天下二分の計 2012年07月07日 日記 トラックバック:0コメント:0

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とりあえず、適当な絵を描いて、photoshopさんに丸投げするのだった。



普通日記 12.07.07(土)

いつだって奇跡は存在する。

どんなに寂れたゲーセンにだって天才はやってくる。
彼がそうだった。
いかにもニートで昼夜酩酊状態の彼にだって世界は開かれており、
無論、統計的にはいつだって誰でも天才になれるのであり、実際、彼は天才だった。

一方、世界はご覧の通りである。
民主党の崩壊、消費税10%、小沢一郎、違法ダウンロードの違法化、中途半端なandroidたち、
日の丸家電の崩壊、ユーロの崩壊、全然リアルじゃないリアルニュース、父親のリストラ、
母親の激昂、妹の援助交際、ブログの終わり、ソーシャルネットワークの衰退、
就職活動、結婚活動、死ぬための活動、そもそもデフレとは後ろ向きを意味する。
後ろ向きで縮小思考で失敗は即死。先生に怒られるのが嫌なら、発言をしないほうがいい。
学校の成績が低いのを恐れるなら、そもそも学校に行かなければいい。

デフレ思考が極まって、彼は学校を辞める。
しかし、彼はわかっていた。

彼がわかっていたのは、センスのよいゲームプレイだった。
ゲームを嗜むことがそもそもセンスがよいのかどうかは別の問題である。
彼はゲームのセンスがよかった。輝いていた。それは得点の多薄を意味しない。

彼は華麗にゲームを遊んだ。それはゲーム開発者を挑発しているような遊び方だった。
例えば、彼は怒首領蜂で、道中、一発も弾を撃たなかった。
それは不利な遊び方だった。謎な行為だった。もちろん、得点はゼロだった。
パワーアップすらしなかった。画面上で、彼はひたすら追いつめられた。
無惨に死ぬことすらあった。だけれど、それは見る人に感銘を与えた。
例えば私は彼のゲームプレイをyoutubeとニコニコ動画にアップし続けた。
『天才とバカは紙一重』『ドMゲームプレイ動画』『IKDさん卒倒動画』
コメント数マイリスト数の多さが彼のプレイの価値を証明する。

もちろん、高尚なメッセージはそこにはない。
彼はある意味、ただひねくれているだけだ。
ゲームは彼のような存在を想定していない。
弾幕はどんどん厚くなり、敵は画面上に居座り続け、弾を吐き続ける。
彼はけなげに敵の弾を避け続け、隅に追いやられ、逃げ場を失って死ぬ。
死んだ瞬間、弾消し効果で画面上いっぱいに弾消しエフェクトが光り輝く。
それは美しいが憂鬱で儚い。その瞬間、彼は何を思うのだろうか。ゲームは無意味だ、そう思うのか。

ゲームは無意味だ。

私はそう思う。ゲームと共に生まれたような若輩者の私はそう素直に思う。
おそらく、宮本茂もそう思っているはずだ。糸井重里も。飯田和敏も。須田剛一も。井内ひろしも。
無意味にこそ意味がある、と、いう言い方は嘘になる。ゲームはアートである、という言い方も嘘だ。
しかし、無意味というところからしか到達しない何かは確実に存在する。

無論、繰り返すが、意味なんか無いんだ。
それを実証してきた歴史がこのゲームの歴史だ。

ハドソンはパソコンがまだ高価だった時代にアマチュア的な立場からゲームをリリースしてきた。
パソコンの黎明期、パソコンは、文字通り、高価だった。今で言えば、軽自動車くらい?
でも、無理すれば変える値段だった。無理しても買う価値のある代物だった。
スティーブ・ジョブズがどや顔でaplle2を上梓していた。OK。
日本では? NEC、富士通、シャープ、日立、エプソン、ソニー。
私は富士通が好きだった。なんでだろう? FMという響きが好きだったから?
FMという字面はそのままFM音源に繋がる。チープだったゲーム音源に、圧倒的な音響感を見せつけたのが、
FM音源だった。

想像してもらいたい。
今まで、ゲームの音楽はチープだった。
画面のチープさと同じ程度にチープだった。
色は4色。テキスト(フォント)で構成されたキャラクターがぎこちなく画面を歩き、
その度に、beep音(極端に矩形的な波形の音)が鳴る。

ピ、ピ、ピピピピ、ピ、プーーー。

そんなゲームが常識的な中、あなたはダライアスの筐体に座る。
あなたにとって200円は貴重だ。確かに。その200円で何が出来るだろう? もちろん。
そのような問いかけはいつだって必要だった。この2012年の今だって。
しかし、あなたは高級感のある筐体に座り、200円を投入する。
圧倒的な音像があなたを包み込む。映画のような。映画を超える。現実すら超える。

意味がそこにあるだろうか?
そもそも、意味とはなんだ?

大人は言った。

意味があるのかね?

私は曖昧な笑顔で応じる。

意味とは、なんでしょうか?

君の人生は有限だよ。
有限ということは、無駄は省かなければいけないということだ。
君がブログやソーシャルネットワークなどをやっているとしたら、それはすぐに辞めなければいけない。
意味がないからね。
子供を作り、育てなさい。それが有意義ということだ。
立派な子供に育てなさい。その言葉は立派な孫を生むよ。立派なひ孫も。
彼らは日本を支える。その情熱と、技術力と、誇りで。日本の税収を支える。
日本はもっと良くなる。日本をもっと良くしたい。それは巡り巡って君を支える。
日本を良くするために君は生きるべきだ。それが君の人生なんだ。おかしいことがあるかね?
君は日本を良くしたいと思わないか? もちろん、今の日本には色々と不満があるだろう。
忙し過ぎる。確かにその通りだ。経済性を追い求めるあまり、人間の心を失っている。その通り。
今の政治は? ひどいもんだ。民衆はただの選挙マシーンだ。いかに効率的に票を得るかのゲームだ。
わかっている。わかっている。君の不満はわかっているよ。君の努力は報われない。このデフレでは。
でも、論理的に、君もわかっていることだろう?
デフレは自然現象だ。誰のミスでも、誰の強欲が原因でもない。
例えば、漫画業界だ。
絵の上手い人、話の上手い人はいっぱいいる。みんな努力しているからね。
だから、そんな激戦区の中、一歩、頭が飛び出る人は、こういう人だ。

「ぼくは、みんなの半分の報酬で漫画を描きます」

ようこそ。
それがデフレの始まりだ。わかるだろう?
そんな気持ちは誰にだってある。僕は無料で漫画を書きます。
それは情熱が成せる業だからです。本当かね?
布団の中で彼は考える。
情熱ってなんだ? それは幻想だ。僕らには幻想を強いられてきた歴史がある。
布団の中で彼は結論に達する。それは生きることの困難さというものだ。

生きることは困難だ。
ただ、息を吐き、息を吸う。
そういうことすら困難になる時だって人間にはある。

僕は生きていて良いのかね?

そう考え始めたとき、彼はパンドラの箱を開ける。
あらゆる種類の感情が彼をさい悩ませる。
だけれどそれは全く問題がないことだ。統計学上的に。
12歳±20歳の時、人間はその種の心理的な問題に遭遇する。
マイナス8歳というものがあり得るのか、という疑問は最もだが、それも特に問題はない。

君が生まれる8年前に君の親がその問題に悩んでいなかったとでも?

いつだって奇跡は存在する。
彼はそれをやってのける。
彼はいつかそれをやってのける私は思っていた。

彼は怒首領蜂の道中、全く弾を撃たずに最終ステージに到達する。
そこで、彼は実際、全く歯が立たずに瞬殺される。
なんというか、パターン構築とかそういうレベルではなく、瞬殺される。
彼はそこで、立ち上がる。

彼は深く、お辞儀をする。

ありがとうございました。

と、彼は言う。

私は、なぜか、感極まる。
泣けてくる。
ゲームの歴史。それは無意味の歴史。それが私の中に走馬灯のように駆け巡る。

1985年から始まったゲームの歴史。
それは実際にはファミコンの歴史だ。
でも、そのことには深い意味があるように思える。
それは彼の生まれた年だからだ。

彼はファミコンと共に生まれ、2012年に怒首領蜂の最終面で瞬殺される。

初めはチープなゲームだった。
コンピュータ自体がチープだったから。
どのくらいチープかといえば、一本の線を引く様子があなたにも見える、そんな程度だった。
それはおもちゃだった。おもちゃで何が出来る? そう問われ続けていた。

将来、あんたより、頭がいいおもちゃになりますよ。

勿論、intelの偉い人はそんなことは言わなかった。
何も言わず、着々とおもちゃを進化させ続けていた。

初めてマリオが歩いたとき、宮本茂は不思議な感覚に襲われていた。
地面があり、そこにマリオが歩き、十字キーで彼は動く。
画面は右方向へとスクロールし、どんどんと新しい状況が彼の目の前に訪れる。
ちょっと待ってくれ、と彼は言う。
おそらく、これは新しい経験だ。
どんどんと新しい世界が右側の画面から現れる。
新しさが。常に新鮮な新しさが。それは、今までにない楽しさだった。
この画面の向こうに何があったら面白い?
大きな穴。 羽のある亀。 羽のある亀の背中を踏んで、大きな穴を超える。
無理だろう。勿論だ。難しい。操作が。練習が必要だ。どれくらい?
10時間。プログラマーが答えた。
慣性と、感性が一致するまでに必要とする時間。
いくつのステージを超えたら、10時間に達する?
80ステージだ。
答えは見つかった。
80ステージを作ろう。

いつだって奇跡は起こる。

1985年。
小沢一郎が田中角栄に反旗を翻し、「創政会」(後の「経世会」に繋がる)を結成した年。

その年に、マリオは歩き始め、世界は奇麗に分裂する。
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