死んだ人たちの伝達は火をもって 2011年09月25日 日記 トラックバック:0コメント:0

僕は売れないゲームを作り続けていた。
売れないゲームは作る前から売れないことが確定している。

売れないゲームは企画書に企画予算本数が記載されている。
例えば、僕たちが今作っているゲームの企画予算本数は1200本であり、
企画書の2ページ目にMSゴシックでしっかりとその同人誌的な数字が明記されている。

全ての開発業務は1200本という数字を基に行われる。
1200本でも黒字になるように僕たちは開発を進める。
これは不可能なことではない。
僕たちは長らくゲームを作り続けている。
威張れるようなものではないけれど、蓄積というものがある。
かっこよく言えばフレームワークが出来ている。
正直に言えばコピペ素材が出来ている。

コピペはゲームだろうか?
僕は違うと思う。けれど、それは個々人の定義によって異なることだ。
入力があって、出力があれば、それがゲームだという人もいたっていい。



僕は夢をもってゲームを作り続けていた。
しかし、それは夢というより妄想の類いだった。
いつしか、1200本で赤字にならないゲームを作る、という内容のゲームに没頭していた。
僕たちはゲームの新作カタログを見れば、こんなゲーム売れないだろうな、と一瞬でわかる。
その識眼は小学生たちのほうが正確かもしれない。

安っぽい。
面白くなさそう。
微妙。
100円でも買わない。

僕たちはそんなゲームを作っている。今この瞬間にも。

それは恥ずかしいことなんだろう。本当は。
しかし、僕はその感覚を失って既に長い。

僕は夢をもってゲームを作り続けていた。
いつかは創造的な、ゲーム作りとしての最先端に到達する瞬間を夢見ていた。
だけどそれは実際は言葉だけであることに気づき始めていた。
僕は言葉だけならいくらでも強がれる。
理想を語れる。
でも、それが現実的でないことに気づき始めていた。
僕はそれに気づいているからこそ、1200本のゲームを作るという苦行に甘受しているのかもしれなかった。



ゲームの企画は色々ある。良いもの、悪いもの、悪いけれど作らなくていけないもの。
1200本のゲームは一番後ろのジャンルに相当する。
安い予算が組まれ、下請けに投げ込まれる。
下請けはそのまま孫請けに投げ込む。

生まれた瞬間から傷だらけで難ありのゲームを僕たちは作る。
1200本という数字は内訳が存在する。
つまり、希望的観測が含まれている。
僕たちはその分は除外する。
超絶リミテッドな条件下でのゲーム製作。

これはひとつの世界であり、あなたと地続きの僕たちの現実だ。
僕たちは僕たちが誰よりも不幸であるなんて主張はしない。
僕たちは案外醒めている。静かに窓の外の風景を眺めている。

僕は僕の手を見る。
僕は僕の手の細さに僕の諦めを見る。

――なんで、こんな低予算なゲームを作るんだ?

開発会議のなかで、H課長が僕にどなった。
僕は苦笑いをするだけだった。
僕が1200本という数字を決めたわけでもなく、
僕がこのゲームを作ろうとしたわけでもなかったからだ。
すべては上から降りてきた仕事だった。
H課長は僕の無能をなじった。
僕は苦笑いで聞き、議事録にどうまとめようか、それだけを考えていた。

――会社が潰れるぞ?

僕はごもっともだと思います、と言った。
けれど、できる限りのゲーム作りをしたい、と開発側の誠意を見せた。

誠意?

僕に誠意なんてあるだろうか?
僕はこんなゲームを本当に作りたいのか?

――責任取れよ?

僕にはどのように責任を取ればいいのかわからない。
不眠不休でゲームを作ればいいのだろうか?

●●


当時小学生だった私にとって、ブログは冒険だった。
他人の書く一字一句が、そして自分が投稿フォームに打ち込む一字一句が冒険だった。

冒険。
それは、狭いカゴの中に生まれてからずっと閉じ込められてきた子犬が、ついについに念願の自由を手に入れ
広い大地へと放たれた、その瞬間の脳内感覚の持続だ。

その脳内感覚は私をひどく魅了する。
地面を踏みしめるだけで嬉しくてヨダレが垂れる感覚。
一秒たりともじっとなんかしてられない感覚。
空間を駆け抜けようと身体中をバネのように伸縮させる、あの瞬間の感覚。

当時小学生だった私にとって、ブログは冒険だった。
でも、いつしかブログは冒険じゃなくなって、中学生になったときに私はブログのアカウントを削除した。

世界は、ブログは、冒険じゃなくて日常に変わっていた。
正確にいうと、世界やブログはずっと昔から変わっていなくて、ただただ私が冒険者から日常者に変わっていた。
私は日常者になっていた。
子犬もまた大人になり、残飯に味噌汁をかけただけのごはんを嫌がるようになった。

私は昔の感情を取り戻そうとする。
試しにパソコンを立ち上げようとする。
でも、私の指先は電源ボタンの刻印を撫でるだけにとどまった。
私は忙しかった。
やらなくてはならない事が100も200もあった。
いや、実際は8くらいしかないのかもしれなかった。
数を数えることを、私の頭は嫌がった。

私はいつしか冒険を嫌がるようになった。
『ひのきのぼう』から『どうのつるぎ』に買い換えてからは、町へ出るのも億劫になった。
私たちはスライムを倒し、ドラキーを倒さねばならなかった。
勇者は一人だけで闘志を燃やしていた。
俺たちが魔王を倒さねばならない、平和を取り戻さねばならない、と言い続けていた。
しかし、それは口先だけだった。
勇者は私たちに命令をするばかりで、自分は『ぼうぎょ』を選択し続けていた。
勇者の外見は悪くなかった。むしろ、庶民離れした美貌の持ち主だった。人目を引くオーラもあった。
勇者の血筋は人々に信頼感や正義感を匂わせた。そして、基本的には勇者は頭が悪くなかった。
勇者は口先だけだが、言っていることは間違っていなかった。正論過ぎるきらいはあったが、正論の強みもあった。
しかし、その話術は2歩離れた誰かを納得させ、信用させるかもしれなかったが、すぐ隣の私たちには届かなかった。

私は勇者の頭を矢で射るという妄想にふけることがあった。

インパクトの瞬間、勇者はその軽い頭で矢の運動エネルギーを受け止める。
あとは簡単な物理学の問題に過ぎない。勇者の頭は速度を持つだろう。エネルギーは保存される。
勇者は勇者ではなかった。偽物です。私はそう発言する。誰か、私を弁護してくれるだろうか?

――勇ましいから勇者なのではない。

夕食後、射精したような顔をして勇者は言う。

――勇者だから、勇ましくなるんだ。

私は心の中で矢を射るモーションをする。
それは祈りにも似ている。心の中で祈るように、私は勇者を射る。

(なぜか、勇者の崩れ落ちる姿は私によく似ていた)

●●●

自己免疫疾患。

僕とるきにゃんの病名・病状は複雑だけれど、まず最初に出てくるのはこの漢字6文字だ。

僕たちの身体は精巧に出来ていて、特に免疫系は奇跡の連続だけで構成されている。
身体の外部から敵がやってくると、その敵の性格を探り、データベースを検索し、抗体を作り、投入する。
第一次戦闘体勢。第二次戦闘体勢。第三次戦闘体勢。これで勝つる。

しかし、その敵だと思っていたものが、本当は自分自身だったら?

例えば、僕の身体にもう一人の僕が宿って、それを僕が敵だと判定したら?

僕は僕を殺すための抗体を作り出し、そして身体中に放つ。
僕の作り出した抗体は僕自身を攻撃し、いつしか僕は僕に殺される。

自己免疫疾患に伴う、精神疾患および身体疾患。

ポリフォニーではなく、シンフォニーだ、と担当医は言った。

僕はこういう語感のよさは病識には繋がらないと思う。
病識とは、自分の病気に対する自覚であるが、それはこういう概念的な理解のことではあるまい。

――心と身体はセットだし、似ているんです。
自己免疫疾患が身体を攻撃するとき、精神的な免疫もまた自身を攻撃するんです。

るきにゃんは言う。
眠たげな瞳が僕を見る。
白い病室には9月の日差しが溢れている。
僕もるきにゃんもきっと白飛びしているように見えるだろう。

――コンピューターの話ですけど、ウイルス駆除ソフトというものがあります。
あれが、変な風に動くとコンピューター自身を壊すことがあるそうです。
消さなくてもいいものまで消したり、変な風にデータを動かしたり。

僕は遺伝子の配列をイメージする。
トゲのついた金平糖のような抗体が僕の遺伝子をじくじくと傷つけていく。

――私たちの心もまた、同じような働きをするんでしょうね。
私たちの心のなにかを守るために、時には危険なことまで手を染めてしまうんです。

●●

オペレーションソフトの進化は私たちの心の進化によく似ている。
私たちの心は大人になるにつれ、並列化され、仮想化され、そして、単純化する。
私たちの心はマイクロカーネルを目指す。
心に直接アクセスすることを辞めるようになる。
それは危険だし、傷つくことが多いからである。
かくして、私たちは心からカーネルを浮遊させる。
サンドボックス化された感情がカーネルと心の間に配置される。

私たちは笑う。笑うと嬉しくなる、ということに気づいたためである。
嬉しいから笑うのではない。
このことに気づいた私たちはとてもよく笑うようになる。
笑えなくても笑うようになる。

そういうことの、ちょっとした不自然の固まりが、ウイルスチェックで引っ掛かることがある。
不良セクタとして弾かれた心の断片が、もしかしたらあなたの大事ななにかを形成している可能性だってある。

●●●

――あなたは勘違いをしているんです。
あなたは○○だから、このような振る舞いをするのではないのです。
あなたはこのような振る舞いをするから、○○なのです。



ある中年女性はひどく太っていた。
彼女は糖尿病だった。しかし、インシュリンを飲みながらも甘いものを食べたがった。
彼女は血糖値が上がると意識が混濁した。視野が狭くなり、立っていられなくなる。
それでも彼女は甘いものを食べたがった。
周りの人が注意しても、聞く耳を持たなかった。

――病気が私にこうさせるんだ。

彼女はそう言った。

―― 私だって甘いものなんか食べたくない。けれど、病気が私に食べさせるんだ。

だから、

――そいつを私にくれ。

と彼女は言った。



ある老年男性は身体が弱っていた。
彼は家族の介護を受けていた。しかし、彼はそれが恥辱的だと感じていた。
彼はいつも家族に手厳しい言葉を発し続けた。

――もっと上手に身体を持ち上げろ。
――もっと上手いもの食わせろ。
――この下手くそ。俺の身体が丈夫なら俺がやるんだが。

家族は彼に呆れ果て、怒りを覚え始めた。
彼はそれを感じとり、なおのこと家族をなじった。

――反抗的だ。この家の主は俺なんだぞ?
――なんだその目付きは。訴えてやろうか? 老人に暴力振るおうとしてるってな!

彼は家族に見捨てられ、施設に入る。
彼は家族への憎しみを込めて裁判を起こす。
しかし、誰がどう見ても彼が悪く、彼は勝てそうにない。
それどころか逆に慰謝料を請求されるはめになる。
彼はそれに気づき、泣いて謝る。

――すまんかった。でも、あれは年齢が俺にそうさせたんだ。

●●

死んだ人たちの伝達は火をもって。

茶絵にゃんはずっと前に退院した。
茶絵にゃんも僕たちと同じ病気だけれど、もちろん、人によって症状の大小は異なる。
彼女とは今もソーシャルネットワークで繋がっている。

身体の免疫性能を低下させるステロイド、嫌なことを考えなくてよくなる精神安定剤。
この二つを飲み続けている限り、僕はまだ退院できない。

僕はタブレットPCを撫でてその10インチの液晶から世界を見眺める。

色々なニュースを見るたび、僕は感じる。
世界はますます僕と同調しているように感じる。
(僕はいたずらにセカイ系を言っているのではない)

予言してもいい。

今のこの世界は自己免疫疾患だ。
これからの全ては自己免疫疾患的に振る舞う。

その本当の意味を、僕は僕の身体と心で知り尽くしたい。


死んだ人たちの伝達は
生きている人達の言語を越えて
火をもって表明されるのだ。
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このメイドさんは他人事に首を突っ込んで事態をかき回して怒られるタイプ過ぎてわろえない。



拍手ありがとうございます!

ばーるんさん>そのうち、『これは敗走ではなく戦略的撤退である(キリッ』とか言い出しかねません。
あと、エイラを脱がすのは結構難しい気がします。

宮藤「エイラさん、なんで脱がないんですか?」
エイラ「……はあ? なんのハナシだ?」
宮藤「私の治癒魔法は服を介さない方が効くんですよ?」
エイラ「そ、そうなのか? ナンカハズカシイナ」ぬぎぬぎ

(妄想してみたら4行で脱いだ。)
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