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新浜線の交点にて

――夜7時の新浜駅。雑踏と騒音が埃を空中に舞い躍らせる。

1・2番線から3・4番線へと向かう渡り廊下は曖昧な表情の高校生たちと、苛立ちを隠せない背広男たちの群れで埋めつくされてピクリとも動かない。
こんな状況は今まで見たことが無い。
私は、やれやれ、とため息をつき、無言の群れの最後尾で立ち尽くす。

――たいへん、大変、ご迷惑をお掛けしております。下り方面でトラブルが発生しており、現在2時間遅れとなっております。大変、ご迷惑をお掛けしております。今しばらくお待ちいただくようお願いいたします。大変、ご迷惑をお掛けしております。

なぜ、駅のアナウンスの音質はこんなにもざらついているんだろう?
内容よりも先に、そんなことを考えてしまう。この音質が毎日、毎日、私を苛立たせる。高音域だけをサンプリングしたハイトーンで、極端に鋭角的にカッティングされた波形のデジタル音。それが私の聴感感覚を乱暴に踏み荒らしていく。
どんな自然音もエンジン音も突き抜けて、私たちの耳に届くようにチューニングされたその音質こそが、全ての憂鬱の原因でないとも限らない。振り向くと、私の後ろにも既に多くの人たちが立ち並び、皆一様に不快感を露にしている。今日が仕事始めだった人も多いに違いない。私もまたその種の人間の一人である。早く帰りたい。かといってタクシーに乗り換えるのもばかばかしい。窓外からは新浜の夜景が見える。駅前のホテルに明かりが灯り始める。パチンコ屋の電飾。それに負けじと輝く家電量販店、薬局の電飾。その華やかさの禍々しさが私にはつらい。

私はマフラーを巻き直し、ちっとも動かない群集の中でユグに携帯を掛ける。
「……あ! ご主人様!」「ユグ、声が大きい」「す、すいません」「今、新浜駅なんだけど全然動かないみたい」「迎えに行きます」「いやいや。どうやって」「凪姉様にお願いして車を出してもらいます」「な、凪姉がいるの!?」

やばい。あのサディスティックな女が来てるのか……。
胃が痛くなってきた。

「います〜。二人で今ごはん食べてたところです!」「凪姉には黙ってて。ゆっくり帰るから」「だめです! もう新浜線は動きませんよきっと」「なんで? なんかあった?」「あ。まだ聞いてません?」「うん」「テロがありました」「またまた」「ニュースでは人身事故って報道されてるはずです」「ううん?どゆこと?」「yahooだと、えーと、新浜線で人身事故あり、ってなってますけど、これ、嘘情報で、本当はテロです。凪姉様が言ってました」「……」「あ。信じてませんね。じゃ、替わります」「ちょッ! 替わっちゃだめ!」

ノイズが少し入った後、遠くでユグの笑い声。

「こんばんわ。バカ妹」「お、おつかれさまです」「もう新浜線は動かないわ。たぶん、今月いっぱいは不通だから」「そ、そうですか」「あんたはバカだし、すぐにブログに書いちゃうから細かくは教えないけど、新浜原発を狙ってる系のテロ集団が動き出したみたいだから。今日はあんたは帰れないわ」「そ、そうっすか……」「ふふふ。パニックになっちゃうから、新浜駅内にはなんの情報もいってないみたいね。でも、そのうち公になるわ。そしたら、集団的精神恐慌状態になるかもね」「や、やだなあ。凪姉は怖いことばかり言うもん……」「閉じ込められて苛立った男子高校生達がさ、自暴自棄になったら、何をするかしら? もし、そのある種の閉鎖空間の中で、もう一回爆破テロが起きたら? もう、俺は死ぬ。死ぬ前に、やりたい。その獣のような目線の先に、あんたがいたら?」「な、何言ってんですか……」「あんたは一気に取り押さえられて、マフラーで後ろ手に縛られて」「な、凪姉ッ!」

耳が真っ赤になる。一瞬、遠くの金髪の男子高校生集団が私の様子を伺っているのが見える。
……いや、気のせいだろうか? ちょっと自意識過剰すぎるか?
私は俯いて息を整える。

「……ねえ、アホ妹。迎えに行ってあげようか?」「……いいんですか?」「いいよ。20分くらいで着くからホームで待ってなさい」「お、お願い致します」「聞こえない」「迎えに来てください。よろしくお願い致します」「誰に、誰が、何をしてほしいの?」

こ、こいつ……

「凪お姉ちゃん、お願いします。私を新浜駅に迎えに来てください」「そうしたら、私にはどんな報酬があるの?」「……凪お姉ちゃんのために、なんでもします」「よろしい」

ノイズと共に終話する。
……だ、だめだ。私は凪姉に完璧に支配されている。



渡り廊下を引き返す。
人と人の隙間を縫って歩く。相変わらず、アナウンスは「お待ちください」としか言わない。高校生集団が壁際でしゃがんで大声でしゃべっている。会話の中で「あいつ、むかつくから○○してやりてえ」という放送禁止用語が聞こえ、背筋が凍りそうになる。駅員に怒鳴りつけている人もいる。みんな、ストレスを隠し切れずにいる。
このまま遅れ続ければ、ごはんも食べれず、睡眠時間も短くなる一方だ。自分達に過失は無いのに、仕事始めの日から、とんでもない事態だ。なぜ、こんなに遅れるのかの情報も入ってこない。いつ復旧するのかもわからない。とにかく、情報がほしい。今、この状況がなんなのかという情報が。

私は今の状況の情報を知っている。
だけれど、凪姉の情報が正しいというのも確証がない。
凪姉とユグが二人して私を騙して遊んでいる可能性も無くはない。
それを言えば、凪姉が本当に私を迎えに来てくれるのかというところからして怪しいとも考えられる。
私を縛っていじめるための縄すら私に持ってこさせるくらいのドSで面倒くさがりの人間が、こんな夜中に私のために車を走らせてくれるなんてことを本当にするんだろうか?
混雑の廊下を超えて、階段を下りる。階段の中くらいから、人の数が減り始め、ホームにつくころにはポツポツとしか居なくなっている。
私は改札を出て、待合室の前でもう一度ユグに電話をする。

「もしもし」「あ! ご主人様! まだ着きませんよ!」「え? ユグも乗ってんの?」「乗ってます! 10分前くらいに出ました! 今、ちょうどインター出た辺りです」「早ッ」「なんか、あれですね。電車の代わりにバスの準備してるみたいですね。無線傍受しててわかりましたが」「だめだよ。ユグ。凪姉の真似しちゃダメ」「なんか、対応が後手後手なのが気になりますね。よほど多くの組織が捜査に関わってるんでしょうね」「……」「報道規制するのは早かったけど、その後の展開に遅延があるようです」「……人身事故はどこで起きたの?」「神崎駅の先の踏み切りだそうです」「新浜市内じゃないんだな」「でも、新浜線の真ん中です」

ふーん。じゃ、本当に新浜線を止めるためのテロだったのか?
……それにしても、凪姉の情報漏えいっぷりには恐れ入る。
一般人のユグに、ぽんぽんと情報を流していいのか?
それとも、そういう話すら、フェイクなのか?

駅員室から、拡声器を持った職員が2,3人、改札の向こう側へと走っていく。新浜駅のいつもの慌しさとはまた違った色の慌しさが立ち上がる。遠くから救急車の音が聞こえるが、たぶんそれは関係がない。私はゆっくりと南口の方へと歩き始める。

「ご主人さま。凪姉様に命令されたのですが、変なこと、ご主人様に聞いてもいいですか?」「……だめです」「ご主人様って何フェチですか?」「……」「ちなみに、私はご主人様の髪の毛と、太腿フェチです!」「……」「さ、さあ! 私、今、私らしくない結構すごい発言でしたよ! じゃ、次はご主人様の番です!」「……」「はい! やっぱりおっぱいフェチだったんですね!」「ちょ!」「いや、しょうがないですよコレばっかりは」「な、何を、そんな」「……ち、違いましたか?」「……いや、いいです。おっぱいフェチでもあります」「おや。本命は違うのですね?」「おっぱいも好きだけど、私は、その、……や、やめときます」「いやいや。ここまできたら教えて欲しいです!」「ユグに嫌われたくないもん」「嫌わないです!」「本当に、あれだから」「絶対に気にしませんから!」「……じゃ、言うよ?」「はい! どうぞ!」

「メイド服フェチです」「……メ、メイド服」

私の中身よりもメイド服が好きだったんですか……、とユグが小さくつぶやくのが聞こえた。



凪姉の車が到着したらしく、携帯で誘導される。
新浜駅南口を出て、タクシー乗り場を越えたところで凪姉の車が待っていた。後部座席に乗り込むと、ユグもまた後部座席に居た。そして、全然私の顔を見ないで「お疲れ様でした……」と言う。私との距離を半人分開けている。……え? 怒ってるの?

「罪な女だよ、私は」
凪姉が車を発進させながら呟く。
「でも、二人の仲を裂くためにはこれしかなかったのよ」
「何言ってんだ、こいつ……」
「七瀬、ここで降りるか?」
「すいません。失言でした」
「ご、ご主人さま、私にも謝ってください」
「ごめんなさい。ユグ。失言でした」
「メイド服が好きなんじゃなくて、私が好きなんですよね?」
「そうです」
「……でも、いいです。私ほどメイド服が似合う人、他にいませんからね。だから、いいです、それでも」
「ねえねえユグ!」

私はユグを抱き寄せる。ユグの手を取って、私の太腿で挟んであげる。

「私、メイド服着てるユグが好きだよ!」
「は、はぅ……!」

「お前らは小学生か!」

自覚は無くはない。でも、小学生でもいいじゃないかとも思っている。
新浜のビル街を車で駆け抜ける。新浜も大きな街になった。ぱっと見、東京と変わりなく見える場所も多い。なんだか、お酒を飲んでないのに酔っ払った気分だ。ユグの言うとおりであれば、新浜駅からはバスが何台も出ることだろう。それは特殊な風景でもなんでもなく、今日の一日だってなんのことはなく過ぎていくんだろう。人身事故だろうが、テロだろうが、真相は表沙汰にはならないに違いない。公安警察の凪姉だけが本当の事を知るんだろう。私はその種の『本当』を知りたいとは思わない。
街灯が残像を描いて新浜の街を線で分割していく。私に寄りかかるユグの柔らかなぬくもりを感じながら、凪姉の凛とした顔をバックミラー越しを見眺める。車のかすかな振動が心地よい。不思議なものだと思う。私はいったい何をしているんだろう、とも思う。
平和ボケ。思考停止。新自由主義チルドレン。
あまりに分裂化した社会に生きる私は、もはや自分のことしか考えていない。今、この瞬間、いまだ新浜駅でストレス状態にいる人のことを考えようとはしない。かすかにほのめかされた『爆破テロ』という脅威に対して、深く考えようともしない。面倒くさい。いや、面倒くさいと言うよりもなんの意味もないと思うがゆえに考えようと思えない。
――凪姉の鋭い目付きは私のその怠慢を憎む。なぜ、七瀬は考えないのか?七瀬は現実を直視しないのか?
なるほど。私は私の中で勝手に納得する。凪姉が私をいじめる理由の一つがそこにある。私は現実を現実そのものとして考えない。漫画や小説にして、一回屈折させて考える。数学の問題を、虚像領域で考えることにも似ている。それが凪姉には苛立たしい。『爆破テロ』は『爆破テロ』以外の言葉で考えてはいけない。凪姉はそう考える。しかし、私は逆で『爆破テロ』を『劇場版ドラえもんにおけるのび太』などと置き換えて考えるから凪姉はむかつくのだろう。『新自由主義経済』を『サキュバス』に置き換えてはいけない。確かに、そうかもしれない。
『新自由主義経済』は『新自由主義経済』以外では考えてはいけない。
なぜなら、見誤るから。

でも、だめだ。
私は物語の作り手でしかないからだ。公安の凪姉とは違う。
そのすれ違いの中で、未来永劫、私と凪姉は交われない。
それが凪姉には苛立たしい。強引に私と交わろうとする。
私と凪姉は悲劇の恋人同士みたいだ。
――そんな比喩もまた凪姉には苛立たしいのだろうな。

分裂し、引き裂かれる街を背後にする。
私達は私達の家へと向かう。

私はそこで、分裂した社会を文章にすればいい。
文章の中で、分裂した社会を繋ぎ合わせられればいい。

そして、いつか、私と凪姉も文章の中で、ゆくゆくは現実の中で、一つに繋ぎ合わせられればいい。
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(1)毎日22:00に寝る。
(2)囲碁を頑張る。
(3)漫画ネタを蓄積し続ける。
(4)お酒を飲まない。
(5)小さな予算で大きな仕事。
(6)枯れた技術の水平思考。
(7)えろ禁止。(091030〜)

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