手動ピクセルシェーダー 2010年05月31日 落書き トラックバック:0コメント:0

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現代的なゲーム画面のポストエフェクトの掛け方を見て、
「あ、こうやって白飛びさせるとリアルなのか!」
と気付かされて手動で真似するあたり、
人間として根本的な何かが間違っている感がある。




拍手ありがとうございますー!

拍手返信>まあ、そふえさんの紬ちゃん好きは、そふえさんがそふえさんのブログを
設立した一週間後くらいに私は既に気付いてましたけどね!
だって、そふえさんは紬ちゃんにはいやらしいことしてないじゃないですか!
たったの一回もいやらしいことしてないじゃないですか!

と、いう伏線があって、なるほど、そふえさんは紬ちゃんと同化してたんですね。
ちなみに私は平沢憂と同化してます。
(誰もそんなこと聞いてない)
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散種。あるいは『けいおん!!』感想文。 2010年05月30日 自分用メモ トラックバック:0コメント:0




私が窓際で文章を書いていると、メイドさんがやってきて開口一番こう言った。

「けいおん! って、どこが面白いのでしょうか?」

メイドさんの声にはどこか否定的な響きがあった。
実際、メイドさんはあの『女子高生4人の日常物語』にピンと来てなかった。
私がことあるごとにけいおん! の話をすると、いつも決まって困ったような顔をする。
私が暇つぶしにギターを練習していることすら、けいおん! の影響なんですか? と首を傾げるくらいだった。

けいおん! のどこが面白いのか。

メイドさんに説明するため、私は自分の頭の中で言葉を探した。

(1)青春ドラマ
(2)登場人物
(3)音楽、演出
(4)京都アニメーション

どれを持ち出してきても、上手く納得させられるような説明はできなそうだった。

だから、私は素直に諦めることにした。
残念ながら、けいおん! の面白さを説明することはできない、
考えが整理できるまで待ってほしい、と。

メイドさんは、いいですよ、と言い私の側を離れた。
そして、数歩歩いた後に、すごく小さな声で、

「その程度のものなのでしょうね……」

と呟いた。

●●

私は新しいテキストファイルを開き、けいおん! について考えるための文章を書き始めた。

●●●●

僕は今、小学4年生なのだけれど、早くも既に人生を悩み始めていた。

人生、などと書くと、少し大袈裟に見えるかもしれない。
だけれど、ガラス瓶に閉じこめられたメダカだってメダカなりの人生があるはずで、
まだ『ガキ』な僕の小さな短い人生だって一つの人生であることにはかわりがないんだと思う。

僕はブログを作っていた。
そのブログの中で、僕は大人を演じていた。
だいたい30歳前半くらいの『おじさん』を演じていた。
なぜ、そんなことをしていたというと、演じることで精神的に大人になろうとしていたからだ。
新車を買い、たばこを吸い、家族サービスをし、ゴルフをし、
時折、童心に戻ってモラトリアムな日記を書いたりして。

僕にはひとつの確信があった。
おそらく、そのようなベタなアバターとしての『おじさん』を書くことにはリアリティーがあるであろうということ。
作家を気取ったり、芸人を気取ったり、そういうアバターよりも、普通のおじさんのアバターを演じる方が勉強になるであろうということ。

僕は僕のリアルを書こうという気は全くない。
手元にある任天堂DSの話や、学校での話なんて、ベタで面白くないからだ。
それよりも、僕はおじさんを書きたい。
リアルなおじさんを書くことで、世界を考えたい。

●●

おじさんは、ブログを書く。
(もちろん、正確には僕がおじさんを演じて、そのおじさんがブログを書いている)

おじさんは、サラリーマンで忙しい。
おじさんは、普通のおじさんではあるが、ブログを書くおじさんである。
おじさんは、ブログに書く内容として、世の中の出来事についての自分の意見を書いている。
その意見のひとつに、おじさんの子供時代にあった、漫画やゲームに対するものがある。

その一環として、おじさんは、けいおん!!というアニメ
について文章を書こうとする。

ところが、なかなか上手く書けずに、おじさんは困ってしまった。
それどころか、おじさんは精神の崖から転落してしまった。

おじさん、フリーフォール。

おじさんはブログの更新を続けることが困難になってしまった。
(と、僕はおじさんの心をシミュレートした)

●●

タイトル『けいおん!! を語ることの困難』

俺はおそろしいことに気づいてしまった。
俺はもうこのブログを更新することができない。
それどころか、存続させることもできない。
今日のこのエントリーを残して、過去のエントリーを削除したのはそういう理由からだ。

俺はけいおん!! に『やっつけられてしまった』。

俺にできることは、もはや何一つ無い。
俺は今日を最後にブログを止め、インターネットを止め、パソコンを捨てる。
たぶん、それが俺にできる、唯一の、けいおん!! に対するアンサーだからだ。

『モラトリアム』

三十路を超え、来年、子供が幼稚園に入ろうとしているこの瞬間にも、
俺にはモラトリアムが存在する。
もちろん、10代、20代のころの身を焦がすようなほどのものじゃない。
いまさら、『自分らしさ』『子供の頃の夢』などという幻想を追おうとするようなことはしない。
だけれど、小学校の体育館に入ったときの、あのなんともいえない懐かしい感覚、
古びた床に描かれたドッチボール用の線を見たときの急に想起されるあの思い出、
思わず涙腺がゆるむ、あの感覚は存在する。

無論、そんな感覚は特筆すべきものでもない。
そんなものは誰にもあるものだし、もしかしたら、中学生だって、小学校に入ったら、懐かしくて泣くのかもしれない。

けいおん! を見たとき、俺が初めに思ったのは、そういう類の懐かしさだった。
他の類似のアニメに比べて、キャラクタデザインが極端にはアニメ臭くないこともあり、
多少、リアリティーを感じやすいのかな、とも思っていた。
(でも、これはあまり一般的な感覚ではない。どこからどう見てもアニメ臭い、というものが実際的ではあるだろう)

俺は、そんな程度の感覚で、けいおん! について文章を書き始めた。

(1)懐かしさ。
(2)モラトリアムの終わり。
(3)アニメと原作との違い。削った要素。追加した要素。
(4)商業的な意味。

●●

俺は書いていくうちに、どんどんと論点から外れていくような違和感を感じていた。
俺は全くもって、どうしょうもないピンぼけな文章を書いてしまっているのではないかという感覚に襲われていた。

冷や汗が出た。
俺は今日までの文章を読み返し、余計な部分を消していった。
そしたら、残ったのはたったの一文だった。

『けいおん! は、なめらかである』

そして、その一文もまた、嘘っぽかった。
俺はテキストファイルを丸ごとゴミ箱に放り投げた。

●●

頭の中が整理できていないので文章が散漫であり、申し訳ない。
こんな文章は人に読ませるものでは、勿論、無い。

けいおん! に対する俺の感想は全くもって、要領を得ない。

例えば、俺はアニメのけいおん! を見てから原作を見た。
きらら本誌も見た。

そういうところからの感想をざっくりと述べれば、『アニメが原作を食べてしまった』というものだ。
アニメと原作、どちらが良い悪いという話ではなく、
情報量的に、アニメは原作を内包してしまった。

単純に、アニメは大人数で作られ、動画に仕上げられ、声が入り、音楽が入る。
周辺の商材も展開され、有形無形の情報が世に放たれる。

俺は、ここに、息苦しさを感じた。

けいおん! に関係する、色んな人たちの誰に感情移入しても、息苦しい。

原作者。
出版社。

出版社とアニメプロデューサーはもちろん、つながっている。
きらら漫画タイムという雑誌は、正直に言えば萌え漫画雑誌だ。
4コマに特化するという思い切った舵取りでコストダウンと量産性を実現した、戦略的な漫画雑誌。
そして、常に、アニメ化をもくろんでいる。

4コマはアニメ化しやすく、ヒットのしやすい。
らきすた。ひだまり。GA。working!

アニメ単体では儲けにならないが、DVD売り上げ、CD,フィギュア、その他いろいろの商材を組み合わせて儲けをあげる。

TBS、ポニーキャニオン、その他、おもちゃメーカー。
そして、そのターゲットは20~30代男性だ。

独身で性欲と時間とお金をもてあました世代。

そこへ、キスシスやクェイサーのような物語を送り込んだのが今までだった。
アニメ的で性的なアニメ。
しかし、それらが飽きられ、右肩下がり、そこに登場したのが、女性監督の手によって丁寧な青春ドラマに仕上げられた、ある意味ストイックなけいおんだった。

けいおん! はストイックだ。

原作のもっていた百合や漫画的なギャグは薄くなり、山田尚子監督のノスタルジーが多く挿入された。
その結果、ある意味、古くさい演出、昔懐かしの青春ドラマのような空気が入り込んできた。
それが京都アニメーションの現代的な作画で描かれたことで、現代的なアニメに仕上がった。

そこに通底するのは勿論、ビジネスとストラテジーだ。

けいおん! というひどく純粋な物語の裏に、計算されたビジネスが存在する。
勿論、当たり前のことではある。
すべてがコンテンツであり、コンテンツは商売なのだから。
(しかしながら、俺が、今現在、ひどく酔わされているこの感覚もまた商売であるという事実は、自明のことながらも、少し、重い)

●●another hand●●

彼氏がけいおん! を見ていた。
おいおい、と私は思う。

お前、アニメとか、見るのかよ。

彼は私のその冷たい視線に気づき、DVDを停止させようとし、しかし、ここで停止したら負けだと思ったのか、開き直る。

「けいおん! は面白いんだよ!」
「えー。オタク臭い」
「アニメ見るくらいでオタクなのかよ!」

彼は顔を赤くして怒る。
オタクと呼ばれるのが心外みたいだ。

「お前だって漫画見てるだろ!」
「漫画はいいでしょ。みんな見てるよ」
「漫画がよくてアニメがだめなのか?」
「だめっていうか、けいおん!って、なんていうの?
 『美少女』しかでてこないじゃん。レズっぽいのもキモいし」
「……」
「そうそう。いい表現だ、これ。キモいんだ。キモい」

彼は黙る。
その表情は複雑だが、言い返す言葉もなさそうである。
私は畳みかけることにする。

「もしも、キャラクタがみんな男だったら、見ないでしょ?」
「……見ないな」
「男子校でさ、男同士がいちゃいちゃしながらけいおん! ってしてたら、見ないでしょ?」
「……」
「ってことはさ、なんだかんだで『アニメ美少女』が見たいから見てるんだよ。青春ドラマだとかなんだとか言ってもさ、結局はそこなんだよ」
「……」
「音楽がいい? 演出がいい? モラトリアムの儚さと楽しさの現代的な表現だ?
 そんなのは後付けだよ。全部、後付け。
 結局は『アニメ美少女』が好きなんだろ?
 だから、そういうのはキモい。キモい」

ここで、やっと、彼はDVDを停止する。
そのままDVDを取り出し、ケースにしまう。

「……俺がここでどう反論しても、キモいの一言でやっつけられてしまうのか」
「そうだよ」
「物語、とか、こう、文化としての文脈というか、そういうことを言うと、なおさら泥沼なんだろうな」
「勿論」
「コミュニケーションの断絶か」
「逆じゃね? 私からすりゃ、『オタク趣味なんかやめて、現実に帰ってこーい』って感じだ」

●●●●

帰ってこーい。

と、私は私に言って、帰ってくる。
メイドさんに説明するための言葉はまだ見つからない。

キモい、と言う便利な言葉こそ、メイドさんは使わないかもしれないが、
おそらくはそういうレベルでの立脚点の相違というものが存在しているのだ。

●●●●●●

私から見れば、ただの普通のアニメのようにしか見えませんでした。
特別なことは何もなく、日々量産されては消費されていく普通のアニメ。

なぜ、あんなに熱狂的にはまっているのか、私には理解ができません。

私はただ、帰ってきてほしい、のです。

●●●●

一冬を越え、硬く固まった土に鍬(くわ)を入れる。
5月末の風は、意外に冷たい。

粘土質の土を掘り起こし、刃を入れ、崩していく。
今年は植物の育ちが悪いかもしれない。
寒さに強い、枝豆をいっぱい埋めよう。

定年まで勤めあげた会社を去り、早くも3年が経った。

孫は今年、幼稚園に入る。
贅沢は出来ないけど、静かにささやかに生きていけるくらいの貯金はある。

こんな家庭菜園で自給自足できるほどの量は採れない。
けれど、何かを育てるということ自体がちょっとした慰めになる。

●●

ふと、けいおん! を思い出した。

2010年の物語、今から数十年昔の物語。
毎年、毎年、タケノコのように、新鮮な柔芽を見せる物語群の一つ。

私はパイプ椅子に腰を下ろし、一服する。

この年齢になり、人生が終わりに近づいてくる中で、わかったことが一つある。

物語とは、文字通り、『花』なのだ。

鮮やかに咲き乱れ、そして、惜しまれながら散っていく。
時代の空気と共震しながら、揺れ、濡れ、彩度高く、咲く。
私たちはそれに魅了され、うっとりと生きていく。
そして、散っていく様を残念に、寂しく思う。

●●

花は散る。

散らない花は無い。
だから、散ることを恐れてはいけない。
散った花を糊でくっつけて造花を作ってはいけない。

造花には美しさはなく、不気味で不健全だ。

私は空を見上げた。
魚の鱗のように、細かい雲が積層してゆっくりと流れていた。

物語、人間、常識、状況、その全ては流れていく。

憧れの人も、今は亡くなってしまった。
あの歌も今では古くさい。

ゆえに、今ある花を愛でよう。
昔の花に敬意を払いながら、今咲く花を可愛がればよい。

全てが流転する。

●●●●●●

モラトリアムは終わる。

モラトリアムを作家性にしていた人も、いずれはモラトリアム以降の物語を描き始める。

可愛いキャラクタが登場しなくなり、リアルな造形なキャラクタばかりが登場する。
昔の作風が好きな読者は失望して、去っていく。

『そういうリアルな漫画は他にもいっぱいある。もう、昔のような独特な魅力がなくなった』

だけれど、結局のところ、作家は自分の描きたい線しか描けない。

モラトリアム以降の人間は、再びあの混沌に戻ることはない。
戻ることは出来ず、もしも戻ったとしても、それは『造花』に過ぎない。

ところどころにつなぎ目が見える、不気味なゾンビに過ぎない。

●●●●

花は散る。

ブログもまた終わる。
毎日楽しみに見ていたブログが更新しなくなる。
週1回更新すればいい方で、月1回、半年に1回、年に1回とどんどん間隔が延びていく。

なんでもいいから更新してくれればいいのにな、とその静かなブログの前で私は佇む。

ほんの落書きの一枚でも、ほんの一言でも。

けれど、ブログは沈黙を守り続け、私はタブを閉じる。

●●

伝えたいことなんて、何一つなかったということなのだろうか。

『朝ごはんなう』

そうではなく、『朝ごはんなう』なんて、そんなこと言ってもしょうがないよな、
と思ったから沈黙したに違いないのだ。

こんなこと伝えてもしょうがないよな、
と思ったから、ブログは沈黙し、そして消滅していく。

『朝ごはんなう』

こんな漫画、描いてもしょうがない。
こんな文章、書いても意味がない。
こんなブログ、更新してもしょうがない。

それが、モラトリアムの終わりの一つの形態である。

●●●●

沈黙するということが、一つの大人の態度だ。

ギターをギターケースに仕舞うという態度。

ペンタブレットを押入に片づけるという態度。

自分のブログを見直す。
ろくなことが書いてなくて、ろくな絵がなくて、恥ずかしい。
だから、消して、静かに去っていくという態度。

●●
●●
●●

けれど、花は散るが、種が落ちる。

●●
●●
●●

メイドさんに伝えたいことは、私には無い。
私はけいおん! という花について、メイドさんに伝えたいことはない。
だけれど、強いて言うとすれば、私は受け取った、という事だけで十分だろう。

私は、けいおん! から種を受け取った。

けいおん! という花について、ことさら伝えたいことは何もない。
私は受け取った種を、メイドさんの目の前で咲かせばそれでいい。

物語は花であって、結果として散種する。
私たちはそれを受け取って、次の花を咲かせればいい。
黙って受け取ればいい。

ここまできて、やっと私はメイドさんに伝える言葉が見つかる。

「けいおん! について、私はメイドさんには何も説明しないことにした」
「……え?」
「説明しないかわりに、作る」
「……あ、あの、何のことでしょうか……」
「以上です」
「……は、はあ」

●●

メイドさんは頭の上ではてなマークをいくつか浮かび上がらせ、首をちょっと傾ける。
でも、『作る』っていう響きが心地よかったので、まあ、いいことにした。

そうそう。

何よりも大切なのは、『作る』っていうことですよね。

せっかく、生きているんだから。
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4コマ漫画症候群 2010年05月30日 日記 トラックバック:0コメント:0

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4コマ漫画ばっかり読んだり描いたりしてると、
4コマ漫画のリズムで現実生活が過ぎていくわけですが、
そこで気付かされることは、やっぱり、
『良い人生』とは『毎日を良く生きる』ということに尽きるのだな、ということであります。

それと合わせて、
健全な身体に健全な精神が宿る、と同様に、
健全な日々であるからこそ健全な漫画が描ける、と言えるのではないのでしょうか。
(それをお前が言うなブログランキングに震撼を走らせる)



拍手ありがとうございますー!
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漫画も小説も書けないならセリフだけ書けばいいじゃない、の巻 2010年05月28日 落書き トラックバック:0コメント:0

 
他人に『何か』をお勧めするのは非常に難しい。

おすすめの漫画。
おすすめの映画。
おすすめのラーメン。
おすすめの音楽。
おすすめの物語。
おすすめのブログ。

背景:2年の教室内
レイアウト:窓際、イヤホンで音楽を聴く梓

梓の背後に黒い影が忍び寄る。

唯:「あ~ずにゃん!」
梓:「にゃっ!? や、やめてください! ここ教室ですよ!?」
唯:「あずにゃんが可愛い過ぎるのが悪いんだよー」
梓:「……へ、変なこと言うのやめてください!」
唯:「変じゃないよ? あずにゃんは私の可愛い可愛い大事な後輩なんだよ? ちっとも変なんかじゃないよ?」
梓:「ああ、もう、訳のわからないこと言って……放してくださいよ……唯先輩……」
唯:「あと10分だけ~」
梓:「……」
唯:「あずにゃん……って、あれ?」

と、ここで梓の耳にイヤホンが付いていることに気づく唯。
耳を澄ませば、しゃりしゃりしゃりと高音が漏れている。

唯:「あずにゃん。何の音楽聴いているの?」
梓:「あ、これですか? ちょっと昔のアルバムなんですけど、___のファーストの2曲目です」
唯:「ふーん。いい曲?」
梓:「唯先輩の好みかどうかはわかりませんけど、私は好きです。何回か聴くと、アルバム全体の流れにぴったりで、あー、いいなって思ったりします」
唯:「……あずにゃん、イヤホン片方借りていい?」
梓:「そ、そんな変な聴き方しないでください。両方貸しますから」
唯:「悪いねえ、あずにゃん」

ワクワク顔で5秒ほど聴く唯。
しかし、んーちょっと……、という感じでイヤホンを外す唯。

唯:「こう、あれだね、あずにゃん。これ、高級なコーヒーみたいな感じの曲?」
梓:「こ、高級なコーヒー?」
唯:「こう、苦みがありつつも紳士的な味わいっていうのかな~」
梓:「……難しいです。でも、とにかく、唯先輩にはあんまり合わなかったんですね?」
唯:「んー。でも、でも! あずにゃんのことは嫌いにならないから!」
梓:「な、なんでそういう話に繋げるんですか!」

そんな2人のところに澪と律がやってくる。
2人とも鞄を担いでおり、これから部室に向かうところだという空気を表現する。

澪:「なんだ唯。先に部室に行ってるかと思ったら梓のところにいたのか」
唯:「あずにゃん分を補給しないと部活ができないんだよ~」
律:「部活っていうほどのことはしてないけどな!」
唯:「そんなことないよ? りっちゃん、今という瞬間瞬間を楽しむという名の大切な部活なんだよ?」
梓:「全然意味がわかりません」
律:「おおっ、梓、これ、ipodTouchだな? 買ったのか?」
梓:「あ、はい。ネット通販で安売りでしたので」
澪:「こういうのって音質ってどう?」
唯:「私にはわからなかったよ~。高級なコーヒーのような、大人な感じの音楽なんだよ」
律:「いや、唯の例えじゃ全然わからねーし」
澪:「ちょっと聴いていいか? 梓」
梓:「ええ。どうぞ」

澪、イヤホンをはめてみる。

律:「澪はこういうの似合うよな。ヘッドフォンとかイヤホンとか」
唯:「りっちゃんはヘッドフォンすると、ヘッドフォンヘッドフォンになるよね~」
律:「いやいや、私のこれ、ヘッドフォンじゃないし!」
唯:「ヘッドフォン on ヘッドフォン」
律:「だから違うっての!」
梓:「唯先輩も英語がわかるんですね」
律:「onだけしかわかってないだろ」
唯:「そんなことないよ~! in も underもわかるよ~」
律:「小学生か」

澪、イヤホンを外して梓に返す。

澪:「ありがとう、梓。なんか、あれだな、こまかい音が潰れて聞こえるような感じだな」
梓:「そうかもしれませんね。特に高音域が軽くてガサガサになってる傾向があるかもです」
澪:「何が悪いんだろう。イヤホンかな?」
梓:「うーん。でも、学校でさらっと聴く分には私はこれくらいでもいいと思ってますけど」
唯:「りっちゃん! なんかこの2人、難しい話してるよ!」
律:「唯。ここで何か対抗してもっと難しい話をするべきなのでは」
唯:「了解です! ねえねえ澪ちゃん、私、美味しい紅茶の飲み方知ってるんだよ~」
律:「飲み方なのかよ」
澪:「どんな飲み方なんだ?」
唯:「こう、まず、カップを用意します」
梓:「そんなところから始まるんですか」
唯:「こう、注ぎ込みます」
律:「勢い付けすぎだろ」
唯:「で、こう、飲みます!」
梓:「一気飲み!?」

●●

話がずれた。
というか、始めから何一つテーマもオチも考えてなかった。

でも、こんな適当なブログが世の中に1つくらいあっても別にいいのではないかと思うのだった。




拍手ありがとうございますー!

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「みんな、私より先に大人にならないでね?」 2010年05月25日 漫画 トラックバック:0コメント:0

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上の漫画とは全く関係ないことなのですが、
ここ最近、任天堂と京都アニメーションのことばかり考えております。

共通点は、もちろん、『京都』なのですが、
もっと重要なことは、
『モラトリアムの描き方に美学がある』
ということなのではないか、と思い始めております。

その美学とは、簡潔に具体的に言えば、
『モラトリアムの終わりの方向から描かれたモラトリアム』
なのではないでしょうか。

少なくとも、
『モラトリアム最中から描かれたモラトリアム』
ではないことは確かです。

まあ、とりあえず、今日はけいおん!! の日なのでこんな程度で。
(書き逃げ過ぎるにも程があるブログランキングに名を連ねる)




拍手ありがとうございますー!


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感情360°回転少女 2010年05月19日 漫画 トラックバック:0コメント:0

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定時で会社を出た。
仕事は残っていたが、振り返ることはなかった。
気付けば電車の中で揺れていた。

揺られながら、けいおん! のことを考えていた。
最近、考えていることは2つしかない。
『仕事』か『けいおん!』である。

けいおん! とはなんなのか。
それは一つの物語である。
しかも、見方によってはひどく偏った物語である。
しかし、一言で言えば、それはいわゆる『青春ドラマ』であるらしい。

なぜ、これほどまでに心惹かれるのか。
感情が揺さぶられるのか。
職場から逃げ帰るようにしてまで、その物語を欲するのか。



昨日の深夜に放送されていた第7話の録画を見る。

……。

…………。

………………。

泣ける。

せつない。

画面のにぎやかさ・展開の華やかさとは裏腹にある寂寞感がものすごい。
それはもはや、耳を塞がずにはいられない、大音量の、しかし、無音の感情だ。

2周目はシナリオを起こしながら見る。

そうすると、見えなかったところがくっきりと見えてくる。
まるでハイスピードカメラで撮影しているみたいに。

……。

なぜ、曽我部会長は、来なかったのか。

答えは非常に明朗であり、それはすなわち、
『卒業した』からだ。

そしてそれは誰もが卒業するということだ。

『卒業した』から、『来ない』。

そして、その日は皆にもやってくる。
逃げることなど決して出来ないのである。

私達は逃げられない。

その、『来ない』、は、かなたからこなたへ、確実にやってくる。




拍手ありがとうございます!




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ディファレンシャル少女 2010年05月19日 漫画 トラックバック:0コメント:0

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今日はけいおんの日なのでさらりと。




拍手ありがとうございますー!

拍手返信(とさずさん)>個人的にはウシジマくんとかナニワ金融道とかを読むと、
あまりお金を使わなくなるので重宝してます。衝動買いしそうになったときは、
すかさずウシジマくんをイメージしたり。
そういう意味ではよいのではないかと思ったり思わなかったりしてます。

拍手返信(そふえさん)>気持ちの問題なのではないのでしょうか。
透けて見えるか、見えないか。あの黒に何を見出すかという、
何を見たいのかという、選択の問題なのではないのでしょうか。
あえて言えば、見えようが見えまいが、一生懸命はむはむするので関係ありません。

拍手返信(3名がからんで)>脳内では絡みまくりなのですが、なかなか
こう、世の中に出しにくい内容ではあります。しばらく堀口作画監督の絵を
練習してから、少しずつけいおん4コマブログに移行していく算段なのであります。
まあ、その、と、とりあえず、服を着てくださいw




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純度100%の『日常的物語』 2010年05月16日 漫画 トラックバック:0コメント:0

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あんまり自分を追い詰めると鬱っぽくなりますが、
それすら楽しめてこそ本当のドMなのではないのでしょうか。




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けいおんファンブログとしては、やはり下手なりにもキャラが描けるように
ならなければならないのではないか、と思い、今日から練習する所存です。




【誰得! 超個人的けいおん感想文 #1 高3!】

今朝、早起きしまして、けいおん! 第1期を全話通して一度に見ました。

そのなかで、色々と思うところがあったのですが、
とりあえず、自分の中に残った一番大きな感想としては、
『やっぱり、戦わなくてもいいんだ』
というものでありました。



世の中には色々な物語があります。
もはや、存在しない物語を探すほうが難しいのではないのでしょうか。

そんな物語群を大雑把に分類すると、

(1)戦う物語
(2)戦わない物語

の二つに分けられるのではないでしょうか。
しかしながら、この分け方では、
きれいにすっぱりと分かれるものもあればそうでないのもありますので、
ここではもっと厳密に、

(1)ほんの少しでも戦う物語。
(2)ほんの少しも戦わない物語。

と分けることにします。

そうすると、前者には『ドラえもん』が含まれる程度の大きな括りになります。
いくら戦いがメインではない物語でも、ほんの少しでもそういう要素を含めば、
前者のカテゴリに入れてしまう、という強引な仕分け方を想定します。

少々、前置きが長い気がするので、以降ははしょって、
結論から述べると、けいおん! は後者に相当します。

別段、後者のカテゴリは希少かといえば、そうではなく、
かなり多くの物語がここにはあるとは思います。

ここで重要なのは、その後者の物語に共通する要素があるということです。

その要素とは、
『日常的である』
ということです。

極端に言えば、生きているということだけを描くという事です。
成長も葛藤もあるかもしれませんが、巨視的に見たときには、
ただ、『日常的に生きている』ということだけが浮かび上がる物語。



世界の本質は、『戦い』と『日常』のどちらなのでしょうか。

『闇金ウシジマくん』と『ひだまりスケッチ』を同時に購入した私は
悩みました。

どちらが本当の世界なのでしょうか。
もしも、どちらかが本当なら、その一方は嘘なのでしょうか。

あるいは、このような問いかけ自体がおかしいのでしょうか。

『どちらも物語・テキストでしかない』
という一昔前に流行った態度は、今はあまり心に響きません。

ここでは、素直に、『どちらも本当である』としたほうがいいと思います。
そして、この二つの世界を無理に接続する必要もないと考えたほうがいいと思います。

どちらも本当の世界を描いてあります。
ここでの『本当』というのは、『細部の正しさ』のことではなく、『語り口の正しさ』のことです。



騙し絵というものがあります。
ある見方をすれば、『壷』に見え、または『横顔』に見えるといった絵です。
ウシジマくんとゆのっちは、この騙し絵のようなものであり、すなわち、
この二つの違いは、それは世界を見え方の解釈、選択の違いに他ならないのではないでしょうか。



ここからは個人的な態度の話になります。

私はもう、戦う意志が微塵もありません。
そのため、『戦う物語』を見ても、なぜ戦っているのかがわかりません。
言葉としては理解でき、物語自体も理解できるのですが、
そこに感情の共振点を見出すことができません。

その理由や意味はどうあれ、このような精神傾向であるがうえに、私が
『全く戦わない物語』に傾倒していくのは自然なことのように思えました。

『咲-saki-』という麻雀漫画がありますが、
単行本の表紙や、各話の頭ページは大抵、
田舎の風景にキャラクタがうつりこんでいるシーンになっています。

私はそういう絵が好きで、それゆえに『咲-saki-』が好きです。
なぜなら、ここには、『全く戦わない物語』が見出せるからです。

けいおん! もまた、『全く戦わない物語』です。

『全く戦わない物語』のみで構成されているといっても過言ではありません。
純度100%の『全く戦わない物語』です。

それはつまり、それゆえに、けいおん! は
純度100%の『日常的物語』であるともいえます。

●●

勿論、
「あんな人間、現実にはいないよ。だから、全然日常じゃないよ」
という話もあるわけですが、そのような省略・モデル化は『物語』の
性質・仕様であるため、特に問題ではないはずです。
(『語り口』の態度・トーンの選択の問題ではありますが)



拍手ありがとうございますー!



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よかったねと。 2010年05月15日 漫画 トラックバック:0コメント:0

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なんだかんだでkeyはすごいと思う。
あの時代のあの流れの中であんな直球を投げられたのは
まさしく奇跡的な感じがする。




落書きを再利用して誤解されそうな漫画の1部分に改変する実験。


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こういう服って、脱いだ時、どうなってるんだろうか……
と、今更ながらに思ったりした。




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いやいや、これは明らかにへんなことしてるシーンだろ……
と、自分で描いておきながら思ったりした。




【超個人的! けいおん感想文 #1 高3!】

『私、ギターとボーカルの平沢唯です。可愛いものと、美味しいものが大好きです』

というキャラクタ紹介のモノローグのとき、
画面に映っているのは『中野梓』と『食パン』であった。



「あーずにゃんっ!」
「にゃッ!? や、やめてください! ここ、廊下ですよ!?」

梓を後ろから抱き締める唯の図。

一応、言葉では嫌がる梓。

しかしながら、「ここ、廊下ですよ!?」というセリフを裏返せば、
「廊下じゃなければ、いいです」
になるわけなので、結局は嫌がってないことになる。

この構図、始まりを思い起こせば、けいおん! 第1期 第9話に遡ることになる。



けいおん!
第1期 第9話。

梓、けいおん部に入部。

待ちに待った放課後がやってきて、梓は元気良く音楽室へと入っていく。
しかしながら、そこでみんな揃ってやることといえば、お茶とお菓子とおしゃべりのみ。
顧問のさわ子先生すら、そんなみんなを怒るでもなく、のんびりとケーキを食べるのみ。

……あれ?
……これで、いいんでしょうか?

いや、おかしい。
これは変だ。

あ。

もしかして、試されているのでしょうか?
もしかして、ここで私の自主性が試されているのでは?

と、梓はギターを1音鳴らして、その直後にさわ子先生に怒られる。

「うるせー!」
「えー!?」

え。

え。

ええっ!?

……う……ううっ。

ショックで泣く梓。

……そして、この後、

梓を慰める律、澪、紬、唯。

突如、ブチ切れる梓。
「だめですー!! こんなんじゃだめです!!
 全然やる気が感じられません!!
 ティーセットもお菓子も撤去すべきです!!」

「そ、それだけは勘弁してー」
泣いて懇願するさわ子を一喝する。
「顧問なのに何を言ってるんですか!!」

「あわわわ。どうにかしないと……」

「まあまあ、落ち着いて……」
と律がなだめるも、
「こんなんで落ち着いていられますか!!」
とはねのける梓。

「こんな……え?」

ふにゅん。

と、いきなり梓を後ろから抱く唯。
梓の頭をなでなでしながら、「いいこ。いいこ」とあやす。

「ちょ、そんなんで収まるはずが……」
と澪があきれるが、

そこにはほんわかした笑顔の梓がいた。

「収まった!」



ここは、特筆すべきすごいシーンである。
唯のすごさがここで垣間見える。

本気で怒ってる梓に対して、いきなり距離をゼロにして抱き締めている。

果たして、普通の人はこれができるだろうか?

ここで、
「いやいや、これ、漫画だから」
と思う人もいるかもしれない。

しかし、
漫画であっても、である。
漫画であっても、こういう解決方法をやってしまう発想があるだろうか?
発想して実行してしまうキャラクタがいるだろうか?

事実、そんなキャラがいたのであり、それが平沢唯だった。

●●

こんな変な感想文を書き続けていっていいのだろうか、
とふと思ってしまったのでここで一旦区切ることにする。




拍手ありがとうございますー!





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「だめです! 私の目の届く範囲にいてください!」 2010年05月14日 漫画 トラックバック:0コメント:2

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しかしながら、1コマ目の時点で既に襲ってるんじゃないかという感は否めないのだった。



【超個人的メモ けいおん!! 1話 感想文】

#1 高3!

桜の下を走る唯。
静かな校内。音楽室。生々しいギターの音。
他の生徒の登校。
律。澪。紬。梓。一人ずつ合流して、音楽室の前へ。

唯、立ち上がり、腕をぶんぶん回してギターの弦を鋭く鳴らす。

ジャーン、ジャーン、ジャーン。

唯「かっこいー」

律「……なにやってるの?」

唯「え?」

唯、演奏をやめる。
4人の方に顔を向けて、

唯「……新歓ライブに向けて、必殺技開発中ーっ!」

4人「へー」

梓「……それにしても、唯先輩早いですね」

唯、頭の後ろに手をやって、

唯「目覚まし時計つけ間違えて、1時間早く登校しちゃった」
梓「はぁ」

律「ん? 顔になんかついてるぞ?」
唯「え? ん? ぁ、あ!」

唯、頬や口の周りに手をやる。
唯、何がついているのかがわかり、目を輝かせる。

唯「パン!」

カメラが唯をかすめながら、食べかけの食パンを映す。

唯「食パン!」

⇒オープニングへ。

と、思わず、シーンを書き起こしてしまうくらい、素晴らしい始まりでした。
このシーンだけでも、『けいおん!!はこういうリズムで描きますよ』という想いが
ずしずしと伝わってきまして、私個人的には、この時点でもう半泣きです。

私の勝手な思い込みかもしれませんが、けいおん!!はけいおん!と比べて
あきらかに作り方が違うなと思いました。

テンポをゆっくりにして、いかにもなアニメ的ではなく、実写的な、映画的な、
おちついたレイアウトで、5人の生活をしっかりと描いていこうとしています。



けいおん! は、終わりがあります。
らきすたにも終わりがありました。

それは『高校生活』の終わりのことです。

元をたどれば、ほのぼの日常4コマ漫画。
であれば、サザエさんや、ちびまるこのように、永久的に同じ時間を過ごしてもよかったのです。
ところが、らきすたもけいおんも順調に季節をすすめ、学年を増やしていきました。

あの『こなた』も大学生になり、『唯』も高校3年生になりました。

もちろん、物語の中の話ではありますが、しかしながら、進めてしまった時計を戻すことはできません。
修学旅行は1度しか行けないし、学園祭は3回しかないのです。

すなわち、作られた物語とはいえ、けいおんは一度しか描けない物語を進んでいるわけです。

一生に一度しか起こり得ない、かけがえのない日常。毎日。

それを描くということに自覚的になった時点で、自然とこのような、
歩くようなスピードの物語にならざるを得なかったのではないのでしょうか。

最後の一年間。
笑っても泣いても、もはや、この一瞬一瞬は戻ってこない。
5人でケーキ食べて、紅茶を飲んで、たわいもない話をする日常。
ギター、ベース、キーボード、ドラム。
おそらくは、二度と同じ音は鳴らない。
同じニュアンスでは鳴らない。

だから、丁寧に作らなければならない、と考えたのではないでしょうか。
言葉や動きではなく、空気を描き、無音を描き、色彩を描く方向。

修学旅行! の夜のシーン。
寝静まったところで、その静かさに耐え切れずに笑い出すシーン。
あのときの無音や、お湯ポットをフレームにかすめさせて作り出した画面のタメこそが、
けいおんの2期で最も描きたかったものなのじゃないかなと思いました。

無音。

静けさ。

梅雨。

憂の部屋。
適当に重ねられた布団。

純はもうベットの上で寝ている。

梓は天井を見つめながら考える。

――唯先輩たち、修学旅行、楽しんでいるのかな。

来年には、もう、4人の先輩はいなくなる。

あの5人の軽音部はなくなる。

失われる。

永久に失われる。

二度と、この瞬間は戻ってこない。



山田尚子監督はけいおん!!を『青春ドラマ』であるとしている。
『青春ドラマ』という言葉は、今や、カギカッコの中でしか存在しない。

なぜなら、それは一度、消失したからである。

そのような物語は、なぜか、『』的なものになってしまった。
80~90年代的な『トレンディードラマ』だったから。

そこから、いわゆる物語の解体が始まった。
難しい意味ではなく、ただ、そういう物語に飽きたから新しく書き直していったのである。

物語を物語で上書きする。
それが90~00年代の流れだった。
それが新鮮だった。メタフィクション。自己参照物語。
物語に自覚的でない物語は古い。そういう感覚。

だから、けいおん!! は今日では、物語として真っ直ぐすぎる。
それなのに、今、けいおん!! はすごく、見る人の心を震わせてしまう。

なぜなのか。
謎である。
不思議。
不思議すぎる。

とりとめもない文章になってきたので、ここで終わりにします。

とにかく、けいおん!! は本気でおすすめです。
まだ見てない人は幸せです。
見ましょう。



拍手ありがとうございますー!

拍手返信>もちろん、ここはあなたの席でもありますw
もにゅもにゅとかむにゅむにゅとかもうなんでもしちゃいますw
さあ、横になってください! でも服は脱いじゃだめですw

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ひたすら甘やかされる日々は良いとも悪いとも言えない。 2010年05月09日 漫画 トラックバック:0コメント:0

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google先生に依存しすぎている今の生活を少しは改めたいとも思うのだった。



拍手ありがとうございますー!
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今日の絵でやっとブログ容量が10%埋まったでござるの巻 2010年05月05日 漫画 トラックバック:0コメント:0

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iPadが欲しくて欲しくてたまらないです。
iPadがあれば、仕事の効率が良くなって、頭が良くなって、絵も上手くなって、すなわち人生がバラ色になる気がします!
(ここまで綺麗に洗脳されてると逆にすがすがしい)



拍手ありがとうございますー!

拍手返信『ウミショーっぽい』>おおっ。確かに。言われてみれば、はっとりみつるっぽいですw
基本的なネタの進行を軽い下ネタで統一しているあたりも結構似ているかもしれませんw
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googleMapで任天堂と京都アニメーションを見て観光気分のGW4日目 2010年05月04日 漫画 トラックバック:0コメント:0

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自分の絵は、どっちかというと、高田裕三っぽいのではないかと思う。
(どこが? と言われると土下座するしかない)




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あずにゃんの練習。
でも、自分の描く唯は、どっちかというと、海藍っぽいのではないかと思う。
(どこが? と言われると土下座するしかない)



拍手ありがとうございますー!



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先っぽだけなら問題ないと思います。という問題発言をさらりと流すGW1日目。 2010年05月01日 漫画 トラックバック:0コメント:0

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私の中の『文芸部門』と『漫画部門』の作家性の乖離具合が著しくなってきた。
(バンドなら解散しかねないレベル)



拍手ありがとうございますー!

拍手返信>私の場合は『着衣おっぱい』と『FPS』と『縦STG』です。
こんなダメ人間であり、ふつつかものですが、何卒よろしくお願いいたしますw
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