脳内デフラグの様子 2013年06月16日 落書き トラックバック:0コメント:1

130616yg.jpg

その実体は『ピクミン+あらいけいいち』なのだった。
スポンサーサイト
関連記事

粛々と落書きをする 2013年06月15日 落書き トラックバック:0コメント:0

130615nana.jpg

130615yuyu.jpg

130615pz.jpg

130609yg1.jpg



化物語→けいおん→まどかマギカ→gdgd妖精s→日常→ゆゆ式

という偏った感じのアニメ視聴履歴のまま、2013年の夏を迎えるのだった。

関連記事

その日に記したもの。略して日記。 2013年06月09日 日記 トラックバック:0コメント:0

130609yg0.jpg


早朝から、極端な世界観の漫画を描き始める。



朝から、日本酒。
食欲が無いので、今日は一日、日本酒だけで暮らすのである。

kindle Paperwhiteを立ち上げると、昨日転送した書籍で溢れていた。

『ラヴクラフト全集』
『監獄学園 4巻』
『銀魂 モノクロ版 6巻』
『心が折れそうなビジネスマンが読む本』
『熊の場所』
『砂ぼうず 4巻』
『珈琲時間』
『幾何学と空間』
『これが物理学だ! マサチューセッツ工科大学』
『機動警察パトレイバー』
『機動警察パトレイバー2』
『機動警察パトレイバー3』
『日常 8巻』
『屍者の帝国』
『臨場』

とりあえず、漫画は削除した。
漫画を読むには、kindle Paperwhiteは適していない。
漫画はiPadが良い。紙より良い。大きな画面で、鮮明で、コントラストがはっきりしている。

一時期、iPadの用途が不明瞭になっていたことがある。
常に持ち歩いているiPhoneで大抵のことができるからであり、
iPhoneで出来ないことはパソコンでやっているからである。

iPadは何に使うべきか。
この問題に対する回答は、今は、ある。

まず、漫画である。
漫画を読むのに、これほど適したものはない。理由は前述による。
そして、GarageBandである。
今まで、何かの曲を耳コピーするためには、例えばyoutubeで流しながら、電子ピアノを弾いていた。
電子ピアノはMacBookAirにMIDI接続されており、そのまま採譜することができる。
それはそれでいいが、なかなか大掛かりである。iPadなら、ケーブルやらACアダプタやらは必要ない。
ただただ、youtubeとGarageBandをミキサーアプリで串刺しにすればよいのである。
最後は、怒首領蜂 大往生である。
あまりにも移植の完成度が高いので、ゲームセンターには全然行かなくなった。



日本酒を飲み、本を読む。
読み疲れたら休む。横になり、iPhoneに文章を入力する。
何も考えずに文字を並べていく。

<以下、寝ながら書いた文章>

祖父が生前書いていた自分史は実に簡潔だった。

少年時代、いわゆる、0〜18歳の時代の描写が半分を占めていた。
残りの半分は20代で体験した戦争の描写。
祖父は兵隊訓練を終えた後、早々に満州行きと決まっていたが、実際には福島にいた。
終戦までずっと福島にいた。祖父は戦争を体験したが、戦線は見なかった。
訓練の厳しさと海の向こうからやってくる得体の知れない殺気が祖父を獣に仕立て上げた。
一番生々しく描写されるのは、軍隊内の内ゲバであり、そこでは銃器による殺人も含まれる。
祖父は一度殺されかけたと書いている。自分の背中越しに何度も撃たれたと書いている。
しかし、祖父に弾は当たらなかった。全く関係のない人に流れ弾があたり、それが彼にとって
致命傷になったと書いている。

戦争が終わり、日本はアメリカ主導のもと、立ち上がる。その喧噪の中、祖父は働いた。
親戚の紹介で祖母と結婚し、勤めていた工場を辞めて独立し、工作機械製作を主とした会社を
設立する。そして、今に至る、と書いている。戦後は、ほんの3行程度の描写にとどまる。

祖父は90歳まで生きた。
その中で、描くべき内容の99%は少年時代と、戦争の話だったのだ。

28歳〜90歳の60年間は、特に描写することは何もなかったのだ。
それは平和だったということなのかもしれない。人間は安定を何よりも求めるものだ。
しかしながら、何か、寂しいものがある。
戦後、60年間。それはあっという間に過ぎて行き、そして、最期の日を迎えてしまう。



那由他姉は祖父の葬儀に出なかった。
その日、那由他姉は髄液を採取されていたからだ。
髄液は、脳脊椎から採取する。
血液の採取とはレベルが違い、採取されてからしばらくは動くことができない。

私は那由他姉に葬儀の様子を報告し、祖父の自分史を見せた。
ボールペンで書かれた自分史。戦後以降のことはほぼ何も描かれていない。

——あんたの作っているブログもそうなるんだよ。

と那由他姉は言った。
あまりにも突然のことだったので、私は何を言われたのか、よくわからなかった。

——逆算して考えたら、どう? あんたはとりあえずブログを続けようと思ってる。
  可能な限り、死ぬ直前まで。今はそう思えるのかもね。でも、あんたも年を取る。
  年を取れば、考え方も変わる。子供のとき、ああいう風にはなるまいと思っていた、
  ああいう風な大人にあんたもなっていく。

そうかもね。
と私は言い、自分の髪の毛をたぐって枝毛を探し始める。

—―例えば、ドラえもんに出てくる大人たちみたいな、のび太のママとか、スネ夫のママとか。
  いずれも、典型的な、頭の固い、冒険心の無い、遊び心の無い、嫌な大人として描かれている。
  でも、大人になるとわかる。その意味がわかる。彼女達は、立派な母親なんだってわかる。
  近所の頑固なじいさんや、きれいごとしか言わない先生や、いんちき臭いベンチャー企業の社長、
  そういう、子供の目からすると、異様な存在。ダメな大人の存在。
  そういう存在の意味がわかっていく。

そうかも。
と、私は言う。

――いつしか、あんたも論語やら夏目漱石やら朝日新聞やら言い出すと思う。

過ぎたるは及ばざるが如し、ですね。
と、私は言う。

―—ユグの絵は古いと思う。エロ漫画雑誌の後半ページみたいな古さがあると思う。
  もう、今の時代にそぐわないのでは。

那由他姉もエロ漫画雑誌とか、読むんですか?

―—iPadがあるから。kindleで扱ってる範疇なら読むよ。

……変態ですね。

―—変態かもしれません。3DSではゼビウスばかりやってます。
  ああ無情 刹那もたまにやってます。前半面の方が難しいのはどうかなと思うけど。

話を逸らさないでください。
那由他姉はムラムラしないんですか?
ムラムラしたとき、どうするんですか?

―—……うるさいわ。

那由他姉は突き刺すような目で私を見る。
私はぺこりと頭を下げる。

すみません。失言致しました。

―—あとでぺろぺろさせろ。そしてぺろぺろしろ。
  首輪つけろ。犬みたいにしてやる。私の犬にしてやる。

那由他姉は収納棚から首輪を取り出す。
なぜ、そんなものがあるのか。ドス黒い欲望の影を感じる。

―—話を戻すと、ブログってのはある程度戦略が必要なんだと思うにゃー。

戦略、ですか。

―—例えば、漫画とか絵が描きたいなー、そうだ、描いたものをブログに貼れば、
  モチベーションあがるかも! みたいな感じでスタートしたとして、
  でも、ほら、実際、続けて行くと行き詰まる時が来るじゃん。
  なんとなく、自分はこういう絵を描かなければならない、それ以外は
  お客さんは望んでない、みたいな感じになって、描けなくなる。
  そんなの、実際は自分自身が勝手に作り出した妄想なんだよね。
  でも、たとえ妄想でも、拘束力はあるわけ。
  可愛くてえろえろな絵で好評を得てくると、いや、得なくてもいいけど、
  単なる風景とか、普通の絵とか、載せちゃだめみたいな風潮に、なるじゃん?
  そうなるとおしまいなわけ。
  そうならないような戦略が必要なわけなんだにゃー。

生存戦略ー。
と、私は言いながら、那由他姉の首に首輪を付ける。
付けながら、私は正直、ドキっとする。いや、もっと正直に言えば、むらむらする。
発情する。那由他姉は美少女なのである。病弱で、色白で、儚い感じの美少女。
そんな美少女に私は首輪を装着させている。

――……七瀬。あんた……。

その、戦略とやらをお聞かせくだされ。
と、私は戦国武将のように、厳かに言う。
髄液を取ったばかりの首筋に首輪なんか付けていいのか、ちょっとした懸念はある。

——……私、若いときと年老いたときで、やっぱり感受性は変わると思うんだよね。
  そして、鮭が川から海に出て、また川に戻るように、自分の幼少時の思い出に
  回帰するんだと思う。正直、もうエヴァンゲリオンは古典ですよ。ガンダムと同じ。
  それが最先端の絵と宇宙工学で描かれていても、もうあれはガンダムと同じです。
  今、私がゼビウスばかりやってるのと同じく。これはもう宿命というか、
  生命ってのはそういうものだよねえ、というか。
  戦略としては、そういう性質をしっかりと受け入れて、適切な場所に適切な石を
  置いていくということだと思うんだよね。

<寝ながら書いた文章、終わり>

いつの間にか寝ており、気付いたら、正午だった。
お腹が空いていた。郵便受けに新聞が届いていた。とりあえず回収し、読む。
読み終わる。全然、心が動かない。もう、新聞なんか読む意味がないのではないかと思う。
また本を読み始める。読みながら、文章を入力する。

<本を読みながら書いた文章>

モダンな物語とは死ぬことと見つけたり

『狩り』は疲れる。

肉を食べるのは簡単だが、肉を得るのは大変なことだ。
獲物は獰猛だ。そして、山の奥深くに潜んでいる。
僕たちは身体を鍛え、精神を鍛え、数多い危険を恐れずに渦中に飛び込まなければならない。
『狩り』の結果、あっさりと死んでしまう人もいる。
死の原因は、不運だったり、未熟だったり、裏切りだったりする。

死を恐れて、『狩り』に行かなければ、衰弱して死んでしまう。
行くも『死』、戻るも『死』。布団の中で無常感に襲われる。
しかし、泣いても嘆いても何も解決しない。
僕たちは『死』と戦わなければならない。
現実は全方位から僕たちを殺しに来る。
そんな厳しい現実から逃げ出したい。だけど、逃げる場所なんてどこにも無いのだった。

1980年代。
あるいは、1990年代。

漫画の中でも僕たちは『狩り』をしていた。

例えば、少年は少女を追い掛けた。
自分自身の能力と容姿を磨き、いい車を買い、教養を身につけ、正義を貫き、
地位・名声を得るために走り回った。
少年の側には、なんらかの物語が並走していたかもしれないが、それは脇役に過ぎなかった。
少年は成長し、いつしか、恋い焦がれていた少女と結ばれる。

その構造はゲームの中にも存在していた。

プレイヤーは少女に愛されたいと思い、自分の分身を磨いた。
勉強→バイト→おしゃれ→勉強→おしゃれ→運動→おしゃれ→勉強……
成長。
そして、成長。
知識パラメータ、体力パラメータ、魅力パラメータ、ファッションセンス、
それらをガンガン上げていく。いい男に仕上げていく。
そして少女にアピールし、価値あるものをプレゼントし、少女に愛されようとする。

時計の針は進む。

僕たちは『快適さ』を求める。『楽しさ』を求める。
『ストレス』は求めない。

『狩り』は快適ではない。楽しくもない。ストレスばかりだ。
次第に僕たちは怠惰になっていく。必要のない苦労はしたくない。時間の無駄は嫌いだ。

いつしか、『狩り』は姿を消す。
肉はスーパーマーケットに並んでいる。魚、酒、野菜、ラーメン、なんでも並んでいる。
危険を侵して、刃物を猛獣に突き刺す必要はなくなった。日常から『死』の匂いが消えた。
それどころか、肉、魚、酒、野菜、全てが『EAT ME!』と叫んでいる。
商品としてパッケージされた肉は頭を下げて、僕たちに懇願する。『私を食べてください!』

漫画やゲームもその傾向を継承する。

『狩り』は姿を消す。

少年の周りには美少女たちがひしめいている。
少年はいまや『狩る』側ではなく、『狩られる』側にいる。
価値の逆転が生じている。少女は少年に媚びる。媚びられ続けるという物語が展開される。
少年は『狩り』の必要がない。『成長』の必要がない。
少年はただそこにいればいい。ちやほやされて気持ちよくされ続ける。

流動食のようなチュートリアル。
親切きわまりなく、いたせり尽くせりなシステム、難易度設定。
快適に、美味しく、時には刺激的で、感動的で、美しく、心地よく、ストレス無く。

楽がしたい。
簡単に、快適に、ストレス無く、気持ちよく、時間もかけず、お金も掛けず、
面白おかしく、のんびりと、何も考えずにすみ、疲れず、まったりと、自分のペースで、
維持費も掛からず、未来永劫、面倒なことはしなくて済むように。

テレビを見る。
アイドル達が踊っている。視聴者に媚びる。媚びてくる少女は可愛い。

漫画を見る。
主人公はモテる。学校で一番可愛い少女に惚れられる。同じくらい可愛い妹が嫉妬し、媚びる。

ゲームをする。
モンスターが威嚇する。しかし、Aボタンをタイミング良く押すだけで、モンスターは断末魔を上げる。
姫がプレイヤーに媚びる。勇者様、今晩、デートしませんか? 

インターネットをする。
面白そうな情報が並んでいる。刺激的で、タイムリーな、娯楽性に満ちた、見る人の嗜好に合わせた、
思考に合わせた、そんな情報がわかりやすく並んでいる。

僕たちは『狩る側』から、『狩られる側』になった。
字面の物騒な感じとは裏腹に、ただただ心地よく、快適で、ストレスがない立場である。
お金が許す限り、僕たちは王様のようにちやほやされる。



僕たちは王様である。
絵に描いたような典型的な『悪い王様』である。

何の能力も無い。口だけは立派だが、自分では何もできない。
要求するレベルは高い。現実を何一つ知らない。体力が無く、思考力も無い。
知識は浅い。集中力に欠け、面倒なことは何一つできない。
他人に厳しく、自分に甘い。批判は最大限にする。他人には最大限に媚びることを要求する。

もっと媚びなさい。
もっとストレス無く、刺激的で、快適で、気持ちよくさせなさい。
もっとコストパフォーマンスを上げなさい。もっと、もっと、もっと良くしなさい。

漫画は、もっと読みやすく。もっときれいな絵で。可愛い絵で。
可愛いキャラで。もっと刺激的に、媚び媚びで。もっと面白く。

わがまま放題の王様にも、いつしか『終わり』がやってくる。
どんな形でそれがやってくるのかは、わからない。
『終わり』が来たとき、王様は死ぬ。
苦しんで死ぬか、あっさりと死ぬか、それはわからない。

<本を読みながら書いた文章、終わり>

ここまで書いて、なんか違うな、と思う。
そして、同じことを何回も書いている、と思う。

空は青いのである。
空が青いということがわかった。
やっぱり、空は青い。
空は、青いのだ。

またこのネタか、という感じがする。

新規メモ帳を開き、書き直す。

<書き直した文章>

いまだに、ユグのことはよくわからない。

ユグと私の出会いは複雑な背景と咄嗟の勢いのハイブリッドによって成っている。
色々あった挙げ句、最後にユグは私に、
——私をあなたの妻にしてください。
と言い、その言葉に表情を失った私を怪訝に思ったのだろう、
私の胸をもにゅっと触り、そのやわらかさが女性特有のものであることを確認し、
——私をあなたのメイドにしてください。
と言い直した。

言い直せばそれで解決する問題なのかどうか、判断はなかなか難しい。
当時9歳の私はまるで少年のようだったので、とユグは言うが、それはそれで論点が異なる。



9歳の頃、私は一つの物語に没頭していた。
それは一つの漫画だった。毎週毎週、魔法のように生み出される物語に没入した。
長らく続いた漫画は、好評のうちに最終回を迎えた。
その最後のページを読んで、私は泣いてしまった。もう、二度とこの漫画は動かないのだ。
愛すべきキャラクター達、世界、物語、そういうものが私から遠く離れていく。
もの凄い喪失感があり、欠落感があり、寂寞感があり、無常感があった。

物語は、終わるものなのだ。

私は当たり前のことを何度も自身に言い聞かせる。どんな素晴らしい物語もいつかは終わる。
だから、私は前向きに生きなければならない。このつらい別れに耐えなければならない。

耐えなければならない。

そう思いながらも、9歳の私には荷が重過ぎた。
耐えられなかった。こんなにもつらいなら私が続きを書く、とペンを持った。
白紙を前に、私は幾晩も悩んだ。結果として、何も描けなかった。頭の中は常に真っ白だった。

私は無力感にさい悩まされる。

なぜ、私は、頭の中に何も無いのか。何も思い浮かばないのか。
逆に、なぜ、あの人はあんなにもすらすらと思いつくのか。描けるのか。

なぜ、あの人は、魔法のように、漫画、物語が作れるのか。



ユグは、さも当然のように漫画を描いた。
なぜ、描けるのか、と聞くと、漫画が好きだからです、と言う。

漫画が好きだから、いくらでもイメージが湧くのです。

その言葉は勇ましく、頼もしい。
しかし、実際、ユグの描く漫画はユグの描ける漫画の範囲に収まっていた。
キャラクタの顔は3種類くらいしか無かった。顔の角度も3種類くらいだった。
俗に言う、判子絵だった。でも、とりあえず、それでいいと思う。
0より1は多い。たとえ、ゴールが100000000だったとしても。

<文章、終わり>

どうでもよくなったので、やめる。
いつの間にか14時になっている。日本酒を更に飲んでいく。

いったい、自分は何をしているのか。
本を読み、文章を書いている。
妄想に妄想を重ねていく。妄想の中で、隠喩のように、現実を考えようとする。
おそらくは、何を書いてもそうなるのだろう。
新しいメモを開き、寝ながら書く。

<また、寝ながら書いた文章>

【七瀬とユグドラシル 対談】

いつも側にいて、お互いのことは全て『あうん』でわかっている。
でも、頭の中ではそう思っていても、どこか隙間があるような感じがする。

その隙間の正体はなんだろう?
そんなのは気のせいだ、と無視することはできる。

今までの私なら、きっと無視してたと思う。
でも、2013年なのだし、私は真っ正面から向き合うことにした。
そして、それは必然的に、真っ正面からの戦いになるのである。


七瀬:突然だけれど、こういう対談形式は本物であろうと創作であろうと
   メタフィクションであろうと非常に『痛い』ものになるんだけど、
   私はなんだか色々と一周してしまって、それもいいかなと思っているんだけど。

ユグ:いきなり。

七瀬:そもそも対談形式の痛々しさは、一般的には、『自己満足と自己承認と
   ナルシズムの露悪が気持ち悪い』、ということなんだと思うけど、
   最近、もうひとつ、別の側面もあるんだろうなと思うんだ。

ユグ:別の側面、ですか?

七瀬:実は私には祖母がいまして。祖父はもう亡くなっているんだけど、
   その祖母が昼間・夜中問わず、独り言を言うんだよね。
   それは傍からすると、痴呆症のように見えるし、聞きようによっては、
   呪文のようにも思える。
   独り言の内容も、基本的には恨み節。

ユグ:恨み……

七瀬:誰々がわがままだ、とか、年を取ったから上手く身体が動かない、
   とか、どうしてこんな世の中になったのか、とか、そんなことを
   語りかけるように独り言を言うんだよね。
   で、以前、私や姉が咎めたことがある。
   気持ち悪いから止めてほしい、と。

ユグ:はい。

七瀬:そうしたら、祖母は「おじいちゃんに報告してるんだ。大事なことなんだ」
   と言う。

ユグ:はあ。天国に向かってですか。

七瀬:天国というか、目の前の仏壇に向かってね。
   で、そう言われてしまうと、まあ、それならしょうがないか、と
   私は思った。年寄りの宗教観は私にはわからないし、
   それ以上に、長年寄り添って生きてきた配偶者にね、まるで語りかける
   ようにして報告するその気持ちは、もしかしたら、まだ今の私にはわからないだけで、
   結構リアルなことなのかもしれないな、と思った。

ユグ:はい。

七瀬:でも、それは建前で、実際は本当にただの独り言なんだと思ってもいるのだけど。
   頭の中で唱えているだけでは実感がわかないし、年寄りだから文章にもできない。
   もちろんブログに書くこともできない。だから、どうしようもないから、
   言葉にして発声することにしたんだと思う。
   結果として、それで祖母はどこかすっきりして、楽になってるんだろうな。

ユグ:はあ。恨みや愚痴を声に出すことで、ストレスを解消しているんですか。

七瀬:そういうことって、傍からすると、『気持ち悪い』、『痛い』んだけど、
   でも、あるんだろうな、と思う。それを許容できるかできないかは、
   人それぞれなんだと思うけど。

ユグ:うーん。

七瀬:で、最近、私としては、それを許容しないと、自分自身が成り立たないなと
   思い始めてきた。結局、文章にしても、メールにしても、会話にしても、
   映画にしても、歌、踊り、芝居にしても、行き着くところは祖母の独り言の
   ような性質を含むんだろうって思えてきて。

ユグ:んー。

七瀬:そういう類いの独り言は私としてもやってることで。
   それを否定すると、もしかしたら何もできなくなってくるぞ、と。
   もし、私が祖母のその報告を否定すると、私は私自身をも否定することになるし。
   そうすると、つまるところ、私は何も出来なくなるし、息苦しいし、自由じゃなくなる。
   だから、色々と考えて、一周して、ユグと対談するという形式を取ることにした。

ユグ:なるほど。
   ……あのう、ひとついいですか?
   会話と対談は何が違うのですか?

七瀬:なんていうのかな。
   そんなに意識しなくてもいいけど、議論っぽい感じでしゃべるのが対談かな。
   しゃべる、ということを自覚しながらしゃべるというか。

ユグ:そう言われると、緊張します。

七瀬:じゃあ、しゃべりやすい話題から。
   ユグは何をしているときが幸せ?

ユグ:うーん。
   普通な答えかもしれませんが、美味しい物を食べている時と、
   ぬくぬくの布団に入って寝る時が幸せです。

七瀬:私もそうだ。
   でも、食べて寝て、食べて寝て、だけじゃ飽きるじゃん?

ユグ:えー、飽きるってことはないですけど……

七瀬:なんか、こう、生産的なことをしたいじゃん。

ユグ:まあ、そうですね。

<また寝ながら書いた文章、終わり>

一日の間に書いている文章は、やはり、似てくる。
今度は祖母のことを書いている。過去的なものに何か感じ入るものがあるのだろう。
お腹が減っている。でも、何かを食べたいという欲求は無い。日本酒を飲む。
冷蔵庫にほうれん草のおひたしがあったので、醤油を掛けて食べる。

ここまで書いて、この一連の文章はなんなのか、と思う。
一応、日記なのではないか、とも思う。

日記なら、ブログに載せてもいいのでは、と思う。



拍手ありがとうございますー
関連記事

お題:横顔を描きなさい。 2013年06月02日 日記 トラックバック:0コメント:0

130602nana.jpg
なんだかんだでやっぱり真面目。

130602yg.jpg
なんだかんだでやっぱりサキュバス。



真面目な文体模写練習 『キノの旅』

パネルの国

それは大きなパネルだった。
高さは大人の背の3倍ほどで、幅はさらにその3倍ほどある。

パネルには絵や文章が流れるように映し出されており、
この国の歴史や経済、文化を紹介している。

「すごい。こんなの今まで見たことがないよ。キノ」
「そうだね。エルメス」

エルメスと呼ばれたモトラド(注・二輪車。空を飛ばないものだけを指す。)は
しばらくうっとりとパネルを見眺めてから、入国審査官に尋ねた。

「このパネルの小さいやつ、どこかで手に入らないかな?」
「もちろん可能です。どこでも買えますよ、この国では。しかも、安く」
「本当に? キノ。買いに行こう。キノ。さあ早く」

「……まあまあ、落ち着いて、エルメス」
キノと呼ばれた運転手はあきれたように言った。



街には、大小様々なパネルが満ち溢れていた。
壁という壁にパネルが貼られ、道行く人も携帯用のパネルを見ながら歩いていた。

パネル屋さんの主人がキノたちに説明を始めた。
「このパネルはただ絵が映るだけの魔法のパネルではないのです。
 あなたの望む、どんな絵でも、情報でも映すことができるのです。
 例えば、どこでも、超一流大学の講義を聴講することができます。
 世界の遺産、絶景、芸術、映画、小説、漫画、音楽、ゲーム、アイドル、
 知人友人の近況、宇宙の秘密、なんでも映すことができるのです。
 見るだけではありません。
 カタログを開いて、欲しい商品を触ると購入することができます。
 仕事にも使うことができます。市役所などの公的な手続きもできます。
 ありとあらゆることができます。
 人類の今までの知・歴史・情報、その全てを手のひらサイズに収めることができます」

「すばらしい」
エルメスはとても感動した様子。
「こんな魔法のパネルの中に暮らせて、さぞかし、この国の人々は幸せなんだろうな」

「……ところが、そうでもないのです」
「え?」

パネル屋の主人は、ちらりと店の外に目をやり、声を低くして言った。

「こんなことは、大きな声では言えませんが、このパネルのせいで、私たちは不幸になりました」
「え? なんで?」
「理由は3つあります。
 1つ目は、私たちの思考力が著しく低下したことです。
 大抵のことは、パネルが全ての答えを写してくれるからです。
 なぜ、空は青いのか? 17+24はいくつか? 靴は何色が良いか? あの子の好みは?
 何も自分で考えず、全てパネルに教えてもらうような生活を送ってしまうせいです。
 また、大抵、自分で考えるより、パネルに尋ねる方が上手くいくのです」
「ふーん」
「2つ目は、私たちの欲望の肥大化です。
 パネルはどんどんと新鮮で刺激的な情報を私たちに届けてくれます。
 初めは面白いのですが、慣れてしまうと、もっともっと刺激的で斬新なものを
 求めてしまうようになります。
 初めはただの林檎でも十分満足できたのに、慣れてしまうと、もっともっと美味しい林檎を
 求めてしまうように。もっと甘くて、果汁がいっぱいで、身がしまっていて、もっともっと
 おいしい林檎が欲しくなってしまいます。そのうち、普通の林檎なんて食べられなくなる。
 そんなわがままが通用して、願いが叶っているうちはいいのです。
 しかし、そのうち、自分の要求が現実を追い越してしまいます。
 そうすると、飢餓感にさいなやまされます。ストレスがたまります。全てがつまらなくなります。
 もっと美味しい林檎を持ってこい。そんな林檎じゃダメだ。もっと、もっと美味しい林檎を。
 そんなレベルの林檎じゃ話にならない。そんなのを食べるしか無いなら、死んだ方がましだ。
 このパネルは、私たちをそういう状態に追い込みました」
「……怖いなあ」
「3つ目は、私たちの想像力の喪失です。
 これは、いままでの1、2の理由の結果の話です。
 このパネルには何でも映ってしまいます。私たちが望む、全ての絵が情報が映ります。
 それも、その道のプロが作った、超一流のものが、です。
 大抵の種類の物語は既に世の中にあり、大抵の問題は既に解決されており、
 大抵の絵は既に描かれており、大抵のアイデアは既に形になっています。
 この国では、新しい何か、というのはほぼ誰かがやり終えたものです。
 それは、文化の成熟というものかもしれませんが、なんとも味気ないものです。
 全ての回答欄に答えが書いてある問題集のようなものです。
 答えを消して、改めて自分で考える、というのも手ですが、時間の無駄という感じがします。
 そのうち、私たちは、想像しなくなりました。
 この国のほんの一握りの、パネルに情報を送る側の人間以外は、ただただ、
 ぼんやりと生きているだけなのです。」
「……」

小さな声で、しかし、まるで怒濤のごとく話すパネル屋主人。
その主人の背後のパネルに、この国のニュースが矢継ぎ早に映し出される。

『反政権デモの拡大。治安維持に影』
『増加する自殺者。原因は健康問題。心の病。経済貧困』
『男性切られ死亡。殺人容疑で捜査』
『女児餓死。母親逮捕。育児放棄容疑』
『レジの背後からスカート内盗撮。職員逮捕』
『国防省。サイバー攻撃に懸念表明』
『いじめ過去最多に』
『環境省。電力会社提訴を検討』

「失礼しました。4つ目がありました。
 それは、最終的に、私たちは『悪い情報』ばかり集めるようになったことです」



華やかに見えた街並が、とつぜん、色褪せたように感じられた。
どの人も、焦燥感と、飢餓感と、疲弊感を漂わせているように思えた。
そして、それを解消するべく、さらに強く、深く、長くパネルを睨んでいる。

「エルメス。どのサイズのパネルがいいかな?」
「……また今度にしよう。キノ」



2日間の滞在ののち、パネルの国を出て、
キノとエルメスは見晴らしの良い道を走っている。

「ねえキノ」
「なに? エルメス」
「あのパネル屋さんは、なんであんなことをボクたちに言ったのかな?」

キノは少し考えてから、言った。

「……まあ、知らないほうが幸せなんじゃないかな。エルメス」
関連記事