世間は狭い。 2013年07月30日 ほぼユグ トラックバック:0コメント:0

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旅行を企画しても、なんだかんだでgoogleMapで満足してしまうのだった。
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てんてこの舞い 2013年07月29日 ほぼユグ トラックバック:0コメント:0

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ボールペン直描きでもなんとかなるものです。


拍手ありがとうございます!
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ヨハネスブルグの天使たち 2013年07月28日 ほぼユグ トラックバック:0コメント:0

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『ヨハネスブルグの天使たち』を一気読みしました。

伊藤計劃『虐殺器官』『ハーモニー』を内包して更にその先を描いたような物語+ただでさえ天使な
ミクさんがもっと天使に近づいた感じのDX9が軸となる物語でした。

改めて気付かされたのは、ちょっと本筋からは離れた内容なのですが、
私たちの目の前にあるパソコン、スマートフォンは確かにもの凄い演算能力とネットワーク接続力が
あるのに、なんでそれを私たちは本当の意味で上手く活用して使えていないのか、ということです。

月まで飛んでいける能力のロケットを持っているのに、実際には近くのコンビニに行くくらいにしか使っていない。

それを勿体ない、とか、なんか変だ、とか思うための判断軸が頭の中で溶けて消失している。
それは、一体何故かということです。(いや、それは自明なことですが)
そして、それは、おそらくは、『ヨハネスブルグの天使たち』のような極限状態からしか見えてこないのです。
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あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。 2013年07月27日 ほぼユグ トラックバック:0コメント:2

リクエストありがとうございます。
早速描いてみました。

『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』のめんまさんを描いてみました。
こんな美少女を描く資格が自分にあるのだろうかと2時間くらい悩みました。
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(もしかして、うごメモで描いてという話だったのでしょうか……?)



おっぱい漫画を描いてくれとのことで、描きました。
健全性を保つために、台詞無し&漫画の一部のみとなります。完全版は捨てました。
(すみません。嘘をつきました)

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柔らかいもので挟んでいる絵を描いてくれとのことで、描きました。
健全性を保つために、絵の一部のみとなります。完全版は捨てました。
(すみません。また嘘をつきました。というか、嘘しかついてません)

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拍手ありがとうございました!
さあ、どんどん絵のリクエストしてくださいね!
どんなむちゃ振りをされても描きますが、ほとんどの場合、完全版は捨てて一部のみの掲載になります。
(使えないブログランキングの上位を目指す)
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ほぼ日刊うごメモ新聞 2013年07月25日 ほぼユグ トラックバック:0コメント:0

日常のopをやろうとして途中で挫折する。

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勢いのある登場シーンを描こうとして挫折する。

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無理矢理アイスを食べさせられるメイドさん。

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拍手ありがとうございます。
絵のリクエスト募集中です。(唐突に)
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しばらくお休みをいただきます。 2013年07月24日 日記 トラックバック:0コメント:0

3DSの『うごくメモ帳』が面白すぎて
静止画を描いている暇がないので、
しばらくの間、ブログはお休みさせていただきます。

長らくのご愛顧、ありがとうございました。

(と、一度書いてみたかっただけ、という感が非常に強い。
 でも、うごメモが面白過ぎるのは嘘じゃないです。
 ぐりんぐりんとキャラクタを動かすだけで面白いです。
 私は主にたゆんたゆんと動かしていますが)


拍手ありがとうございますー!
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おっさんが走る理由はだいたい百個くらいある。 2013年07月22日 ほぼユグ トラックバック:0コメント:0

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その全てを捨てるためにおっさんは走るのかもしれなかった。
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LTE帯域制限と煩悩度の相関関係 2013年07月21日 ほぼユグ トラックバック:0コメント:0

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yahooのトップページがまともに開けない程度の罪と罰の中、
ボールペンと鉛筆で漫画を描くという、なんだか意味がよくわかんない系の日曜日です。


拍手ありがとうございます!
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盤上の夜 2013年07月20日 ほぼユグ トラックバック:0コメント:0

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老人は野良猫になるべきだ
現世の場所は問題ではない
われわれは静かに静かに動き始めねばならない


拍手ありがとうございます!
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『風立ちぬ』は宮崎駿版バトルガレッガである。 2013年07月19日 ほぼユグ トラックバック:0コメント:0

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毎日更新する系のブログは、この書き捨てる・読み捨てる感じの疾走感がたまりません。


拍手ありがとうございます!
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「ミニスカはダメだ。スク水にするがよい」 2013年07月18日 ほぼユグ トラックバック:0コメント:0

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「ミニスカはダメだ。スク水にするがよい」

メイディの腰周りのデザインに難航していた、デザイナーのコタニ氏に対して。
コタニ氏はこの「神の一撃」で、「自分の中のクララが立った」と回想している。
<怒首領蜂ディレクター兼プログラマーIKD語録より>

こんなひどい人がいる日本に生まれてきて本当に良かったと思います。


拍手ありがとうございます!
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山猫は眠らない。 2013年07月17日 ほぼユグ トラックバック:0コメント:0

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ただし、家猫は寝る。


拍手ありがとうございます。
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転がり軸受けは転がらない。 2013年07月16日 ほぼユグ トラックバック:0コメント:0

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かくして、ブログは単なるメモ用紙置き場と化すのであった。
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FridayMorningGameManiaxDIRECT 13.07.14 2013年07月14日 日記 トラックバック:0コメント:0

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レイトン教授と逆転裁判の夢のコラボレーションゲームをクリアしました。
ダウンロードコンテンツも含めて、20時間ちょっとで掛かったくらいでしょうか。

巧舟さんが全般的にシナリオを書いているということで期待感が非常に高かったわけですが、
実際に蓋を開けてみると、いやはや、予想を遥かに上回る素晴らしさでした。

全体的に非常に丁寧な出来で、特に音楽と美術は実に豪華絢爛です。
そしてなんといっても、巧舟さんの作り出すキャラクタの魅力が凄かったでした。

どのキャラクタも好きですが、最後まで終わってみると、
アルグレイさんが妙に気になったりしました。
生真面目で健気な感じで、でも、幸薄な感じで。
性格に似合わず、壁に塗った緑色のペンキが妙に適当で荒々しいところも可愛いです。



君と彼女と彼女の恋。

『人間』というハードウェアがあって、その上に
『言葉』というオペレーションシステムが乗っており、
その上に私たちの『生活』が乗っている。

ようするに、『リアル』も『ゲーム』も、『言葉』というOSの上に乗っている。

ニトロプラスの『君と彼女と彼女の恋。』は私たちの『言葉』のレイヤーに直接アクセスする。
OSの奥底に触手を食い込ませ、根源的なシステムの書き換えを試みる。

今まで、二次元の可愛いキャラクタを愛でる行為について、様々な議論が成されてきた。
萌えとは何か、とか、データベースの順列組み合わせのようなキャラクタの是非やその意味とか。

それらの議論は深まったり浅くなったり、哲学用語を輸入してみたり思考停止に陥ってみたり、
とにかくなんらかの重量物の周りを衛星のようにくるくると転がり続けていた。
答えは定まらなかった。そして、市場は答えを求めてはいなかった。

可愛いキャラクタは、可愛い。だから愛でる。

それでいいではないか、という単純なところに落ち着くのが現実的で商業的な立場だった。

『あなたは私たちに何を望みますか?』

エロゲメーカーがユーザーにそう問えば、返って来る答えは決まっている。

『もっと可愛くてエロいゲームを作ってください』

そこで、よしきたとばかり、ユーザーの脳みそに電極を刺す。
その電極はユーザーの脳みその快楽受容体を直接刺激する。
反則かもしれないが、私たちはそれをどこか望んでもいた。

本当の純愛って、こういうことなんだよ、
と脳みそをぐりぐりと掻き回す。
たかがゲーム。たかが二次元。たかが物語。たかが言葉。
しかし、巧妙に仕組まれたコードがあなたのOSに直接アクセスして書き換えを行う。

本当の純愛って、こういうことなんだよ。

私たちプレイヤーがゲームを攻略するのではなく、
ゲームが私たちプレイヤーを攻略する。

結果、既存のゲームが、物語が、全て色褪せる。

ふと、疲れきった表情の僕が鏡に映っていることに気付いた。

明日、全て処分しよう。
漫画、ゲーム、小説、全ての物語を捨てよう。

僕は、無限ループから逃げ出さなければならない。


拍手ありがとうございます。
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3歩進んで3歩下がる系ミステリー漫画 第18話 2013年07月07日 落書き トラックバック:0コメント:0

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!?
って書きたかっただけなのではないかと思われる。



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構図も線画も色塗りも失敗したので、とりあえず
ピンぼけ撮影+トリミングでごまかしたのではないかと思われる。


拍手ありがとうございますー
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白いのが欲しいメイドさん、または、那由他ハラスメント 2013年07月06日 漫画 トラックバック:0コメント:0

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なんだかんだでやっぱりサキュバスなメイドさんなんか好きでも嫌いでもない。

●●


1.5リットルの牛乳パックを開封し、一口飲んで、残りは捨ててしまう。
また飲みたくなったら、新しい牛乳パックを開封し、一口飲んで、残りは捨ててしまう。

毎回毎回捨てられていく1.4リットルの牛乳たち。

この風景を見て、何故? とか、勿体ない、とか、なんて悪い奴だ、叱りつけてやらねば、とか、
色々なことを色々な人が思う。
怒り、ストレス、虚しさ、悲しみ、……おそらく、ネガティブな感情しか浮かばないはずである。

目の前に飢えている人がいるのに、必要以上に食べて飲んでいる人がいる。
十分に幸せなはずなのに、『なんか毎日が退屈過ぎて鬱なので死にたい』などと言う人がいる。

そういう風景を見ると、無駄に廃棄される牛乳を見た時と同じ、
怒りやストレスや虚しさや悲しみを覚えるはずである。

こういう種類の風景を『ネガティブ感情発生装置』と定義する。

『ネガティブ感情発生装置』には様々なパターンとレベルがあり得る。
ノンフィクションもあれば、完全なフィクションもある。

1.4リットルの牛乳を捨て続ける漫画キャラなのか、
1.4リットルの牛乳を捨て続けるダイエット系ブログの管理人なのか、
それによっては感情の振幅が違うかもしれない。

漫画の中で、
「1000000000リットルの牛乳を無駄に廃棄した」
と言われても、適当にゼロをいっぱい書いただけだと感じる。
でも、目の前で本当に1.4リットルの牛乳を捨てていれば、
一言注意したくなるかもしれない。激怒する人もいるかもしれない。

しかしながら、実はそれはフェイクであり、捨てているように見えて、
鍋に牛乳を入れているだけかもしれない。
それはヨーグルトを作る工程の一つなのかもしれない。

と、見せかけて、本当に捨てているのかもしれない。

わからないのである。
突き詰めて考えてみると、実際のところ、
『ネガティブ感情発生装置』の実体はわからないのである。
わからないけれど、情報としては存在する。
1.4リットル牛乳廃棄が本当かどうか、わからない。
体験談風、twitterまとめ風、新聞社のニュース風、どんな体裁であっても、
あなたの目の前でそれが展開されても、本当かどうかは誰もわからない。

となると、そんな結局はどうやっても実体のわからない『ネガティブ感情発生装置』に
心を共振させて、ネガティブな感情を持っても、しょうがないのではないか。

と、いうことで結論はこうです。
いかなる『ネガティブ感情発生装置』であっても、心を共振させてはなりません」

と、那由他姉は言う。
私は合掌し、うやうやしく頭を下げる。
また一段と仏に近づきました、と私は言う。

「仏教では『煩悩』とは3つの要素があると言われています。

1つ目は、『執着』。いわゆる、欲望のことです。
食欲とか、名誉欲とか、お金、嫉妬、そういう欲望に囚われることです。
2つ目は、『怒り』。仏教では、怒ること、ネガティブな感情に囚われることは、
『煩悩』であると言われます。
3つ目は、『怠惰』。何もしない。変化を恐れて同じことばかりする。
そういうことも、『煩悩』なのです。
『ネガティブ感情発生装置』は、この2つ目を誘発させる装置です。
『メディア。広告。煽動』は1つ目を、『恐れ。諦め。思考停止』は3つ目を誘発させます」

仏教って、自己啓発セミナーみたいなことも言っているんですね、と私は言う。

「『煩悩』は捨てなければならない」

そうですね。
ありがたいお話を、ありがとうございました。

「……お前、バカにしてるだろ。私をバカにしてるだろ」

と、那由他姉は言い、私の小指を握る。
ゆゆ式的に、私の小指を折ろうとする。

いきなりそんなに怒るなんて、煩悩そのものじゃないですか。
と、言いそうになるが、ぐっとこらえる。
バカにしてません、私も煩悩に囚われないように意識改革したいです、と言う。

「うむ。そういう意識が大事なのだよ。
で、こんな話を前置きにして、ここからが本題です」

はい。

「このネガティブ感情発生装置、略してnecm、略してNは、
 人を陥れる兵器として非常に有用なのである」

はあ。

「例えば、ある人間をダメにしたいと考える。
 どうやってダメにするか?
 直接殺す? ノーだ。リスクが大きいし、私が犯罪者になってしまう。
 事故に合わせる? 病気にさせる? これもノーだ。リスクが大きいし、面倒だ。
 物理的に攻撃するのはどれもノーだ。
 では、答えは?
 非常に簡単で明瞭だ。
 『煩悩』まみれにさせるのだ」

なんなの、この人……。

「まず、『執着』だ。
 なんらかの欲望が強い人なら、それを更に煽る。
 食欲、アルコール、性欲、金、名誉、支配欲、ゲーム、ギャンブル、
 どれかに興味がありそうなら、それを煽る。度を過ぎさせる。
 度が過ぎたものは、いずれ破綻する。短期的には幸福かもしれないけど、
 長期的に見れば、必ず破綻する。そして、ダメになる」

この人、怖い……。

「もしくは、『怒り』だ。怒らせる。義憤でもなんでもいい。
 無駄に怒らせる。ネガティブな感情に囚われ続けさせる。
 大きな話題でも小さな話題でもいい。政治、経済、社会なんてのもいい。
 ブログ、SNS、そういう場で発言させるのもいい。
 怒りは連鎖する。常に悪く考えさせる。
 『でも』『逆に考えると』『裏では』『本心は』
 正義。上から目線。脱システム。
 深淵を覗き込む者は、深淵に取り込まれて行く。
 深淵を見させる。もっともっとさらに深淵を見させる。
 それこそが知の探検であり、真の文学者の姿勢なのだ。
 真の表現者ならば、思考停止せず、暗闇を覗き込まなければならない。
 世の中の暗闇を、誰もが目を背ける人間の闇を、見よ、書け、飛び込め。
 いつしか、覗き込み過ぎた井戸に転落する」

この人、絶対、敵に回したくない……。

「もしくは、『怠惰』だ。
 もっと楽にしてください。なにもしなくていいんですよ。何も考えなくていいんですよ。
 ご主人様は寝て、起きて、ネットゲームをして、ご飯を食べて、えっちなことをして、
 ただそれだけでいいんです。私が全部、家事から何からしちゃいますから。
 ただただ、生きているだけでいいんです。働くなんてもっての他です。
 江戸時代の公家みたいに、世の中の全てを楽しんで、たまに句を詠んだりして。
 午後の涼しい廊下で、私の膝枕でのんびり寝転んで、だらだらとしましょう。
 これが、本来の人間の生き方です。義務教育、勤労の義務、そういうのは、全部、
 勝手に作られたルールなのです。
 野良猫のように、生きたいように生きて、寝たいときに寝て、暦も時間もなく、
 本を読んだり、歩いたり、そんな日々を過ごしていきましょう。七瀬様」

ユグの声真似をしながら、那由他姉は言う。
結構似ているので、おそろしい。

「この3つ。これで、100%、人間は腐る。
 短期的には凄い幸せかもしれないけど。
 欲望はどんどん充足される。成長してる感が半端ない。
 正論を振りかざして、政治家の揚げ足すら取ってみたりして。
 あるいは、のんびりとした生活。昨日も今日も明日も変わらない日常。
 生きてるって、こういうことなんだ。
 生きてる実感が半端ない。
 湧き立つ幸福感。幸せ。
 長期的には、破滅だ。死の宣告に等しい。あとはほっとけばいい。
 もう、私たちの目の前には彼・彼女は現れない」

那由他姉は私を指差し、その指で×を作る。

「これが、世のしきたりだ」

●●●

想定1「執着」編

フリーハンドで適当な円を描く。
この円の中が今の私の出来ること、知っていることの範囲だ。

この円の外に出るということは、それは初体験、未知との遭遇を意味する。
初めて触れる情報が眩しくて、あるいは、理解できなくて、驚きに満ちていて、
頭の後ろがひりひりと痺れて、脳みその回路がいったんバラバラになって、
でも、時間の経過とともに、以前より強固に、より良く再配置されるあの感じ。

子供の頃はいつも円の外に出ていた。
元々の円が小さいから当然のことかもしれない。
何をしても新しくて、驚きに満ちていて、恐怖に満ちていた。
だから、毎日が輝いていて、脳みそが活き活きとしていた。
子供時代が美化されるのは、そういう理由もあるかもしれない。

円がどんどんと大きくなっていく。
色々なことを知っていく。脳みそのネットワークがどんどん複雑になっていく。

やがて、円の大きさを更新することが少なくなっていく。
冒険の旅に出なくなっていく。驚きが少なくなっていく。
冒険よりも安定を好む。あの山を越えたら何があるだろう、と考えなくなる。
あの山を越えたら、まあ、何? 長野県?

まあ、どうでもいいか。
寝転んで、iPhoneで『はてなブックマーク』と『ふたばちゃんねる』を見る。
1時間、2時間、3時間と過ぎて行く。
適当にご飯を食べて、風呂に入って、寝る。
週末は終わり、会社が始まる。

『煩悩』だ。

煩悩の日々だ。

しかし、人間はそのようにしか生きることができないのであった。
……と、書くのは簡単だが、いささかつまらない感じはある。

そこで、では非日常を、と腰を上げたしがないサラリーマンを想定する。
彼は普通だったので、非日常とは何かと考えると、まずは『放蕩』かなと思った。

まず、食欲とアルコール欲を完全に満たすことを考えた。
それは非常に簡単である。単純にお金を持って居酒屋に行けばいい。
好きな料理を食べまくって、酒を飲みまくった。
とはいえ、限界がある。お腹がいっぱいになり、いい気分になったところで
勘定をし、店を出た。幸せである。単純な幸せがここにはある。
次に銭湯に行った。
ぬるい湯にじっくり浸かるのが好みである。窓外には日本海が見えた。
空の青と、海の青。その境界線に白いカモメが飛んでいた。
幸せである。単純な幸せがここにはある。
次に、冒険をしようと考える。ここまで帰宅するなら、普通である。
普通じゃないことをしたい。円の外に出るんだ。冒険者になるんだ。
そこで彼が向かったのは風俗であった。彼としてはかなりの冒険であった。
街の裏。林立ちするビルの側面に、淫猥な看板が並んでくっついている。
その中の一つに、彼は入っていく。冒険である。システムは予習していた。
待合室で、彼は自分の手が震えていることに気付いた。緊張感なのか? 期待感なのか?
彼は初めてであった。女性に触れたのは、中学生の体育祭で38人40脚競争をしたのが最後だった。
過度の期待はやめとこう。そうは思うが、動悸が収まらなかった。
俺は今、円の外に出ているのか?
待合室に女性が現れ、彼は彼女に手を引かれ、ピンク色の部屋へと入って行く。

60分後。

彼は街を歩いている。
彼はさっきまでの行為を思い出そうとする。
特別な何かだったか、と自問してみる。
ノー、と答える自分を見いだす。賢者モードだからなのか、彼は妙に醒めていた。
ただただ、物理的であった、と思った。物体Aがあり、物体Bがあり、それが接触した。
ただただ、そういうことであった、と思った。そこに何か特別なものは存在しないと感じた。
そこに特別な何かを存在させるのは、『物語』であった。
そして、『物語』なら、過剰なほどに摂取していた。

歩きながら、ペットボトルのお茶を飲んだ。
それはただただ物理的な現象である。
しかし、物語がそこに意味を持たせる。
片思いの少女が、さっきの君は格好よかったよ、と言いながら手渡しでくれた、お茶。
ありがとう、と言うと、笑顔なのか、泣き顔なのか、それらがぐちゃぐちゃに混じり合った
表情を少女は見せて、彼の前を去って行く。
もしかして、彼女も、僕のことを?

もはや、そこにはお茶はただの背景となっている。
お茶より、物語が主体となっている。
先ほどの行為もまた、同じことだ。

物語が先行する。
行為は物理現象に過ぎない。
物語が重要であり、もしかしたら行為は不要かもしれない。

少女は小さく口を開く。けれど、妙な色っぽさがあった。
休日の校舎には誰もいなかった。静かで暗くて不気味な感じがした。
狭い体育準備室には飛び箱やバスケットボールなどがぎゅうぎゅう詰めになっていて、
まるで押し入れみたいだった。
少女は部屋の隅のマットの上で仰向けに寝転んだ。
小さな窓から入る光が、少女の下腹部を淡く照らした。
「なんか、どきどきする」
と少女は言う。
「や、やっぱり、やめよう?」
身体を縮めようとする少女の手を僕はちょっと強く掴む。
そして、マットに押し付けて、そのまま身体を重ねる。
何か言おうとする少女の唇を吸う。舌をゆっくりと入れていく。
少女の身体は華奢だった。マットがぎゅうと鳴った。少女は切なそうに吐息を漏らした。

やはり、行為より物語が先行する。
妙な設定がついてしまうのは何故かと言えば、行為の意味を増幅したいからだ。
ピアノの共鳴板のように、行為に共鳴する物語が付随する。
そのうち、物語の方が大きくなる。ピアノの弦は細く小さいのに、共鳴板はひどく大きい。
もちろん、共鳴板は音を奏でない。弦の振動がなければピアノは鳴らない。
行為がなければ物語は成り立たない。

しかし、上の例の場合、そもそも、文章である。
文章ならば何でもありえる。文章は脳みそを直接駆動させる。
『10個の林檎』を情報処理させるために、本当に林檎を10個用意する必要は無い。
『10個の林檎を想定します』と言えばよい。

『いえ、10個の林檎が実際には無いので想定できません』
と言う人はいない。(実際には、いてもよい)

話は元に戻る。
彼はそんなことを思いながら帰宅する。
食べて、飲んで、銭湯に行って、風俗に行った。
円の外に出たか?
さあ?

わからない。
彼は布団の中で思う。
明日からはまた日常である。何も変わらず、仕事に追われる日々だろう。
心地よい疲労感はある。これも、人生か、と思う。これが人生か、と思う。

まあ、幸せなのかな?
と思う。



想定2「怒り」編……省略

概略『正義の名の下に悪を断罪する。その気持ち良さ。仕事も捗る捗る。
   しかし、自分の言った正論が自分に突き刺さる事件が発生する。
   その矛盾にどう立ち向かうか。結局、彼はバカの振りをする。
   その瞬間、彼の世界から色彩が消失する』



想定3「怠惰」編……省略

概略『働いたら負けかなと思ってる。冗談じゃなくて、まじで。
   メイドさんが僕を甘やかす。どこまでも甘く、ゆるく。
   円の内側にこもり続ける。変わらない日常。永遠。
   やがてやってくる破綻。恐ろしい現実に対峙するより、
   僕は死を選ぶ』

●●●●●●

病院。5階。東側。

私は那由他姉に報告する。

あれから色々考えてみました。
しかしながら、なかなか『煩悩を捨てる』というのは難しいものです。

お腹一杯食べない。欲張らない。
怒らないようにする。ネガティブな気持ちを引きずらない。
怠惰に陥らないようにする。変化を求める。

など、まあ、そういうのは、なんとなくやってきたつもりです。
でも、不思議なもので、そうすればするほど、『煩悩』に引き寄せられるのです。
『煩悩』を想像してしまうのです。
『煩悩』による破滅を。不幸を。ネガティブな感情を。

もはや、こういうこと自体が『煩悩』なのだと思うのです。
いかがでしょうか。

「さすが。気付かれましたか」

諸葛亮孔明の真似をする那由他姉。

「では、次の言葉を教えましょう。
 それは『中庸』という言葉です。
 一般には、何事もほどほどにね、という意味で知られていますが、
 実際は、相反する2つの事象をしっかり見た中で、ではどうしますかと問う姿勢
 を意味します。
 煩悩まみれになって初めて気付く、脱煩悩の素晴らしさ。
 そして脱煩悩を目指して初めて気付く、色々な問題。
 その答えは、各々の人生の中で見つけていかなければならないのです」

やっぱり、これ、ただの自己啓発セミナーですよね、
という言葉を私は慌てて飲み込む。

「欲張らない。怒らない。怠惰に生きない。
 いいじゃないですか。これで。いいじゃない。愚妹」

イラっとする。

「こういう日常があってこその、リアリズムだよ。愚妹」

帰りたい。

「まあ、こういうゆるい小咄をブログネタっぽくするのも、修行だよね。愚妹。
 リアリズムなブログ。いいじゃないですか。珠玉混在、全て、受け止める。
 それこそが現代的なブログの在り方ではあるまいか。愚妹」

イラっ。
イラっとする。
もう、本当、イラっとする。


拍手ありがとうございます!
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