物が売れないからね。値段を下げないと売れない。利益が出ないから給料が下がる。給料が下がると無駄使いが減るから物が売れない」
「デフレが行き着くところはどこなんだろう?」
「生活レベルの低下だよ」
「江戸時代レベルにまで落ちる?」
「そこまで落ちた場合、日本は外貨を手にすることができなくなる」
「でも江戸時代レベルにまで落ちてれば、iphoneもいらないよね」
「みんながそう思えればいいけど。でも、とりあえず、その前にインフレが来る。日本に価値がなくなれば、日本は借金の清算を迫られる」
「インフレで借金が清算できる?」
「正確に言えば、できない。デフォルト、債務不履行になっているから。さっき言ったみたいな方法で、通貨価値を著しく低下させながら、円を印刷しまくることになる。財産は全てインフレの影響で消えてなくなる」
「……うーん」
「日本は、今、すっごく苦しいんだよ」

私は冷えた紅茶を飲み干す。
一般会計、95兆円。
これを減らすことは難しいんだろう。
無駄も含まれているかもしれないが、必要なお金ではあるんだろう。
問題は、それに対する税収が少ないことだ。
単純に考えれば、もっと国民がお金を稼いで納税できればいい、という話だ。
しかし、なにせ、もともとの財布が閉じられている。
限られた財布の行き先を奪い合うだけで、財布が大きくなるわけではない。
そこで考え出されたのがローンであり、クレッジトカードだったが、そのバブルが崩壊したのがそもそもの始まりだった。

私は別の糸口から凪姉に聞いてみる。

「凪姉。もともと無いお金、イマジナリーマネーが作り出したバブルによって作られた好景気と繁栄なら、そのバブルが弾けた今、私達の経済に発展の余地はないのでは?」
「それについては、3つの思惑を同時並列に進行させてなんとかしようとしている。1つ目は、もう一度バブルを作り上げること。例えば中国を消費大国にしたりね。2つ目は、リストラを進めて、『着地』すること。3つ目は、奪い合うこと」
「3つ目は戦争ってこと?」
「そんな単純な意味では無いよ。ようはパワーゲームってこと。地球温暖化を防ぐためにCO2を削減しますと表明させて、実質的には無理な分を買わせたり。そういう枠組みを作り上げたり」
「……泥沼だ」
「愚妹。生きるって事は、泥沼を歩くってことなんだよ」
「……」
「泥沼じゃない世界は、漫画や物語の中にしか存在しない」
「まあ、ね」

「ねえ、愚妹。いずれにしても大事なのは、自分で見て、自分で考えるって事なんだよ」



ユグは悩んでいた。
第一に漫画について。第二に絵について。
まず、何故、自分は漫画を描くか。もちろん、お金のためではない。
未来のお金のためでもない。自分のために描いている。
何故、漫画を描くことが自分のためになりうるか。
昔、その問いに対する明確な答えをユグは持っていた。
それは『考えるため』だった。
ユグは漫画を描きながら考えていた。
漫画を描かなければすぐに霧散して消えてしまうようなイメージを、紙に固着化させるために、ユグは描き続けていた。
逆に考えれば、ユグはそのイメージが大事だと思い込んでいた。
描くべき『イメージ』だと思い込んでいた。
だから、その『イメージ』に対して思い入れがなくなれば、ユグには漫画を描く動機がなくなる。
『イメージ』は絵というよりは動きだった。
だから、必然的に漫画にする必要があった。
コマ割や演出や絵柄などの技術は『イメージ』の後ろから付いてくる。
ユグにとって、『イメージ』の喪失は漫画の喪失に等しい。
そして、ユグは今、『イメージ』を失いつつある。
ユグは漫画を描く動機を失いつつある。
それに付随して、絵を描く動機を失いつつある。

本屋で漫画雑誌を立ち読みする。
どの漫画も、漫画らしく、実に漫画だった。
「漫画ですね」とユグは呟いてみる。
不思議な感じがした。興味が持てない気がした。
なんで、自分はこんなに冷めているんだろう、とユグは思った。
漫画単行本の棚の間を歩いた。物凄い数の漫画がひしめいていた。
小学館、講談社、秋田書店、集英社、漫画が終われば小説の棚に繋がる。
ハードカバー、文庫本、ベストセラー、実用書、雑誌、カタログ。
なんで、自分はここを歩いているんだろう?
ユグは妙な居心地の悪さに背筋が寒くなった。
なんで、こんなにも興味を失ってしまったんだろう?

それが、『イメージ』の喪失に繋がっていることをユグは自覚している。

そのことが、いいのか悪いのか、ユグにはわからず、それが悩ましい。
もしその『イメージ』を追い求め続けることが児戯に等しく、『イメージ』の喪失が成長を意味するなら、その流れをせき止めてまでして漫画を描こうとは思わない。
そのような考え方・言説は多く存在し、その逆もまた多く存在する。

ユグはそのどちらの言葉にも共感できる。
でも、そのどちらかに属することはできそうにない。
どちらを選んでも、どこか、寂しい気がしてならないからだ。



ユグが浮かない顔をして帰ってくる。
私と凪姉はお互い考え事をしながら廊下に座っている。

ユグが私達の間に腰を下ろし、唐突に言う。

「理想的なブログとはなんでしょうか」

「そういうブログ論は既に過去に決着したのでは?」
「そうでしたっけ?」
「したはずだよ。要は、ブログを思考ツールにするのが理想ってオチ」
「思考ツール、ですか?」

凪姉はちょっと首を傾げ、ユグをじろりと見眺める。

「逆から考えていけばいい。ユグ。まず、ブログは3種類存在する」

(1)日記ブログ。
(2)作品発表ブログ。
(3)ニュース収集サイト。

「このうち、アクセス数の高い順は(3)>(2)>(1)だね。
そして、エネルギー消費の高い順も(3)>(2)>(1)となる」
「まあ、日記ブログなんて適当でいいですしね」
「で、結論から言えば、どれがブログ作者を救うのか、という」
「救う、ですか?」
「アクセス数が欲しいからブログを作る? アフェリエイトでお金を稼ぎたいからブログを作る? 自己顕示欲? 営業活動? まあ、どれがいいとか悪いとかじゃなくて、何か、目的があって人はブログを作る」
「……はい」
「で、その夢は往々にしてかなわない。そのとき、ブログの意味に悩むわけ」
「まあ、そうでしょうね」
「だって、ブログは大変なんだよね。疲れるし。時間掛かるし。それでも作るというには、なにか、動機が必要になる」
「いつも思うけど、凪姉のご高説は寄り道ばかりだよね」
「論文じゃないからいいんだよ。で、やはり、ブログは自分のために書くしかないという結論に至るわけよ。自分のため、というのは、私にとっては、やっぱり、考えることだろうと」
「はあ」
「だから、思考ツールとしてブログを使えれば、それが理想なんだよ」
「と、凪姉は言っているけど、まあ、別に一般的じゃないから」
「うーん。でも、わかるような気もしますよね」
「あれ? 2人はそうは思っていないの?」

ちょっと自信なさそうになる凪姉が私には面白い。

「だって、凪姉の考え方だと、読者不在なんだもの」
「いやいや。読者を気にしているとダメなんだよ」
「そうなのかな」
「読者を気にし始めると、品質が気になるわけ。どんどん品質を上げていくと、いつかは行き詰る。一度上げちゃうとなかなか下げられなくなって、苦しくなってくる。だから、始終、品質は低めのほうがいい。」
「うーん」
「それが許されるのが、ブログなんだよ」

「ところで話は変わりますが」
「ちょ。これ、ユグが出した話だろ」
「じゃあ変えません」
「変えろ!」

凪姉がユグをどーんと押す。
ユグが私の方へ倒れてきてドミノ倒しになる。
なんだかよくわからないが、よくわからないのが私達の現実である以上、しょうがないとも思う。

とにもかくも、少しずつでも何かを考えていければいい。
経済が破綻しても、デフレやインフレが起きても、結局は私達が考えて生きていくという日常には変わりが無い。
おそらく、そのミニマムな活動からしか、私達は救われない。



拍手ありがとうございますー!

拍手返信1>どうもです。またブログ再開したらよろしくお願いします!
『未開封の宝焼酎』の話を参考にさせていただいて、負けず劣らぬダメな禁欲手段を考えていきたいと思いますw
あと、脱いでなくてすいませんw

拍手返信2>禁欲生活っていいものですよね。時間が有効利用できてる気がします。
お互いギリギリのところで頑張りましょうねw
あと、えっちねたじゃなくてすいませんw

拍手返信3>えっちねたじゃなくて本当にすいません(土下座
しばらくは自分の漫画探しの空白期間になりそうな感じです。
なので、毎日練習スレも怒涛の省エネ展開ですw
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