やらない夫に学ぶ 人生の楽しみ方 2013年01月27日 漫画 トラックバック:0コメント:0

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「やる夫に学ぶ アロマテラピー入門 前編」より抜粋、漫画化。

やらない夫のこういう、人生を楽しむ姿勢は素晴らしいと思います。
ぜひとも学んでいきたいところです。
あと、「やる夫に学ぶ アロマテラピー入門」は非常に面白いのでぜひとも、どうぞ。

やる夫に学ぶ アロマテラピー



拍手ありがとうございますー
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ヱヴァンゲリオン新劇場版:Qの冒頭を漫画にしてみた。 2013年01月13日 模写練習 トラックバック:0コメント:0

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youtubeをコマ送りしながら模写練習。
正直、見てるだけで心が折れました。
映画を作る人たちって本当凄いなと思います。



拍手ありがとうございますー!

銀塩さん>今年もよろしくお願いいたします。
     今年も一年、ほのぼのと生きたいところです。
     斑鳩は慣れですね。
     慣れるとひたすら弾幕の中に自ら突っ込んでいくゲームになります。
     苦手意識を持たずに遊んでみてください。
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新浜の冬の雪が凄い3つの理由。 2013年01月12日 漫画 トラックバック:0コメント:0

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(1)東北だから
(2)日本海側だから
(3)雪国だから
(4)川端康成だから
(5)新浜だもの

タイトル先行型ブログの最先端を行く。
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学校をさぼったりさぼらなかったり。 2013年01月10日 自分用メモ トラックバック:0コメント:0

今日、私は学校をサボりました。

朝起きて朝ご飯を食べて制服を着て家を出て、そのまま学校とは逆の方向へと歩いていきました。
サボるのは悪いことです。そう思いました。でも、学校に行くことが良いとも思えませんでした。

私は宛ても無く逆方向へと歩きながら、色々なことをとめどなく考えました。

初めに、ゲームメーカーのCAVEについて考えました。
CAVEと言えばもちろん弾幕シューティングゲームです。
東亞プランに所属していた池田恒基さんが中心となって作られた『怒首領蜂』は今もなお
色あせない新鮮さを感じさせてくれます。
弾幕シューティングは『怒首領蜂』で9割完成したと私は思いました。
そのあと、CAVEは進化の方向を枝分かれさせ、『ぐわんげ』『プロギアの嵐』『エスプレイド』を
世に出します。
いずれもCAVEらしさともいえる爽快感や面白さがありました。

ところで、CAVEらしさ、とはなんでしょうか?

コインを入れた瞬間の音。
過剰なまでのケレン味。独特の操作感。弾幕の味付け。
開幕の小型ヘリ。ゆっくりと現れる中型機。大型固定砲台を破壊した時の地揺れ、弾消し。
その直後に自機に向かって突っ込んでくる小型機たち。
ボスの攻撃パターンが2周目に入るか入らないかのタイミングで壊れるボスのパーツ。
しっかりとした破壊感のある敵達。爆発アニメーションの過剰さ。
自機のレーザーでゆっくりと炙って破壊したあとに、通常ショットに切り替えて敵の弾幕を
切り返す気持ちよさ。
飽きの来ない、繰り返し感の無い敵配置。
見せ場のある道中。個性のあるボス。独特なデザインセンス。

と、列挙していっても、どこか曖昧で、掴みがたい無形な、CAVEらしさ。
言葉にできない、と言ってしまえばそれまでだけど、遊んでいるとそれらはわかるのです。
怒首領蜂2には無くて、怒首領蜂大往生にはある、CAVEらしさ。
怒首領蜂大復活や怒首領蜂最大往生は、派手さがあり、絵もきれいだけれど、
なぜかあまり感じられない、あるいは、なんかいまひとつなCAVEらしさ。
虫姫さまふたりに感じる、弾消しタイミングの違和感。

私のこの『CAVEからCAVEらしさが失われている感』はなんなんだろう、と思いました。
それは私の単なるノスタルジーなのかもしれません。
昔はよかった、というありがちな思い込み、あるいは勘違いなのかもしれません。
昔の人が、いつまでも『ビートルズを超える音楽は2013年でも生まれない』と言うように、
『1980年代をピークに文化は劣化している』と言うように。

私は、それもまた真実かもしれない、けれど、私はこの私の中の違和感をしっかり考えたい、
とも思いました。

ゲームセンターに着きました。
私はつかつかとフロアを歩いていきます。お客は私以外には誰もいません。
麻雀格闘倶楽部とMJの横を歩き、ビートマニアとギターフリークスの横を歩き、
スロットとパチンコの横を歩き、鉄拳の横を歩いていきます。

シューティングゲームばかりが揃っているエリアで、私は100円を用意し始めました。

目の前に、『蒼穹紅蓮隊』がありました。
これはエイティングのゲームです。セガサターン互換基盤で開発されたこのゲームは、
ドット絵とローポリの素晴らしい融合によるグラフィックと、重厚かつ熱い音楽と、
レイシリーズをリスペクトしたロックオンレーザーシステムがぴったり嵌った素晴らしい
ゲームです。

エイティングといえば、『魔法大作戦』や『バトルガレッガ』があり、
そもそもそこには、外山雄一さんという人物を意識せざるを得ません。
外山雄一さんといえば、元はコンパイルであり、そこでは『ザナック』、『アレスタ』
シリーズがあります。
『蒼穹紅蓮隊』のパワーアップシステムからはコンパイルの思想をそのまま垣間みることが
できますし、そもそも、ショットのぬるっとした感じがコンパイルです。
『魔法大作戦』は属性変更というシステムがあり、それは後のトレジャー作品の
『シルエットミラージュ』や『斑鳩』で磨き上げられて開花していますし、
CAVEの『虫姫さま』に感じた懐かしさはもしかしたら『魔法大作戦』のそれであった
かもしれないと思います。あるいは、ナムコの『ドラゴンスピリット』でしょうか。
『バトルガレッガ』はその外山雄一さん、『烈火』の矢川忍さん、音楽は並木学さんであり、
1996年の名作です。名作と言いつつ、1996年はnintendo64の発売した年でありまして、
時代はもはやゲームセンターではなく、プレイステーションであったことは間違いなく、
家庭用ゲーム機の革命の陰に隠れて暗躍する戦士のような佇まいであったことでしょう。
『バトルガレッガ』もセガサターン互換基盤でありまして、そのままの形で家庭用に移植される
ことになります。

wikiで調べますと、『蒼穹紅蓮隊』も1996年の登場とのことです。
で、あれ? 『バトルガレッガ』と同じ発売年なの? と思うわけです。
1996年の外山雄一さんの仕事量の凄さに今更ながら圧倒される2013年1月10日です。
ちなみに1996年は『マリオ64』の発売日でもあります。
私はまだこの世に生まれていませんので、そのときの喧噪を知る由もありません。
きっと、大変な世の中であったのであろうと想像します。

先ほど、『魔法大作戦』と『シルエットミラージュ』を関連させましたが、
これも時系列をしっかりさせる必要があるかと思います。
ということで、wikiで確認してみます。

魔法大作戦:1993年
疾風魔法大作戦:1994年
グレート魔法大作戦:2000年

今調べたら、属性変更システムは『グレート魔法大作戦』からだそうで、
私の頭でっかち加減がばればれです。

そして、

シルエットミラージュ:1997年
斑鳩:2001年

とのことで、時系列的には
シルエットミラージュ→グレート魔法大作戦→斑鳩
になるようです。

ついでなので、CAVE作品の時系列もここで再確認しておきましょう。

首領蜂:1995年
怒首領蜂:1997年
エスプレイド 、弾銃フィーバロン:1998年
ぐわんげ:1999年
プロギアの嵐 :2001年
怒首領蜂 大往生:2002年
ケツイ〜絆地獄たち〜、エスプガルーダ:2003年
虫姫さま :2004年
鋳薔薇、エスプガルーダII :2005年

とりあえず、ここまでにしておきましょう。
この時点で、私は私のもうひとつの勘違いに気付きました。

それは
『蒼穹紅蓮隊』、『バトルガレッガ』の後に、『怒首領蜂』が出ているということです。
私が頭の中で勝手に作っていたゲーム史は間違いだらけでした。
私は私の中で勝手に『怒首領蜂』が全ての始まりだと思い込んでいたのです。

こんな発見があったなんて、学校をサボった甲斐があったというものです。

私はシューティングだけではなく、もっと幅広くゲームの時系列を調べることに
しました。

ポン:1972年
Apple II:1977年
ウィザードリー:1981年
FM-7発売:1982年
ぴゅう太発売:1982年
ファミコン発売:1983年
サンダーフォース:1983年
ゼビウス:1983年
スーパーマリオブラザーズ:1985年
グラディウス:1985年
ザナック:1986年
ダライアス:1986年
ドラゴンクエスト:1986年
ファイナルファンタジー:1987年
メガドライブ発売:1988年
アレスタ:1988年
スーパーファミコン発売:1990年

なるほど。
そして、ここからストリートファイター2の時代、
プレイステーションの時代、
プレイステーション2の時代、
プレイステーション3の時代になるわけです。
大雑把な感じですが、細かく考えていくときりがありません。

そもそも、2013年にシューティングゲームについて考えるとき、
どのような視点に立つべきだろうか、と私は悩みます。

だらだらと代表的なタイトルで歴史を舐めれば、

スペースインベーダー、ギャラガから始まり、
スターフォース、スターソルジャー、ザナックと続き、
空中と地上の撃ち分けという観点からゼビウス、ドラゴンスピリットから
レイフォース、蒼穹紅蓮隊と続き、
一方ではシステムの単純化から、東亜プラン→CAVE、匠、東方プロジェクトの
弾幕化へと繋がる、とか。

縦シューティングは横シューティングと密接な関係がありますから、
本来は同時並列に横シューティングのことも考えたいような思いもあります。

アイレムのパズル性はトレジャー作品に強い影響を与えていますし、
マイルストーン、グレフ、アルファシステム、トライアングルサービス、
セイブ開発、彩京、コナミ、ナムコ、カプコン、タイトー、任天堂など、
大小含めてたくさんの作り手と作品から考えたいという思いもあります。

本当はシューティングだけではなく、ありとあらゆるジャンルのゲームと、
またゲーム以外の時代の背景なども関連すると思うのです。

そう考えると、歴史という物はなかなか一言で表現することは難しいなと思います。
ある1つの点が他の点に作用するのですが、それは過去の全ての点がまるで重力のように
全ての点へと作用するのです。
要は、1つの点が新しく打たれるとき、過去全ての点の影響を受けるのです。
だとすれば、考察として必要なデータは過去全ての点なのです。
しかしそれを揃えるのは実際には不可能なのです。だとすれば、どうすればよいのか。

とにかく、目の前のゲームを遊ぶしかないのではないか、と私は思います。
『蒼穹紅蓮隊』を遊び、それがどのような歴史のもとに生まれたゲームなのか、
何がそこにはあるのか、そういうものを体感するのではないのでは、と思います。

ということで、100円を入れて『蒼穹紅蓮隊』を始めます。
stage4の汎用戦術戦闘宇宙機「秋嵩」に会えるかどうかは私の体調の善し悪しに関わります。
結論としては会えませんでした。stage4の道中で終わってしまいました。
『ちゅくちゅくちゅく』というような独特な破壊音が妙に耳に残ります。
崎元さんのオケもかっこいいし、ワイヤーフレームもやっぱり美しいし、満足でした。

時計を見たら、まだ一時間目に間に合いそうだったので、やっぱり学校に行くことにしました。
ここまでの思考内容をとりあえずevernoteに転送しながらてくてくと歩いていきます。
特にオチも何もないですが、以上です。
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あまりにも異質なwiiUの面白さ。あるいはR-TYPE。 2013年01月03日 自分用メモ トラックバック:0コメント:0

FMGM2013

第2幕
『あまりにも異質なwiiUの面白さ。あるいはR-TYPE』


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省吾さん:本編に入る前に、ちょっと回り道的な話をしてもいいですか?

DJさん:どうぞどうぞ。

省吾さん:個人的に、ゲーム性ってなんだろうといつも考えていて。
     例えば、マリオみたいなアクションゲームのように、
     『ボタンを押すとキャラが動く。ジャンプする。敵を倒す。面白い!』
     という王道のゲーム性があるし、
     一方ではギャルゲーみたいな、
     『ボタンを押すと話が進む。キャラがしゃべる。状況が変わる。面白い!』
     というひと味変わったゲーム性もある。
     囲碁や将棋、麻雀みたいな、テレビゲームとは違うジャンルのゲーム性もある。
     カラオケだってある意味ゲーム性があるし、SNSだってそれなりのゲーム性がある。

DJさん:音楽を聴くのも作るのもゲーム性がありますよ。

省吾さん:そう考えていくと、ゲーム性ってのは別に『ゲーム』にこだわる必要なんて
     なくて、一言、『面白さ』って言ってもいいと思うんだよね。
     ただ、その『面白さ』をゲームに落とし込んだとき、『ゲーム性』になるわけで。
     大事なのはそれをどういう視点で見るかなんだよね。
     大きな集合の『面白さ』の一部としての『ゲーム性』を見るのか、
     『ゲーム性』という集合の中に『面白さ』を見るのか、という。

DJさん:ん?
    どういうこと?

省吾さん:例えば、美味しいラーメンがあるとして。
     ただ、ラーメン以外にも世の中、美味しいものはたくさんあるわけで。
     美味しい料理の一つとして、ラーメンがある、と考えるのが前者で。
     もう一つは、ラーメンばかりを見ていて、
     『うーん、なんでラーメンはこんなに美味しいのか。ラーメンの美味しさとは
      なんなのか』
     と考えるのが後者で。

DJさん:後者は見る視点が狭いということ?

省吾さん:悪い風に言えばそうだけど、職人的と捉えれば、別に後者も悪くないわけで。
     ただ、ゲームにまつわる言説というのはどうしても後者ばかりになりがちで、
     それがゆえに行き詰まってきた、息苦しい、窒息感があるわけでしょう。

DJさん:まあ、そうかもしれませんね。

省吾さん:確かに我々はゲームのことを考えている訳なんだけど、もうちょっと広い意味で
     『面白さ』を捉えたほうがいいと思うわけですよ。
     そうしないと、なかなか、今のゲーム業界の流れが見えてこないわけですよ。

DJさん:ほう。

省吾さん:今のゲーム業界の流れとして、はっきり見えてるのは、
     今までのゲームではだめだということなんです。
     こう、テレビがあって、ゲームハードがあって、コントローラーがあって、
     十字キーとボタンがあって、というその形式が、もう実はうんざりなんですよ。
     もちろん、ゲームの歴史を見れば、こういう形式で発展してきて、そこでしか
     得られない面白さというものがあったのも確かなんです。
     でも、そういうのは、VCとか、リメイクとかで用意しますので、どうぞどうぞ
     好きなだけやってください、と言ってしまって、切り捨てていいんです。

DJさん:あれ? 省吾さんらしくない。

省吾さん:2013年になって、俺も少し、現実的になろうと思いまして。
     今、能や歌舞伎や演歌を『伝統芸能』としてやるのはいいんです。
     でも、そのスタイルに捕われる必要はないだろうと。
     『面白さ』という大きな集合の中で、能や歌舞伎以外の表現があるなら、
     それをやるべきではないか、と。

DJさん:うーん。
    まあ、それはそれでわかりますけど、
    やっぱりそれはもう能でも歌舞伎でもないわけでしょう?

省吾さん:そうでしょうね。
     でも、能や歌舞伎にこだわるなら、それはそれでいいわけです。

DJさん:要は、省吾さんは、『ゲーム』という意味を拡張したいわけでしょう?
    例えば、万歩計を持ってきて、「これもゲームだ」とか言い出したりして。
    でも、それはどうなんでしょうね? それは本当に求められてることなのか。

省吾さん:能や歌舞伎を扱う情報サイトなのに、いきなりNHKの朝ドラを持ってきて、
     「これも歌舞伎だ」とか言い出したりみたいな。
     これは、なかなか難しい話ですよ。
     身近な話をすれば、マリオはN64で3Dゲームになったけど、本当にあれが
     求められていた進化なのか、というのと似てるよね。

DJさん:マリオ64は、単純明快で爽快感のあるマリオのイメージから離れましたよね。
    DSやwiiではまた2Dに戻りましたけど。

省吾さん:俺は個人的には3Dはやるべき内容だったと思います。
     けれど、2Dとは全然違うのも確かだなと思いますね。
     3Dは2Dを空間的には含むんだけど、ゲーム性としては含まなかった。
     上位互換じゃなかったんだよね。
     さらにいえば、3Dマリオは2Dマリオほど面白くなかった。
     いや、面白さはあるけど、ストレスがそれを上回ったというか。

DJさん:なので、結局、2Dのマリオが復活したわけですね。

省吾さん:そうかもしれません。
     とまあ、とにかく、もっと『ゲーム』を拡張して考えたいわけです。
     そうすることで、確かに、ちょっとズレるかもしれないけれど、
     それもまあ、やってみないことにはわからん、というのが俺の立場です。

DJさん:そうですか。

省吾さん:そして、そういう流れで、wiiUの紹介です。

DJさん:……回り道が長過ぎませんか?

省吾さん:こういう溜めが大事なんです。

<第3幕へ続く>
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〜断片化された僕たちの生活と欲望。あるいは、情報の圧縮。そしてwiiU〜 2013年01月01日 自分用メモ トラックバック:0コメント:0

2013年 新年スペシャル
『フライデーモーニングゲームマニアックス テキスト版』


第1幕
〜断片化された僕たちの生活と欲望。あるいは、情報の圧縮。そしてwiiU〜



DJさん:なんか中途半端な感じのサブタイトルがついてますが、なんですか、これ。

省吾さん:新年早々のフモゲマなので、ちょっと真面目にやろうかと思って。
     要は、近年、ますます僕たちの生活と欲望はバラバラに切り刻まれてきてますよ、と。
     80年代、90年代的な生活、ーー例えばみんながテレビを見て、CD買って、本屋に本を
     買いに行ってとか、あるいは、高校→大学→サラリーマン→結婚→家購入→退職、
     みたいなそういう『人生のレール』って今は成立してないじゃないですか。
     いや、もう既にそういうレールの上にいる人は別だけど。
     でも、今の10〜30代の人は、そういうレールは存在しないと感じてるじゃないですか。

DJさん:……省吾さん、いきなりそんな社会派ブロガーみたいなこと言い出して……

省吾さん:いやいや。ゲームを作って売る立場からすれば、どうしても『今の10〜30代の人』の
     ことを考えざるを得ない訳よ。それに、自分自身のことでもあるし。
     話を戻すと、なんでレールがなくなったかと言えば、そもそも、そんなレールは幻想だった
     わけ。1950年に戦争が終わってアメリカ主導の経済発展でかりそめの成長をした日本に
     夢や希望があるとすれば、それは新聞やテレビが作りだした幻想だけだった。
     月9ドラマとか、華やかな芸能界とか、いい車とか。

DJさん:今でも中年〜老人層はテレビ漬けですよ。テレビの言うことならなんでも信じてしまう。

省吾さん:そのテレビ漬けが良いのか悪いのかは、まあ、置いておいて。
     俺、思うんだけど、テレビっていうのは、意外と真面目な情報出力手段なんだよね。
     ニュースやドキュメンタリーとか、そういう内容的な真面目さも勿論なんだけど、
     情報の流し方としても真面目で。
     例えば、放送時間というのが決まっていて、それを視聴者が勝手に動かすことができない。
     チャンネルをばしばしと変えることはできるんだけど、早送りも巻き戻しもできない。
     今のyoutubeやニコニコ動画に慣れた俺らからすれば、耐えることの出来ない真面目さです。

DJさん:うーん、真面目というか、融通が効かないというか。
    確かにプログレスバー(動画全体の長さを表示するバー)をかちかちできないとイラっと
    するかもしれない。

省吾さん:俺なんか、基本、動画は美味しいところしか見ないから、すんごく飛ばすわけ。
     映画も2時間を120分割のサムネイルで表示して、面白そうなところだけを
     見たりするし、漫画も基本はサムネイル画面でさらっと見るだけだし。

DJさん:それはなんか勿体ないというか、作品を冒涜しているというか。

省吾さん:いや、勿論そんな見方で『この作品の全てがわかった』とか思ってないけど。
     ただ、作品の消費の仕方としてはあり得るという話。
     あり得るから、実際に俺はやってるという話。
     作品をバラバラに切り刻んで、それをランダムアクセスして消費する。
     これが不真面目だというなら、テレビはその切断を原理的に許さないから、
     うーん、真面目だなって思うわけ。

DJさん:そういう意味ではそうかもしれませんね。

省吾さん:で、その流れを加速させたのが、ゲームであり、インターネットですよ。
     ゲームはそもそも断片化とランダムアクセスの固まりみたいなものだし、
     インターネットは言うまでもないでしょう。
     そして、それをもっとさらに細かく切り刻んだのがiOSを初めとした
     高性能モバイルデバイスですよね。

DJさん:itunesなんか、音楽アルバムをバラバラに切り刻んで色々話題になりましたね。

省吾さん:iOSのせいで、ゲームは更に細かい単位に分解されちゃった。
     例えば、あのデバイスではスーパーマリオですら『長い』わけ。
     たぶん、1面の長さを3分の1くらいにして、そのかわりに全8ステージ
     じゃなくて、全24ステージくらいにしなきゃならない。
     それで、515円くらいで売る。それ以上だと売れない。
     あと、追加ステージをアドオンで売るとかして、なんとか小銭を稼ぐ。

DJさん:儲からないですね。

省吾さん:全然儲からない。だから、大手は既存のゲームを移植して安売りしちゃう。
     素材は減価償却済みだから。でも、あのやり方が彼ら自身の首を絞めてるよね。
     まあ、それはそれとして。
     話を大きく戻すと、今までは人生のレールがあった。それはテレビの真面目さに
     裏付けされた連続的な情報としてあった。
     ところが今はもうバラバラになっている。すると人生のレールもバラバラになった。
     要は、俺たちの生活は細切れでバラバラで連続性を失った思考の集合で出来ていて、
     ということは、俺たちの欲望もバラバラになってしまっているわけ。

DJさん:うーん。

省吾さん:すると、どんなことが起きるか。
     答えは簡単で、比喩でも何でも無くて、人間がバラバラになるんだよね。
     感情がバラバラになって、思考がバラバラになって、行動もバラバラになる。
     バラバラの人間は、バラバラの情報しか受け付けられない。
     現に俺もそうだから。
     2時間の映画をバラバラにして消費するのになれてしまうと、映画館なんか
     苦痛でしかない。冒頭の予告編なら耐えられるけど、本編が始まると、もう
     そわそわしてくる。
     小説も漫画も雑誌も、真面目に読めないから、すぐに裁断してpdfにしちゃう。
     サムネイルをさらっと見流して終わりにしてしまう。
     思考も自意識も、一貫性がなくて、周囲に流されやすい。
     感情もバラバラだから、いきなり怒ったり、いきなり悲しくなったりする。
     というか、バラバラ過ぎて、基本的にフラットなんだよね。起伏が乏しい。
     欲望も薄くてフラットで、何についてもこだわりがない。趣味がない。

DJさん:省吾さんが病んでいるのはよくわかりました。正月くらい休んでください。

省吾さん:いや、別にこれは俺個人の話ではないんだけど。社会全体がそうなってるという話で。
     いや、これも別にオーウェルの『1984年』みたいなことを言ってる訳じゃなくて。
     結局、自分が望んで世界を断片化しているんだよね。効率よく情報を入力するために
     はこうするしかないし。別にappleが悪いやり方を商売道具にしてるわけでもない。

DJさん:うーん。でもどっちにしても、なんか、暗い未来像ですね。

省吾さん:いやいや。ここで、昔の人間らしい生活に戻ろう、とか、インターネットから
     離れよう、とか、そういうことを言うつもりはないので。
     事実として、そのような傾向がありますね、では、どうしますかと考えたい。

DJさん:どうすれば、ゲームが売れるかと。

省吾さん:そうそう。そうすると、これはもうゲームに限った話でもなくなるんだけど、
     情報を作る時は、情報の断片化に対応して作らなければならない、と。

DJさん:ほう。

省吾さん:一番いいのは、断片化された情報を読み込んだと同じ効果があるような情報形式。
     漫画を1冊描くのではなくて、1冊の漫画を裁断してサムネイルにしてその美味しい
     ところをピックアップした、いわば書評サイトのような、情報として提供する。

DJさん:ん?
    書評サイトを書くってこと?

省吾さん:そう。架空の『書評サイトでレビューされた漫画』という形式の漫画を書く。
     あるいは、ゲーム、小説、映画を作る。
     断片化された情報というのはある意味、情報の圧縮なんだよね。
     冗長性をカットして、コアの場所だけを拡大表示する。
     そういう形式の情報出力なら、情報量は失われないけど、データ量は減る。

DJさん:……それは本当の意味での漫画ではないわけですよね?

省吾さん:『本当の意味での漫画』が必要なら、それをそういう書評サイト形式の中で
     語らせればいい。情報としては存在してないけれど、そこにはありますよ、と
     書けばいいのです。
     『88ページにも渡る騎馬戦の描写は凄い迫力。
      戦場の砂埃の匂いすら感じさせる』
     と書けば、実際には88ページの漫画を書かなくても、88ページの漫画が
     存在することになる。情報として。

DJさん:うーん。でも、結局、メタフィクションなんですよね。

省吾さん:まあ、確かに、90年代で流行ったメタフィクションの要素はあるよね。
     筒井康隆風とも言える。けれど、決定的に違うのは、もう、本当に88ページの
     漫画があっても、俺たちは読まないだろうということ。
     漫画家は読みたがるかもしれないけど。研究対象として。でも、読者としては、
     それが実在していようといまいと、読まないだろうということ。
     例えば、『宇宙英雄ペリー・ローダン』というSFは1961年からずっと続いてる
     物語で、430巻を超えてるけど、これ、読まないでしょ?

DJさん:読みませんね。土下座してでも読みません。

省吾さん:でも、情報として、430巻も続いてるのか、凄いな、長いな、と思う。
     それでいいんだと思うな。超絶画力の超繊細な作風の漫画家がいました、
     若くして亡くなってしまっていて、もう作品も絶版になっている、
     この漫画家の漫画の感想を書いてみました、というのも、情報形式としては
     存在しうる。

DJさん:本当にそんな漫画あるんか、と疑っても、読めない。

省吾さん:ということで、今回の話をまとめると、
     私たちは断片化された世界に生きていますよ、
     断片化はこれからも進むし、さらにもっと凄く断片化していきますよ、
     でも、断片化というのは情報の圧縮でもあるわけだから、その圧縮形式を
     見据えた中で情報を盛り込んでいく必要がありますよ、
     そこに想像力をつぎ込んでいくのが大事ですよ、ということです。

DJさん:なるほど。

省吾さん:そして、それがwiiUなわけです。

DJさん:……え?

【次回へ続く】




拍手ありがとうございますー

ばーるんさん>こちらこそよろしくお願い致します。
       今年はユグが仕事する絵をいっぱい描きたいです。健全な意味で。
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